第3-42話 闇を照らして
「ヒートアップしていくぜ! 【ドッペルゲンガー】!」
上位悪魔の分身二体が現れる。
分身体は全身に闇を纏うと、地面が砕けるほど強く踏み込んだ。
「「暗黒連打──二重奏!」」
分身体は場に留まったままパンチを放ちまくる。
その拳から闇の衝撃波が飛んでくる。
「防御は無意味だ! 躱すしかない!」
「みたいだね!」
俺とルカは攻撃を分散させるために両サイドから攻める。
正面から迫る無数の衝撃波。
防御貫通で命を削るそれらを躱しながら、俺たちは走る。
「わっ!」
攻撃を無理に躱したルカが俺のほうに跳躍してくる。
そこへ俺たち二人をまとめて倒すべく衝撃波が迫ってきた。
「ルカ!」
「ん!」
俺はアロンダイトを前に突き出す。
ルカはアロンダイトの腹に着地し、即座に再跳躍する。
俺はその衝撃を利用し横に跳んだ。
刹那、俺とルカの間を衝撃波が突き抜けていく。
「今のを躱すか。阿吽の呼吸だな!」
「敵を褒めている暇はありませんよ!」
アスタロトが【斬撃波】を放つ。
無数の飛ぶ斬撃は、上位悪魔本体の闇刃斬を一つ残らず相殺した。
「ナイスだ、アスタロト!」
「いいタイミング!」
おかげで本体に邪魔されることなく分身体のもとにたどり着けた。
「「暗黒衝打!!」」
「【閃光斬】!」
「フレアネイル!」
攻撃を躱しざまに斬り刻む。
分身体がバラバラになって霧散する。
アスタロトが上位悪魔に肉薄した。
ダメージを与える絶好のチャンス。
無駄にするわけにはいかない。
だから俺は上位悪魔に向かって叫ぶ。
「お前の自慢の防御とアスタロトの攻撃どちらが上かハッキリさせようぜ!」
俺たちの目的は王都の平和を取り戻すことだ。
この戦いはそのために必要な過程であって、目的ではない。
だが、上位悪魔は違う。
あいつは戦うことそのものを楽しんでいる。
戦いこそが目的なんだ。
戦闘欲に忠実で素直な上位悪魔なら、必ず誘いに乗ってくれる。
俺はそう確信していた。
「燃える提案してくれるじゃねぇーか! いいぜ、俺様は防御に全リソースを割く。俺様の防御を突破できるもんならやってみろや!」
俺の予想通り上位悪魔は誘いに乗った。
「やってみせますよ」
アスタロトの大剣が青いオーラに包まれる。
【剛力無双】を解除したアスタロトがそっと斬りつけると、あれほど高い防御性能を誇っていたはずのダイラタンシー流動闇が裂けた。
あっさりと敗れた。
「マジか!?」
アスタロトが追撃を放つ。
驚愕する上位悪魔の体に斬撃が走った。
「やはり思った通りでした。ダイラタンシー流動と言えば水溶き片栗粉が有名ですが、その最大の特徴は『力を加えると固体として振舞うが、力を加えるのをやめると液体に戻る』です」
水溶き片栗粉は料理に使うもの……ということだけは知っている。
料理が大好きなアスタロトだからこそ突破できたってわけか。
「より具体的に説明すると、力を加えると粒子が密着して強度が増すことで個体に。力を加えるのをやめると密着した粒子が広がることで元の液体に戻ります」
「具体的に説明されても理解できないんだが……」
「難しくてわかんない……」
「刃の表面に受け流しの力を付与する【流し受け】を発動した状態で優しく斬れば、闇粒子と闇粒子の隙間に剣を通せるというわけです」
