第3-34話 悩みと後悔
「……ダークよ……堕ちるところまで、堕ちてしまったんか……」
国王様がぼそりと呟く。
俺は怒りを必死に抑えて、国王様に王城に戻るよう伝えた。
ここにいれば俺たちの戦いに巻き込むかもしれない。
住民の避難や騎士団の対応などをスムーズに行うためにも、国王様には国王様にしかできないことをやってもらった方がいい。
「わかった。儂はすぐに関係各所に指令を出してくる。お主らは?」
「……ダークのもとに行きます。それしか、選択肢がないんです」
「そうか。くれぐれも死ぬ出ないぞ」
死ぬつもりなんてさらさらない。
絶対にアスタロトを助け出してみせる。
それ以外の未来はありえない。
「待つでござるよ!」
「早まっちゃダメですわ!」
「離せ! あいつをアスっちと同じ目に合わせてやる! だからどいて!」
シャドーとリジーさんの慌てた声と、ミラの怒鳴り声が響く。
ミラが、これまでにないほどブチ切れていた。
俺より怒っている彼女の姿を見て、俺は幾分か冷静さを取り戻すことができた。
「落ち着けミラ! 一人で行けばアスタロトの二の舞になるだけだ!」
「そんなことわかってるよ私だって……! わかってるけど……でも!」
「俺たちもいる! アスタロトが大事なのはミラだけじゃないんだ! だから先走らないでくれ!」
「……フゥーーー。スー……ハー……。……そうだよね。ごめん、ちょっと周りが見えてなかった」
ミラは申し訳なさそうに謝ってくる。
冷静さを取り戻したみたいだな。
「アスタロト奪還作戦においてキーとなるのはシャドーだ」
「拙者の持つスキル【影転移】は、触れている人や物と共に姉御の影の中に転移できるという効果でござる」
「ダークが【影転移】を知っている可能性は低い。全員で一斉にアスタロトのもとに転移してから、ミラとリジーさんはアスタロトの保護。俺、ルカ、シャドーの三人でダークを叩く」
この作戦が最も勝率が高い。
そう考えたのだが、大きな問題が発生した。
「【影転移】……使えないでござる……」
「え!?」
「魔界で【影転移】を使っても、人間界にいる姉御の元には転移できない。リジー殿の言う世界の壁があるからでござる」
「つまり、【影転移】はシャドーとアスタロトが同じ世界にいないと使えないというわけか?」
俺の問いにシャドーは頷く。
「【影転移】を使おうとすると、世界の壁に邪魔された時に近い感覚がするのでござる。このことから、姉御は異次元……つまり結界の中に囚われている可能性が高いでござる」
「……なら、直接ダークのもとに行くしかないのか?」
「ちょっと待つでござる。【影転移】で少し探ってみたところ、結界に脆弱性を発見したでござる。これなら……現地で結界の状態を確認できたら、脆弱性をついてハッキングできる可能性が高いでござるよ!」
「なら俺とルカでダークを抑えて、その隙にリジーさんが結界で俺たちごとダークを閉じ込める。シャドーとミラは結界の突破とアスタロトの保護を行う。……この作戦でいいか?」
「私は賛成」
「ええ、任されましたわ!」
「了解したでござる!」
作戦が決まった。
ダークについて俺が知っていることをリジーさんとシャドーに伝える。
情報共有を済ませて準備を整えた時、ルカが泣きそうな声で謝ってきた。
「ごめんなさい……。ルカのせいで……、ルカが逃げなかったらアスお姉ちゃんは……」
ルカの瞳から涙があふれ出す。
「ルカが不意打ちに対応できなかったからアスお姉ちゃんが……。役立たずで、ごめん、なさい……うぅ……!」
「ルカが役立たずなわけないだろ! 前にも言った通り、俺はルカのおかげで夢を取り戻せたんだ! 心の底からルカに感謝してる!」
まずいぞ……!
今のダークは最低でもSランク上位の強さに達しているはずだ。
ルカがメンタル崩して本領発揮できないのは手痛すぎる……!
「そもそもルカはアスタロトからなんて言われたんだ? 俺たちに助けを求めてきたくらいなんだから、伝令を頼まれたんだろ?」
「……それはそうだけど……でも……!」
「ならルカの判断は間違っていない! 情報を伝えるのだって立派な仕事だ!」
「でも……ルカがアスお姉ちゃんと一緒に戦ってたら、こんなことになってなかったんじゃないかって……! 考えたら……! ひぐっ……」
ルカは涙をこぼしながらも、本音を告げてきた。
「クロムお兄ちゃんとミラお姉ちゃんが『ルカは役に立つよ』って言ってくれるのが本音だってことはわかってる! わかってるけど……ルカが、ルカのこと……信じられないの……認められないの……嫌いなの……! 合同依頼でリヒトに何もできず負けて……失敗した時から……ずっと失敗するのが怖いの……」
自己肯定感の低さ。
それがルカの抱えていた問題だった。
「…………ミラお姉ちゃんはいいよね、失敗しても気にしないで済むくらい心が強くて……。羨ましいよ……」
人間生きてれば誰だって失敗するし、やり直したいことの一つや二つあって当然だ。
何一つ失敗しない都合のいい人生なんて、存在するはずがない。
だから気を取り直していこう。
そう言うのは簡単だった。
でも、そんな浅い言葉で「そっか。じゃあ次は頑張ろう」となるはずがなかった。
どうすればいい?
どうすればルカが前を向けるように──
「ルカ」
ミラが片手で俺を制しながら、ルカに話しかけた。
私に任せてほしい。
ミラは言外にそう伝えてきた。
「ルカはさ、なんで私たちの役に立ちたいの?」
「……それは、だって……みんなのことが大好きだからだよ」
その言葉を聞いてミラはニヤリと笑う。
「私が強くいられる理由。それはね、大事な人がいるからだよ。私がどんだけ失敗しようが悩もうが自分を嫌いになろうが、大切な人がいるって事実は変わらない。だったら、やるべきことも変わらないんじゃない?」
ミラはルカに背を向けて歩き出す。
「最後に一ついいことを教えてあげよう。悩んでる暇がなかったら、それは悩んでないのと一緒なんだよ」
「…………」
ルカは返事しない。
ミラが顔の動きで「行くよ、クロム」と伝えてくる。
俺は無言でミラの後を追う。
ガチャリと。
ミラが扉を開ける。
部屋から出ようとした時、ルカが絞り出すように叫んだ。
「……待って!」
ルカは涙をぬぐう。
それから顔を持ち上げた。
「……ルカも行く! 自分のことなんかよりもアスお姉ちゃんのほうが大事だもん! 苦しむのも、泣くのも、全部終わった後にする……!」
悩みが晴れたわけじゃない。
だが、それがどうした?
その程度で折れてたまるもんか!
そんな決意が宿った表情だった。
待ってろよ、ダーク。
アスタロトは絶対に助け出す。
そして、この手でお前との因縁に決着をつけてやる。





