第4-1話 聖女オリビア・ホーリーライト
「ただいまー」
俺は街での治療活動を終えて帰宅する。
ようやく怪我人の治療がひと段落着いた。
これでしばらくは平穏に過ごせるだろう。
俺はミラの部屋へ向かう。
様子を見ようと扉を開けると、ルカとアスタロトもミラの部屋を訪れていた。
ソファの真ん中に座り、ミラから借りたのであろう本を読むアスタロト。
ルカはアスタロトに膝枕されて、ミラはアスタロトの肩に寄りかかって気持ちよさそうに寝息を立てていた。
「お帰りなさい」
「ただいま。両手に花状態だな」
俺は小声でアスタロトをからかう。
「羨ましいですか?」
「俺もルカを膝枕したい」
「代わってほしかったら床に頭をつけて懇願するといいですよ」
「ぐぬぬ」
アスタロトに煽り返された。
俺が静かに悔しがっていると、ルカがあくびしながら起き上がった。
「あれ……? クロムお兄ちゃんいる。お帰り」
「ただいま、ルカ。よく寝れたか?」
「ん、ぐっすり」
そのタイミングでミラも目を覚ました。
どこかぼけ~っとした様子でアスタロトを見る。
次の瞬間、アスタロトの頬にキスした。
「ふぁいっ!?!?!?」
アスタロトが裏返った変な声を出す。
一瞬で顔を真っ赤にしたと思ったら、石のように硬直して動かなくなった。
それを見ていた俺とルカもまた、驚きに体を硬直させてしまった。
「んえ……? ……あ、夢か」
寝ぼけていたミラがようやく意識を取り戻す。
「ごめんね、アスっち。夢の続きかと思ってキスしちゃった」
「……」
「……アスっち? おーい?」
ミラが話しかけるが、アスタロトは固まったままで反応すらしない。
その様子を、ルカは目をキラキラさせて見守っていた。
恋バナしてる時の女の子みたいな反応だ。
それにしても、アスタロトの裏返った声面白かったな。
あんな声聞いたのは初めてだ。
キスされただけであんなに動揺するなんて、アスタロトはすごく純粋なのだろうか。
「今アスタロトの顔にマジックで落書きしても気づかれなさそう」
「クロムお兄ちゃん、めっ! だよ」
「しないって。昼寝タイムが終わったことだし教会に行くか」
街のゴタゴタがひと段落着いたので、俺たちは教会に向かう。
理由はもちろんミラの呪いを解呪するためだ。
後からわかったことだが、あの呪いが残っている限り回復魔法だけじゃなく進化まで不可能になっていたからな。
ちなみにアスタロトは未だ挙動不審なままだ。
ミラのキスが刺激的過ぎたのか、動けるようになったもののここまで一言も発することはなかった。
「あ、クロムにーちゃんだ!」
街を歩いていると、俺に気づいた少年たちが嬉しそうに駆け寄ってきた。
ミラが不思議そうに尋ねてくる。
「クロム、この子たちは?」
「ダークの件で治療した子供たちだ」
「俺はネロ! クロムにーちゃんに助けてもらったんだぜ!」
「僕はクロムさんに兄のリヒトを助けてもらいました」
「クロムクロム! ママを助けてくれてありがとね!」
「ははは、どういたしまして」
俺は子供たちの相手をする。
お別れして教会に向かったところで、ルカが聞いてきた。
「ネロとリヒトって、勇者の物語の登場人物と同じ名前だね。流行ってるの?」
「聖女の家系は存続してるからソフィアって名前はほとんど使われないけど、それ以外のネロ、リヒト、グリムは名前ランキングでも毎年上位に入っているぞ」
「あーね。一大伝説の人物なら人気もあるってワケね」
「そういうこと」
雑談していると教会についた。
治療活動中にあらかじめ話を伝えておいたので、俺たちはすぐに聖女の下に案内される。
通された部屋で、金髪赤眼の目つきの鋭い女性と対面した。
彼女が今代の聖女、オリビア・ホーリーライトだ。
「仲間を解呪してほしいって話だったけど、まさか仲間が魔物だったとはね。よくのうのうと連れてこれたもんだわ」
オリビアは開口一番、敵意を隠すことなく伝えてきた。
「感じ悪」
「あ?」
ミラの言葉を聞いて、オリビアは額に青筋を浮かべる。
秒で険悪な空気になってしまった。
ルカは怯えた様子で俺の後ろに隠れる。
今代の聖女オリビア・ホーリーライトは魔物嫌いとして有名だ。
聖女の力を持っているからか、人に化けていたり人に近い姿をしている魔物を一瞬で看破することができる。
こうなることは予想できていたため、俺はとっておきのアイテムを取り出した。
さっさと解呪してもらって帰ろう。
もはや居心地とか気にしてるレベルじゃないほど空気悪いし。
「何よコレ。最悪だわ……」
聖女オリビアは俺から手渡された紙を見て歯がみした。
これがとっておきのアイテム、『国王様からの嘆願書』だ!
内容を要約すると、「ミラを解呪してあげてね(圧)」という感じになっている。
いくら聖女とはいえ、国王様に逆らうことはできない。
無事にミラを解呪してもらうことができた。
「私、完全復活! ありがとね~、聖女サマ^^」
「チッ。二度と来るんじゃないわよ!」
俺たちは治療代を払ってそそくさと教会を去る。
何はともあれ、ミラの呪い問題は解決だ。
「ミラ様の快調祝いに今夜は豪華な料理を作って差し上げますね」
「豪華な料理って何~? 教えてよ、アスっち」
「それは見てからのお楽しみです」
「楽しみだね! アスお姉ちゃんのご飯いつもおいしいもん!」
「それはそうです」
「秒で言い切ったな。とんでもなくうまい料理が出てきそう」
ようやく復活したアスタロトも交えて、俺たちはワイワイ楽しく雑談しながら帰路につく。
帰宅すると、屋敷の前に豪華な馬車が止まっていた。
「え~、また面倒ごとなの? せっかく元気になったばかりなのに……」
ミラが残念そうに呟く。
だが、俺は言葉を返すことができなかった。
馬車についている家紋を見て固まってしまった。
「……久しぶりだな、クロム」
馬車から降りてきた男が俺に話しかけてきた。
やつれた顔をしたその男は──。
アイザック・ハイリッヒ…………ハイリッヒ侯爵家の現当主にして、俺の父だった男だった。





