第4-2話 父だった男との再会
「……久しぶりだな、クロム」
馬車から降りてきた男が俺に話しかけてきた。
やつれた顔をしたその男は──。
アイザック・ハイリッヒ…………ハイリッヒ侯爵家の現当主にして、俺の父だった男だった。
「誰この人?」
「俺の父だ。元だけど」
「あーね」
ミラたちに端的に伝える。
すぐに察したようで、先ほどまでの楽しい空気が一瞬にして重苦しいものに変わった。
「ご用件はいかがでしょうか? アイザック様」
俺は他人行儀な口調で接する。
ほんのわずかに、アイザックは口元を震わせた。
「……大事な話がある。家まで来てほしい」
大事な話、か……。
なんとなくだが予想はできる。
「……承知いたしました」
「……助かる」
もうアイザックとまともに関わることはないと思っていた。
思っていたからこそ、俺は行くことにした。
「私たちもついていくよ。だから安心して」
俺の手が震えていたのを見たからか、ミラが勇気づけるように申し出てくれた。
ルカとアスタロトも俺を見て小さく頷く。
「みんなありがとな」
俺たちはアイザックの馬車に乗ってハイリッヒ侯爵家に向かった。
馬車が止まる。
侯爵家に入った俺たちは貴賓室に通された。
俺の対面に座ったアイザックが、静かに話し始めた。
「ハイリッヒ侯爵家は……単刀直入に言うと存続の危機に陥っている。跡継ぎだったダークは道を踏み外した結果、廃嫡されることになってしまった」
「……そうですね」
「クロム……お前を追放した私に言う資格はないのだろうが、頼む。ハイリッヒ侯爵家へ戻ってきて、家を継いでくれ。勇者の血を引く一族はもう私たちしか残っていない。途絶えさせたくないんだ……」
国王様から聞いた話だが、アイザックは自身が勇者の系譜であることを最重要視している。
戻れば昔とは違って好待遇で暮らせるだろうが……それで心変わりするほど俺はお人好しじゃない。
ここには決別するために来たんだ。
俺はハッキリと告げた。
「家を追放されたことは、今はもう何も思っていません」
ルカ、ミラ、アスタロト。
みんなと出会えたのも今の俺があるのも、全部追放されたおかげだ。
むしろ感謝すらしている。
「俺は今の生活に満足しています。だからもう、ハイリッヒ侯爵家に戻るつもりはありません」
「ま、待ってくれ!」
俺の答えを聞いてもなお食い下がろうとするアイザック。
それをアスタロトが遮った。
「しつこいです。ハッキリ断りましたよね?」
アスタロトは有無を言わさぬ空気を発しながら話を続ける。
「貴方はダークのことを道を踏み外したとおっしゃいましたが、人の道を踏み外したのは貴方も同じですよ。実の息子を家族だと認めず追い出したのですから」
アスタロトの容赦のない正論パンチが炸裂する。
アイザックは言葉に詰まって黙ってしまった。
……感慨深いな。
アスタロトが俺のために怒ってくれるようになるなんて。
ダークの件を通して随分と優しくなってくれたもんだ。
「そうそう。いまさら戻ってこいなんて都合よすぎだから」
アスタロトに続いて、ミラも怒ってくれた。
「勇者の家系とかそういう地位みたいな見えないものを見過ぎて、本当に見なきゃいけないものを疎かにしすぎたんだよ、選択を後悔してるなら、修行して選び直す力でも手に入れたら?」
冷たくあしらわれたアイザックに向かって、俺はもう一度ハッキリと伝えた。
「俺はもうハイリッヒ侯爵家に戻るつもりはない。この決意は変わりません。ですから……一人で頑張ってください」
そう言い残して、俺たちはハイリッヒ侯爵家を後にする。
アイザックとの因縁は結着した。
この決断に、後悔はない。
「は~、スッキリした」
帰る道すがら、ミラがすっきりした声で呟いた。
「ミラもアスタロトもありがとな」
「いーよ、全然。それよりルカは何も言わなくてよかったの?」
「ん。言いたいこと全部ミラお姉ちゃんとアスお姉ちゃんが言ってくれたから大丈夫。スッキリしたよ」
「アスっちのド正論よかったよね」
「ね~」
「な~」
俺はミラの言葉に同調してから、いつものようにアスタロトをからかう。
「アスタロト最近デレ期多いよな」
「別にそんなことないです」
ぶっきらぼうにそっぽを向かれた。
いつもはクールでポーカーフェイスなのに、照れ隠しする時だけ嘘がヘタクソになるんだよな。
からかい甲斐があって面白いわ。
「俺のために怒ってくれて嬉しかったぞ!」
「勘違い男やめてください」
「はい、すみません……」
訂正。
やっぱ俺には当たり強いわ。