とりあえず【流し受け】がダイラタンシー流動闇の強力なメタになることだけはわかった。
「まさか突破されるとは思わなかったぜ。見事だ」
上位悪魔は距離をとりながら死国を放つ。
「【破魔の一閃】!」
俺は死国を斬ると、返す剣で上位悪魔に追撃を入れた。
「ブレイジング──」
そこへすかさずルカがパンチを放つ。
「──フレアスマッシュ!」
爆炎と衝撃が上位悪魔を呑み込む。
重たい一撃が入った。
いくら上位悪魔といえども、これだけ喰らって平気なわけがない。
着実にダメージを与えることができている。
「……本気を出してもなお一筋縄ではいかず、戦いの中で成長し続けて粘り強く喰らいついてくる相手!」
上位悪魔は笑いながら起き上がる。
みなぎる闘志と同調するかのように闇があふれ出す。
「俺様はそんな相手を待っていた。これこそが本気の戦い、これこそが血沸き肉躍る殺し合いだ! 楽しくなってきたぜ~!!!」
上位悪魔からあふれた闇が形を変える。
剣、槍、弓、メイス、ハンマー。
さらには魔物の爪や牙まで。
強力な武具や部位を模した闇が、無尽蔵に襲いかかってきた。
「ッ……!」
アロンダイトを振る。
片っ端から斬り落としていく。
背後から迫る斬撃を跳んで躱す。
「ぐ……! がッ!」
それでもなお防ぎきれない物量でのゴリ押し。
俺の体を闇がかすめるたびに激痛が走る。
「一瞬たりとも気を抜くな!」
「ん!」
「はい!」
命を削られるたびに持続回復魔法の効果で回復されるから気力で動き続けていられるが、攻撃を喰らった瞬間だけはどうしても激痛で動きが鈍ってしまう。
それでも俺はアロンダイトを振り続ける。
「……準備完了だ」
上位悪魔が腕を掲げた。
物量ゴリ押し攻撃が終わるのと同時に次の攻撃が飛んできた。
「死国──十連撃!」
そんなに連射できるのかよ!
ただでさえ一発一発が強いってのに……!
「最大出力で行くぞ、ルカ!」
「わかった!」
「「【フレアウォール】!」」
俺とルカによる二重【フレアウォール】。
これで少しでも死国の威力を落とす!
アスタロトが構え、【纏衝突き】を放つ。
衝撃波が、炎の壁を抜けた死国に直撃する。
その間に俺は【炎装】と【炎斬拡張】を発動。
黒炎の【斬撃波】を放ちまくる!
細切れになった死国が拡散して着弾した。
俺たちの周囲で大爆発が起こった。
「「【斬撃波】!」」
飛ぶ斬撃の風圧で砂埃が晴れる。
だが、そこに上位悪魔はいなかった。
「……あそこ! 屋根の上!」
ルカが遠くを指さす。
「あれか!」
「把握しました!」
商業エリアで一番高い建物。
商業ギルド最上階の屋根上に上位悪魔が立っていた。
「これならどうだ?」
上位悪魔の指先に闇が集まり、暗黒球が形成されていく。
死国かと思ったが、出来上がった暗黒球は死国よりはるかに大きかった。
「威力は死国の比じゃねぇぜ。──万滅死国」
特大サイズの暗黒球が放たれる。
「攻撃の規模がデカすぎて斬るだけじゃ対処できない! かき消すぞ!」
「承知いたしました!」
俺とアスタロトは同時に剣を振る。
二人がかりで【破魔の一閃】を使う。
特大サイズの暗黒球がパンっと弾けて消えた。
「俺とルカが先行する!」
「アスお姉ちゃんはとどめをお願い!」
走り出した俺とルカは建物に跳び乗り、屋根の上を駆ける。
上位悪魔の手札と対策法は概ね把握できた。
一気に決着をつける!
