第3-37話 嫉妬と羨望
「やったな、ルカ」
「勝ったよ、アスお姉ちゃん!」
魔力は消耗したが、無傷で上位悪魔を突破できた。
「今助けるからな」
俺がアスタロトに回復魔法をかけようとした、その時。
「俺様との戦いはまだ終わってねぇぜ」
声がした。
死んだはずの上位悪魔の気配が復活した。
「「ッ!?」」
俺とルカは瞬時に戦闘態勢に戻る。
「なぜ生きている……?」
上位悪魔は傷一つない状態で立っていた。
まるで戦い始める前に戻ったかのように。
「死んだのは確かだぜ?」
上位悪魔が嘘をついている様子はない。
死んだのが本当だとしたらどうやって……?
「悪魔が死んでから復活するまでの平均時間は約一日ってところだが、俺様だけは死んでも即座に復活できる。秩序の存在しない前時代で、魔界最強まで登り詰めた悪魔の特権ってやつだ」
……殺しても殺しても何度でも復活する、か。
復活の際には魔力なども全回復して万全の状態になるので、こちらが一方的に体力や魔力を消耗し続けることになる。
俺とルカだけではどうやっても勝ち目がない相手だった。
ただ、勝機がないわけではない。
なんとか隙を見て──
「……あ?」
上位悪魔が怪訝な声を上げる。
「ダークのやつ苦戦でもしてやがるのか?」
上位悪魔の体が黒い光に包まれ、手のひらサイズまで圧縮された。
「悪ぃな。戦いは一旦中断みてぇだ。また後で決着つけようぜ」
そう言い残して、上位悪魔を包む球体は消え去った。
直前のセリフからしてダークと合流したのか?
……考えるのは後だ。
今のうちにアスタロトを助けないと!
「造血促進! エクストラヒール!」
アスタロトを拘束していた闇の鎖をルカが切断している間に、俺は回復魔法を使う。
「……なんで助けに来てくれたんですか……」
治療中、アスタロトは暗い顔で呟いた。
「なんでって、アスタロトが大事だからに決まってんだろ」
隣でルカがうんうんと頷く。
「…………」
アスタロトは静かに俯く。
申し訳なさそうな……罪悪感に押しつぶされそうな……そんな表情をしていた。
……アスタロトも何か抱えてるのか。
無言で治療していると、アスタロトは意を決したように喋り始めた。
「……なんで助けてくれるんですか……なんで命を賭して戦ってくれるんですか……。私は……私は……! 嫉妬に狂ってしまったダークと何も変わらないんですよ……」
自己嫌悪か。
かなり追い詰められているようだ。
「私はずっとクロムに嫉妬していたんです……。ミラ様と仲良さそうなのが気に入らなくて、羨ましくて、妬ましくて……それでキツく当たってしまって……最低ですよ、私は……」
アスタロトは感情がごちゃ混ぜになりながらも本音を吐き出して、そして……。
泣きながら必死に伝えてきた。
「ごめんなさい」と。
心の底から謝ってくれた。
俺は立ち上がって姿勢を正す。
大きく息を吸ってから…………勢いよく土下座した。
「大変申し訳ございませんでしたあああああああああ!!!」
「……はい? え……?」
アスタロトが困惑した声を上げるが、知るかそんなもん。
何が何でも俺は謝るぞ!
「アスタロトは知らないだろうけど、俺だってアスタロトが羨ましかったんです! 俺も剣の才能欲しかったです! 実はちょっと嫉妬もしてました! すみませんでしたぁっ!!!」
アスタロトはぽかんとした顔でこちらを見てくる。
俺が嫉妬してたなんて思いもしなかった様子だ。
「はい、お互い謝ったしこの話終わりな!」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」
アスタロトは納得できないと言った様子で詰めてくる。
「そもそも嫉妬も羨望も悪いことじゃないだろ」
「……そうなの、ですか……?」
そうなのですかって、そうだろ。
驚くことじゃないと思うんだが。
「嫉妬も羨望も、人間に備わってるごく普通の当たり前の感情だ。……まあ、お前らは人間じゃないけど似たようなもんだろ」
「ルカもクロムお兄ちゃんのしっかりしてて頼れるところとか、アスお姉ちゃんの情熱家なところとか、ミラお姉ちゃんの心の強さとか羨ましいよ」
「ミラの化け物メンタルとあの図太さは羨ましいよな、超わかる」
俺たちの会話を聞いたアスタロトは、驚いたように目を丸くしていた。
「きっとミラだって、誰かのことを羨ましく思ってるはずだ」
「ミラ様も……?」
「とにかく、嫉妬も羨望も悪いことじゃない。羨ましいから……憧れるから俺は夢を見つけて追いかけることができてるし、アスタロトに嫉妬したからこそ『勝ちたい』って思えて最強トーナメントで優勝できたんだ」
「……でも私は嫉妬して悪いほうに進んでしまって……」
「そうか?」
俺は首をかしげる。
言うほど悪いほうには進んでないだろ。
「アスタロトさ、俺のこと嫌ってるわりには料理は毎食作ってくれるし、服が傷ついたら裁縫してくれるし、俺が手伝ってってお願いしたら手伝ってくれるよな? それって、罪悪感があったからせめてもの贖罪としてやってくれてたんだろ? 嫉妬してても、それに気づけてちゃんと謝れるなら道を踏み外すことはないと思うけどな」
「ですが……!」
俺はアスタロトの肩をつかんで言葉を遮る。
「それでも不安なら俺たちを頼れ! 道を踏み外しそうになったら無理やりにでも引き戻してやる」
「アスお姉ちゃんにはルカもミラお姉ちゃんもついてるんだから。大丈夫、一人じゃないんだよ」
「……ッ!」
アスタロトは涙をぬぐう。
それから呆れたように小さく笑った。
「……なんですか、もう……。悩んでいるのが馬鹿らしくなってくるじゃないですか……」
「正直、くよくよメソメソしてるアスタロト気持ち悪いからはよ元に戻ってくれんか?」
「……気持ち悪いってなんですか、こっちは真剣に悩んでたってのに。殴りますよ?」
「そう、それ。そっちのほうが落ち着く」
ようやくアスタロトが立ち直ってくれた。
これでもう怖いものなしだ。
「一番のネックとなる上位悪魔の即座復活に対処するには、アスタロトのスキルが必須だ」
舎弟ができた際にアスタロトが獲得したスキル。
使い道がないと思っていたあのスキルが、上位悪魔への切り札となる。
「力を貸してくれ、アスタロト」
「しょうがないですね。貴方と共闘するのは大変不本意ですが、今回は引き下がって差し上げます。不本意ですが!」
「あはは、ツンデレさんだね~」
待ってろ、ミラ。
すぐに戻る。





