第3-29話 ルカの看病
「ルカが体調を崩した……!?」
その事実に俺は衝撃を受ける。
基本的に強くなればなるほど毒や病気といったものへの耐性は強くなっていく。
一般人では致死量となる毒でも高ランク冒険者であればまず死ぬことはない。
疫病が流行したとしても、健常な高ランク冒険者は無症状または軽症で済むことがほとんどだ。
「アスっちは体調大丈夫?」
「心配してくださりありがとうございます。私は特に異常は感じませんね」
Sランクに到達したルカが感染症に罹るとは思えない。
感染症じゃない病気か……もしくは精神的な理由によるものといったところか。
精神の強さやメンタルに肉体の強さはほとんど関係ないことから、ルカが体調を崩した原因は精神によるものの可能性が一番高そうだ。
「とにかく看病するぞ!」
俺たちはつきっきりでルカを看病する。
一時間ほど経ったところで、ルカが目を覚ました。
「……あ、クロムお兄ちゃん、ミラお姉ちゃん。ただいま」
俺たちに気づいたルカは笑顔を見せる。
ルカの無邪気な笑顔をいつも見ているからこそ、今のルカが強がっているのは一目でわかった。
「大丈夫か?」
「無理しちゃダメだよ。元気になるまで安静にね」
「心配してくれてありがと。ルカは大丈夫だよ。クロムお兄ちゃんとミラお姉ちゃんを驚かそうと思って一人で特訓してたんだけどね、頑張りすぎてちょっと疲れただけだから」
俺たちを元気づけるためか……言い訳だからか、こちらから聞く前にルカは原因を話してくれた。
「私はお姉ちゃんだからさ、今のルカの言葉が事実だってわかるよ。でも、まだ全部話したわけじゃないよね?」
「言いたくなければ言わなくていい。もしよかったら話してくれないか?」
「何があろうとも私たちはルカの味方です」
俺たちは努めて穏やかな声音で話しかける。
ルカは暗い表情で俯く。
「…………」
静かに答えを待っていると、ルカはぽつりと呟いた。
「……ルカって、みんなの役に立ててるの……?」
「もちろん役に立ってるぞ。いつもありがとな」
人と人の関係なんて、役に立ってる立ってないとかで決めるほど冷たいものじゃない。
だが、今のルカはそんな答えは望んでいないだろう。
……きっとルカは不安になって焦って頑張って、それが空回りしてしまったんだ。
だからこそ、安心させるために「役に立っている」ということを強調する。
「なんてったって、ルカのおかげで今の俺があるんだからな!」
「そうそう。ルカがいてくれなきゃ、私とアスっちは存在すらしなかったんだよ? 今こうして楽しくいられるのはルカのおかげなんだからね!」
「ええ、そうですね。それに、いつも家事のお手伝いをしてくれて助かっていますよ」
俺たちの言葉を聞いたルカは、目に光を取り戻す。
安心した表情でちょっとだけ笑顔を見せてくれた。
「ありがとね。もう大丈夫だよ」
今度は本心だった。
「悩みが晴れたならよかったです。膝枕して差し上げますので今日はもう休んでください」
「え、いーなー。アスっち、私にも膝枕してー」
「後でして差し上げますね」
「え、いーなー。俺にも膝枕してー」
「死んでください」
「シンプル暴言やめて?」
いつものように俺とアスタロトはくだらないやり取りをしてふざける。
それを見たルカは苦笑してから、すぐに眠りについた。
穏やかに寝息を立てているあたり、本当に安心してくれたようだ。
◇◇◇◇
ルカとアスタロトが帰還した二日後。
すっかり快調したルカは、目覚めるなり元気よく口を開いた。
「お腹空いたぁー」
「おはよう、ルカ。今アスタロトが料理作ってくれてるとこだ」
「おはよ、クロムお兄ちゃん。ミラお姉ちゃんは?」
「自分の部屋で小説書いてる。もう少しで完成するとかではしゃいでたぞ」
「あはは、すごく想像できる~。満足できる仕上がりになってるといいね」
「だな。後で見せてもらいに行くか」
「行こ行こ~」
ベッドの上で雑談することしばし。
朝食の支度を終えたアスタロトが呼びに来る。
食堂に移動すると、先に来ていたミラが急かしてきた。
「早くこっち来なよ。アスっちの料理凄いからさ。ほらほら!」
「どれどれ……って、うおー!」
「わぁ……!」
俺とルカは目を輝かせる。
テーブルの上には、和食と呼ばれる魔界の伝統的な料理の品々が並べられていた。
「アスっち、料理説明!」
「承りました。主菜はジャイアント真鯛の昆布締めと山神猪の生姜焼きの二品です」
このジャイアント真鯛と山神猪というのはSランク下位の魔物で、アスタロトが仕留めたらしい。
料理修行だけじゃなく、食材ハンターまでしてたのか。
「副菜はトマトときゅうりの酢の物、きんぴらごぼうの二品。汁物はアサリのお吸い物。主食はお米となっております」
料理説明が終わったところで、俺たちはすぐに食べ始める。
こんなうまそうな料理を前にして待てるわけがないだろ!