「万滅死国……」
上位悪魔の指先に闇が集まっていく。
その時、後方から飛んできた白銀の光線が上位悪魔の腕ごと闇を消し飛ばした。
「なんだ?」
ちらりと後ろを見れば、遠くの屋根に美しいドラゴンが立っていた。
【竜化の術】を発動したミラだった。
「私のブレスの威力はどうよ? 全魔力を使った渾身の一撃なんだから、ちょっとはすごかったでしょ?」
「ああ、スゲェ! お前もやるなぁ、ボロボロなのによ! その精神力は誰がなんと言おうとスゲェ!」
上位悪魔は素直に称賛しつつも。
「お前らはスゲェからこそ、俺様もとっておきの切り札使ってやるよ!」
消し飛ばされた右腕に闇が集まり、竜の顎を形成する。
その中心に闇の光が収束していく。
上位悪魔は大技の準備をしつつも、左腕で特大暗黒球を生成した。
「お前は魔法をかき消せねぇだろ?」
狙いはルカだ。
俺たちの中で一番足が速く、先行しているルカを確実に仕留めに来た。
「【瞬歩】──」
俺は足に力を込める。
……限界を超えろ。
俺の役目はここを乗り越えさせることだ。
後のことは考えなくていい。
「──八蓮!」
「万滅死国!」
上位悪魔が放ったその瞬間。
超速でルカを追い越した俺の【竜殺斬り】が、特大暗黒球を真っ二つにした。
【破魔の一閃】でかき消したわけではないため大爆発が起こったが、ルカより前方で爆発させたため巻き込んではいない。
俺のほうは【瞬歩】の勢いのまま超速離脱したのでギリギリで被弾せずに済んだ。
……【瞬歩】の反動で両足が消し飛んでしまったが、ミラから受け取ったバトンは繋いだぞ。
「次はルカの番だよ!」
万滅死国の爆発で巻き上がった粉塵砂埃を抜けたルカが、上位悪魔に迫った。
「闇、防御! メイドと黒髪には通用しなくなったが、お前は別だ。ダイラタンシー流動闇を突破する術なんて持ってないだろ?」
「だから何? ルカはルカにできる方法でやるだけだよ!」
防御を固める上位悪魔。
【流し受け】を使えないルカにとってダイラタンシー流動闇は大きな障害となる。
「ルカはまだまだ弱いから──全部乗り越えて強くなるんだ!」
ルカは強く踏み込む。
衝撃で周囲一帯がひび割れる。
すべての炎がルカの右拳に収束した。
超高密度の魔力を注ぎ込む。
炎が烈火のごとく燃え上がる。
「後先なんて考えない! この一手にすべてを込める!」
商業ギルドの屋根……そこに立つ上位悪魔めがけてルカが跳躍する。
空中で拳を引き絞ったルカのフォームは、最強トーナメントで見たゼータの必殺技と酷似していた。
「────烈日爆轟拳ーーー!!!」
ルカの拳が闇の防壁に激突する。
火花が飛び散る。
「力押しでそう簡単に突破されてたまるかぁぁぁぁああああああああああ!!!」
闇が強固さを増していく。
ルカの拳が止まったと思ったその瞬間、炎がカッ! と輝きを放った。
「……ルカは、大好きな人たちが暗い顔してるところなんて見たくないんだ」
炎が赤く赫く輝いて。
闇の防壁ごと上位悪魔を貫いた。
さらにそれだけでは留まらず、炎が何倍にも膨れながら空高く昇り続ける。
刹那、まばゆい光が差し込んできた。
見上げた俺の視界いっぱいに、青い空が広がっていた。
【暗黒世界】が晴れていた。
「マジか……スゲェ……」
上位悪魔が思わず呆けた声を出す。
闇の防壁が消え去っていた。
奥の手である竜の顎に収束した闇が弱まっていた。
光が王都に降り注ぐ中、ルカはあまりにも高すぎる威力の反動でボロボロになりながらも笑った。
「炎を極限まで燃やしたら、闇だって明るく照らせるでしょ」
「……太陽の化身かよ」
そう評した上位悪魔に、アスタロトが迫った。
「アスお姉ちゃん、バトンタッチ」
「受け取りました。ここまで繋いでくださりありがとうございます」
