その3
ユージーンが慌てて樽の中を覗くが、そこにあるのは粉々に割れてしまった鏡の残骸があるだけ。
「ここではゆっくり話も出来ないな。場所を変えよう。」
引き攣った笑みで樽を持ち直したユージーンに促され混乱しながらも移動を始める里菜。
「その前に名前を教えてはくれないか?」
里菜へと振り返り、里菜の瞳をまっすぐ見ながら名前を聞くユージーンになんだか照れてしまいそうだ。
「里菜…です。」
その優しげな瞳をみつめ返すのは照れ臭かった里菜は、スッと視線を外した。
「さぁ、里菜。おれの城に案内しよう。」
「城っ?何で?!」
里菜の脳裏に過ぎったのは、大阪城。
ユージーンの柔らかな声に里菜と呼ばれ一瞬ドキッとしたが、ドーンッとそびえ立つ天守閣を想像してしまった為、そのドキッも台無しだ。
「こう見えてもおれはこの国の王子でね。」
「王子…様?」
しかし王子と言う単語にも縁のない生活をしていた里菜の乏しい想像力て思い浮かぶ王子様像は、御伽話に出てくるような白馬に乗ったかぼちゃパンツの王子様である。
どう見ても工事現場のおっちゃんにしか見えないユージーンに、思わずめまいがしてしまいそうだ。
「やっぱり…夢よね、これ。」
夢以外何者でもないと思うと、少し気が楽になる。
「これを頼む。」
ユージーンはジャックに手に持っていた樽を預けると里菜へとその大きな手を差し出した。
「エスコートさせてくれ」
どうやらユージーンはふらふらと歩く里菜ための支えになってくれるつもりのようだ。
その差し出された手を見ていると洗面所の鏡から突き出ていた腕を思い出す。
「やっぱりおじさんの手だったんだ。」
鏡から突き出ていた腕とそっくりなユージーンの腕。
里菜がユージーンの元に現れた時、ユージーンが里菜の手を握っていたのだからあの腕はユージーンの腕で間違いないはず。
「そのおじさんって呼ぶのは止めてくれないか?おれはまだ若いつもりなんでね。」
自称若者ユージーン。
「里菜から見れば王子は十分おっさんだぜ?」
「お前に言われたくないな。」
横から茶々を入れるトクにユージーンはジロリと睨むように目を向けた。
「さぁ、里菜…掴まるんだ。」
里菜に差し出される大きな手。
その手をそっと握ってみると、やはりその手は肉厚で大きい。
今のこの状況が夢か現実か…未だに区別はつかないが、この手の温かさだけは現実のものかもしれない