「ジャイアント真鯛の昆布締めうますぎ!」
「そうでしょう。適切な下処理を施したジャイアント真鯛を最高級の昆布で包んだのですから」
臭みは全くなく、透き通った白身にはうま味がギュっと詰まっていた。
「ルカは生姜焼きがお気に入りだよ~! お肉のおいしさがダイレクトに伝わってきて最高!」
「熟成させた山神猪の特に美味しい部位をルカが好きなこってりとした味付けにしてみました。気に入っていただけて嬉しいです」
生姜焼きは米との相性が最高だった。
あっという間に茶碗が空になっておかわりしたくらいだ。
「合間に食べる酢の物ときんぴらもおいしいね。酸味と辛味がいいアクセントになってる。お吸い物もアサリのうまみが濃縮されてておいしいよ!」
「ありがとうございます。おかわりはまだまだありますよ」
「じゃっ、お吸い物おかわり! 汁多めで!」
「ルカは全部おかわり!」
「俺も全部おかわり!」
「承知致しました」
アスタロトはほんのり得意げな表情で器に盛っていく。
料理を褒められてドヤっているのが隠しきれていなくて面白かった。
「「「ごちそうさまでしたー」」」
朝食を終えて大満足していると、ミラがハイテンションで話しかけてきた。
「ふっふっふ、諸君! 小説が書けたから読んでみたまえー!」
「おっ、ついにか!」
「わくわく!」
「今すぐ読みに行きましょう!」
俺たちは早足でミラの部屋に向かう。
ミラは机の上に置いてあった作文用紙を手に取り、物語のあらすじを軽く説明してくれた。
「幼少期から一緒に過ごしてきた貴族令嬢と専属メイドが恋に落ちる焦れ甘なお話だよ」
女の子同士の恋愛……いわゆる百合ってやつか。
ミラはこの手の小説を好んで読んでいたから、一作目の題材として百合を選んだのだろう。
「はい、どうぞ」
俺たちはソファーに座り、そっとタイトルページをめくる。
それからはあっという間だった。
ミラの書いた小説は物語に引き込む力が強く、俺たちは次のページへ次のページへと一心不乱に読み進めていく。
気がついた時には読み終わってしまっていた。
「どうかな?」
「面白かったぞ!」
「ルカ、泣いちゃいそうになるくらい感動した! 視界がぼやけて何も見えないよ……!」
「最高でした。後日談希望です!」
「わっ、思ったよりも好反応!」
食い気味に答えた俺たちにミラは驚く。
それから照れたように頬を赤らめた。
「今日から私はファン一号です!」
「じゃあ、ルカはファン二号ね!」
「ファン三号は俺な! ミラ先生の次回作に期待!」
「みんなして持ち上げすぎだってば」
「冗談抜きでミラには才能あると思うぞ。絶対ターゲット層じゃない俺がこんなに夢中になれたんだからな」
俺の言葉にルカとアスタロトも同意する。
俺たちはミラを傷つけないように忖度して褒めてるわけじゃない。
本当に面白かったから心の底から褒めてるんだ。
「……みんながそこまで言うんだったら、小説家でも目指しちゃおっカナ!」
いつもと変わらないふざけた態度。
お茶らけたセリフ。
しかし、ミラの表情は晴天のように澄んでいた。
今までに見たことがないほど眩しい笑顔だった。
珍しくニチャってなかった。





