第3-35話 兄と弟 因縁の再会
「いたぞ、ダークだ」
俺は小声で伝える。
「完全に私たちを舐めてるよね、アレ」
俺たちは少し離れた場所から偵察する。
更地になった商業区の一角にて、ダークは闇を用いて作った玉座の上に腰かけていた。
こちらに気づいた様子はないどころか、まともに警戒しているようにも見えない。
どんな攻撃にも対応できるという自信があるのだろうか。
「ダークのそばに浮いている黒い球体……あれが結界のようでござる。中から姉御の気配がするでござるよ。ただ……」
シャドーは少し言いづらそうに口ごもる。
「ただ?」
「あの結界の中から強力な悪魔の気配がするでござる……。拙者とミラ殿だけで結界に飛び込めば、ほぼ確実に死んでしまうでござろうよ」
シャドーが伝えてきた情報は、俺たちの作戦を瓦解させるものだった。
「ダークが短期間で強くなれた理由……それはおそらく、結界の中にいる悪魔と協力関係にあるからでござろう。よく観察するとわかるが、ダークから伸びる魔力導線が結界の中につながっているでござる」
つまり、ダークは結界の中にいる悪魔から力を分けてもらっているということか。
ここにきて新たな敵の登場。
戦力を分けて対応するとしても、慎重にならざる得ない。
「魔力導線を通すために、結界には小さな穴が開いているでござる。それが結界の脆弱性につながっているようでござる」
「突破できそうか?」
「あれなら簡単にハッキングできるでござる」
どうするべきか?
全員がかりでダークを迅速に無力化してから結界に突入すべきか?
だが、結界内の悪魔を放っておいたら対ダーク戦の際にアスタロトを人質にされかねない。
どころかアスタロトを殺す可能性すらある。
「私から提案があるんだけど」
沈黙を破ったのはミラだった。
「クロム、ルカ、シャドーの三人で結界に突入してくれない? ダークは私が一人で抑えとくからさ」
「本気か!?」
ミラの提案は、とても賛成できないものだった。
アスタロトですら勝てなかったんだ。
ミラが一人で相手できる可能性は低い。
「私の結界もどきとリジー先生の結界を合わせたら、あんなクソガキ一人閉じ込めるくらいわけないよ。だから、その間にクロムたちは悪魔を倒してアスっちを助けてあげて」
「閉じ込めた後はどうするんだ!? ミラが死ぬ可能性のほうが高いだろ! そんなのは嫌だぞ……!」
「うっさいなぁ」
ミラはむすっとした様子で俺の頭にチョップしてきた。
痛っ……くはない。
「……何すんだよいきなり」
「ウザかったからつい。クロムさ、いっつも『自分がなんとかしないと』って頑張りすぎなんだよ。屋敷で私が取り乱してた時に一人じゃないって言ってくれたのはどこのどいつだよ。たまにはお姉ちゃんを頼りなさいっ!!!」
ミラは両手で俺の顔をはさんで、自身の顔へと近づける。
仮面越しでも、ミラが真剣な目で俺を見ているのが伝わってきた。
「私たちは家族なんだから」
「ッ……!」
そこまで言われて、否定するなんて俺には無理だった。
「……ダークの相手、頼んでいいか?」
「私に任せとけ」
ミラは力強く、拳を掌に打ちつけた。
俺は自分の頬を軽くたたいてから作戦を立て直す。
シャドーは舎弟になった際に【潜影】という、影の中に潜ることができるスキルを獲得している。
このスキルでルカと共に俺の影の中に潜ってもらう。
俺は【デコイ】で自身の分身体を一体だけ生み出す。
それから本体を【ミラージュ】で透明にする。
「ミラは俺の分身体と一緒にダークの気を引いてくれ。その隙に俺本体がこっそりダークの魔力導線を斬る。リジーさんはその瞬間に結界でダークを閉じ込めてくれ」
「後は私が結界もどきでリジーさんを援護すれば牢獄の完成だね。アスっちの救出は頼んだよ」
「ああ、必ず助け出してくる」
「ルカも、今度は失敗しない!」
俺たちは拳を突き合わせる。
「アスタロト奪還作戦、開始だ!」
俺はダークめがけて【斬撃波】を放ち、サイドから回り込むように走り出す。
ミラと分身体は真正面からダークに接近する。
リジーさんには距離をとって待機してもらう。
「遅かったじゃねぇか」
ダークは【斬撃波】を難なく相殺する。
それからミラたちに剣を向けた。
「ダーク、お前を倒しに来た」
「アスっちは殺させないよ」
「そうか。じゃあやってみろよ!」
ダークから闇と【斬撃波】が飛来する。
「ミラ、援護を頼む!」
「りょーかい、クロムはダークに集中!」
「私も援護致しますわよ!」
分身体が走り出す。
「クロムには傷一つつけさせないよ」
「お守り致しますわ!」
ミラが現実魔法で道を切り開き、リジーさんの結界が分身体を闇から守る。
「うおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
ダークのもとに到達した分身体が雄たけびを上げながら斬りかかる。
「遅ぇ! その程度の剣速で俺を斬るつもりか!?」
ダークの持つ禍々しい剣が分身体の体に触れた。
「残念。俺は偽物だ」
「……あ?」
霧散した分身体を見てダークは怪訝な声を上げる。
すぐに俺本体が別の場所にいることに気づいたようだが、もう遅い。
「今だ!」
俺は叫びながら魔力導線を斬った。
「はい、牢獄の完成」
「構築完了致しましたわ」
事前の作戦通り、ミラとリジーさんは手早く結界を完成させた。
……いいぞ。
順調に進んでいる。
「チッ。俺を結界で閉じ込めてる間にクソメイドを助ける気なんだろうが、サポート役のテメェが残ってるのはどういうことだよ? まさか、たった一人で俺を相手するつもりか? 舐めてるだろ、なぁ!?」
「馬鹿だね、ダーク。私が援護しかできないとでも思ってんの?」
「オイ、あまり調子に乗るんじゃねぇぞ」
「君がね」
ミラは威勢よく啖呵を切る。
俺はミラの無事を祈った。
「突破完了。二人とも拙者につかまるでござる」
俺とルカがつかまったところでシャドーは【影転移】を使用。
視界が暗転したかと思ったら、次の瞬間には景色が変わっていた。
目の前に“闇”が迫っていた。
「危ないでござるッ!」
シャドーがとっさに俺とルカを弾き飛ばす。
そのおかげで俺とルカは被弾せず済んだが、直撃を受けたシャドーは胴体に風穴があいていた。
転移直後の無防備な瞬間を狙われたのか……!
シャドーがいなかったら即死もあり得ていた。
「拙者はリタイアのようでござる……」
シャドーの体が崩れていく。
「助けてくれてありがとな。必ず勝ってくる」
「バトンは受け取ったよ、シャドー君」
「俺様を待たせるなんて随分と余裕ぶっこいてやがるじゃねぇか」
元凶の悪魔が楽しそうに笑う。
紫髪オールバックに捩じれた片角。
二対四枚の漆黒の翼。
その姿には見覚えがあった。
だって、ずっと探していたのだから。
「こんなところにいたのか、上位悪魔」
「ようこそ、俺様の世界へ。さあ、戦ろうぜ。ちょうど血沸き肉躍る戦いがしたかったとこだ」