上位悪魔が竜の顎をアスタロトに向けた。
「さあ、決着といこうじゃねぇか!」
「望むところです」
竜の顎が大口を開く。
その中心にて、闇が激しく輝きながら渦巻いた。
「泣いても笑ってもこれが最後だ。──【暗黒竜の咆哮】」
放たれるは暗黒の極太光線。
光を呑み込む闇の暴流。
だったら、呑み込んでもあふれて止まらないほど強く照らしてしまえばいい。
アスタロトなら、それができる。
「「【絆の炎】」」
アスタロトの大剣が、赤と黒の炎に包まれる。
それを掲げた。
「大事な人たちが笑っていられる──」
大剣を振り下ろす。
「──そんな未来以外認めません」
暗黒光線が斬り開かれていく。
アスタロトは暗黒光線を真っ二つにしながら突き進む。
「……ォォォオオオオオオオオ!!! 出力最大──フルバーストォォォッ!!!」
暗黒光線に呑まれた建物が消滅していく。
それでもアスタロトは止められない。
止まらない。
「これで、終演です」
上位悪魔の下にアスタロトが到達した。
勝敗が、決まった。
斬り離された上位悪魔の上半身が宙を舞った。
「……俺様の完敗だ。人生の最後を飾るに相応しい、最高に……最ッッッ高に楽しい戦いだったぜ」
上位悪魔は自身の胸を抉る。
魂を取り出すと、アスタロトに託した。
「俺様の物語はここで終わりだが、お前らはまだまだこれからだろ。糧にして進みやがれ」
「貴方のおかげで強くなることができました。その点だけは感謝致します」
アスタロトは魂に手をかざす。
【悪魔支配】と呟くと、魂がアスタロトの体に吸い込まれて消えた。
それに伴い、上位悪魔の肉体も消滅した。
【悪魔支配】は、悪魔を支配したりその魂を取り込むことができる効果を持つ。
舎弟ができた際にアスタロトが獲得したスキルだ。
「……エクストラヒール」
「ん、ありがと。もう大丈夫だよ」
俺がルカの治療をしていると、ミラがふらふらと歩きながらやって来た。
「おい、あまり無理しない方が……」
「だいじょぶだいじょぶ、Sランクなんだから。死にはしないって」
ミラは俺の言葉を笑って遮ると、ルカの肩にポンっと手を置いた。
「ナイスガッツ。ルカは仲間を救える立派なヒーローだぜ」
ある意味ミラらしくない言葉だが、その想いは紛れもない本心で。
それが伝わったのだろう。
ルカは憑き物が落ちたような……嬉しさに感極まった表情でボロボロと涙をこぼしながら泣き始めた。
あふれ出た感情を受け止めるかのように、ミラは何も言わず静かにルカを抱きしめる。
その背中を優しくさすり続けた。
ミラは立派な姉だよ。
「……クロム」
戸惑いがちな声で呼ばれた。
振り向くと、アスタロトが立っていた。
「……え? 面と向かって俺の名前呼ぶの珍しくない? 毒でも食ったの?」
「やかましいです」
アスタロトはそっぽを向きながら、ぶっきらぼうに手を差し出してきた。
ほあぁ!?!?!?
「……勘違いしないでくださいよ。私はミラ様とルカのために仕方なく協力しただけなんですからね!」
俺はアスタロトの手を取る。
アスタロトが装着している黒手袋越しに、温かさが伝わってきた。
態度は冷たいけどな。
「……ブフォっ!」
「なぜ吹き出すんですか! 怒りますよ!」
「いや、面白すぎてつい」
「ふざけないでください! もう貴方とは口をきいてあげませんから!」
いつも毒舌を吐かれていたからこそ。
だからこそ俺は、アスタロトのそれが照れ隠しだとわかった。
「口はきいてくれなくても、手は繋いだままなんだな」
「ッ!?」
アスタロトはハッとしたように俺の手を振り払うと、ジト目でこちらを睨んできた。
顔を赤らめながらムスッとしたアスタロトは、死ぬほど面白かった。





