その2
鏡から生えた不思議な男の手に引かれて鏡の中に吸い込まれてしまった里菜。
一瞬嗅ぎ慣れない匂いがしたと思ったら、スッポンと音と共に温かいモノに倒れ込んでいた。
「ず…随分と若い娘が出て来たじゃねぇか。」
半ば放心状態の里菜の耳に男の声が届いた。
「えっ?」
声の方を見ると見知らぬ男が握り飯を片手に立っている。
「…だな。」
更に違う男が里菜を見ながら腕を組んで相槌を打った。
「???」
里菜の身に何が起こったのだろう。
確か洗面所で歯を磨いたり髪をセットしようとしていただけのはずなのだが…男達の声に我に返った里菜は今、瞳をパチパチさせて里菜を見る赤い髪の男の上に折り重なるように倒れていた。
「キャアア!何で!!?」
赤い髪の男から身を剥がそうとするが手を引かれて再び倒れ込む。
その引かれた手の先を見ると鏡から突き出ていたと思われる腕の手が、里菜の手をしっかりと握っている。
「おじさん…誰?」
せっかく立ち上がろうとしたのに…と里菜は少しムッとしながら下にいる赤い髪の男は見た。
20代後半位だろうか。
まだ17歳の里菜とはかなり年の差がありそうだ。
「おじさんか…参ったな。」
お兄さん、と言う方が良かったかもしれないが、赤い髪の男は顔立ちは端正だが、無精髭を生やしていておじさんぽく見える。
里菜の下から聞こえる声は柔らかく優しい。
その柔らかな声に惹かれ赤い髪の男の顔を見ると、赤い髪の男は里菜に向かってにこやかに笑って里菜と繋がれたままの手をしげしげと眺めている。
しかし里菜の目線は赤い髪の男を見ずに辺りをキョロキョロ見回していた。
「おじさん、ここ…どこ?」
どう見ても洗面所に見えない。
そればかりか室内でもない。
雲1つない清々しいまでの青空が里菜の頭上に広がっている。
「ここはクレッシェンド王国の城下の外れにあるおれの秘密基地だ。」
おじさんと言う響きに少々へこみながらもユージーンは出来るだけ穏やかな口調で里菜の質問に答えた。
「クレッシェンド王国ってどこ?やっぱり夢って何でもありなの?」
聞き慣れない単語に首を捻る里菜に男は困ったように笑った。
「おれはユージーン。後ろの2人はジャックとトクだ。」
ユージーンと名乗った男は里菜の手をようやく離すと、近くに転がっていた樽を掴んだ。
「残念ながらこれは夢じゃない。こうなったのもおれの責任だ。お前さんを故郷まで送って行くとしよう。どこの国の出身か教えてくれ。」
里菜が今この場に立っている理由を知っているのか、里菜を送ってくれると言うユージーンに里菜は首を傾げている。
あくまで推測だが、服装から察するに里菜はクレッシェンド王国の住民ではないだろう。
「国?ここ日本じゃないの?言葉、通じてるよね?」
王子と言う立場上、クレッシェンド王国周辺の国名は熟知しているユージーン。
しかし、聞き馴染みのない日本と言う国名にユージーンの一瞬どこだ?そこ?と戸惑ってしまった。次の瞬間ユージーンの手から樽が滑り落ち、ポロリと落ちていく。
「やばいっ…!!」
カッシャーン!
ガラス製の何かが割れた音が響いた。
「し!し!しまった!!割っちまった!!」
ユージーンの手からポロリと落ちた樽の中に何か大事な物が入っていて、それが落下の衝撃で割れてしまったらしい。
「何やってるんだよ!王子!」
慌てるユージーンに握り飯を片手に持ったトクも慌てながら怒鳴る。
「ったく…この人は…。」
そしてもう1人の男は冷静にユージーンを眺めていた。