第3-25話 舎弟
「あ~、さんざんな目に遭った……。なんでみんなして俺ばっかり狙うんだよ……」
最強トーナメント終了後。
宿に戻って来るなり、クロムはやつれた表情で呟いた。
「先に風呂入ってもう寝るよ俺は……」
そう言い残して、クロムは早々に部屋を去る。
「お疲れー」
「ゆっくり休んでね」
クロムがいなくなったのを見計らってから、ルカとミラはアスタロトに話しかけた。
「アスお姉ちゃんもお疲れ様」
「ナイスファイト! アスっち、すごくカッコよかったよ」
「……そうですか。ありがとうございます……」
労いの言葉をもらったアスタロトは、ソファーに座ったまま沈んだ声音で返す。
その様子を見たルカとミラは、アスタロトの隣に腰を下ろした。
「アスお姉ちゃん、負けたのが悔しいの?」
「……はい、優勝していいところを見せたかったのですが……」
「大丈夫だよ、アスっち。さっきも言ったけど、アスっちのカッコいいところはしっかりと見てたからさ」
ミラは優しい声で伝える。
「それにゼータも言ってたじゃん。次こそぎゃふんと言わせてやるって。クロムに負けたのが悔しいなら、次こそ勝てばいいんだよ。私も付き合うからさ、こっそり特訓してクロムをビビらしてやろ!」
「もちろんルカも手伝うよ!」
「……そうですよね。負けたままでいたくはありませんもの」
アスタロトは気合いを入れるように自身の頬を軽く叩くと、ルカとミラにぺこりと頭を下げた。
「二人ともありがとうございます。おかげでやる気が出ました」
清々しい表情に戻ったアスタロトを見て、ミラは嬉しそうに腕を掲げた。
「よーっし! じゃあ、さっそく今日の夜に特訓しよーよ。クロムは爆睡してるだろうからさ」
「いいですね。やりましょう」
「ルカも参加する~!」
「目標は打倒クロム! 敗北して悔しがってるところを煽ってやるぞ~!」
「「お~!」」
こうして、クロムの知らないところでアスタロト強化トレーニングが始まった。
◇◇◇◇
最強トーナメントの翌日。
表彰式を終えた俺たちは、多額の優勝賞金を手に入れた。
ちなみに、表彰式が大会当日ではなく翌日に行われるのは、試合や決勝戦後の大乱闘で死亡した悪魔たちが復活する時間を考慮してのものらしい。
「このお金で便利な家電を一通り買わないか?」
「私はヘアケアなんかの美容品集めたいな~」
「ルカはいろんな食べ物買いたーい!」
「私としては、食料品だけじゃなく調理器具も買いそろえたいですね」
表彰式の後は、メルさん案内の元、魔界一の鍛冶屋へ行くことになっている。
俺たちが待ち合わせ場所で優勝賞金の使い道について盛り上がっていると、ほどなくしてメルさんがやって来た。
……と思ったら、なぜかメルさんの後ろにはゼータ、シャドー、ロバートさん、リジーさんの姿もあった。
「アスタロトさんに頼みたいことがあるそうなので連れてきました」
と、メルさん。
ゼータとシャドーは四大名家の次期当主とのことだったが、残りの二家はロバートさんのアルグレイト家とリジーさんのフラスティア家なので、四大名家が集結した形となる。
「アスタロトの姉貴に用があって来たっす!」
「……姉貴……?」
四大名家を代表して、ゼータが一歩前に出る。
いきなり姉貴呼びされたアスタロトが困惑していると、ゼータは単刀直入に本題を告げてきた。
「アタシらを姉貴の舎弟にしてください!!!」
「……理由を聞かせていただけますか?」
頼まれたのはアスタロトなので、俺たちは余計な口出しはしないでおく。
アスタロトは一見するとクールだから「舎弟」のような暑苦しいのは好まなさそうに思えるが、意外とすんなりOKを出すに一票。
最強トーナメントの試合で、意外と熱血なところがあったしな。
「アタシは姉貴といたほうが今よりもっと修行になると思ったからっす!」
「拙者も同意見でござる。それに、アスタロト殿の舎弟になればクロム殿にリベンジする機会も得られるでござろうしな」
「私も理由は同じですね。魔界を護る者として今のままでは力不足なので、ぜひとも修行をつけていただきたいです」
「悪魔は自分より強い悪魔の舎弟になりたがる傾向がありますが、私はただ単に楽しそうだから混ぜてほしいだけですわ!」
それでいいのかリジーさん……とも思ったけど、リジーさんってそんな人だったな。
面白そうだからという理由で最強トーナメントに参加させられたし。
「いいでしょう。今日から貴方たちは私の舎弟です」
「マジっすか!? やったぁーーーっ!」
あ、すんなりOKを出した。
俺の予想通りだったな。
「ただし、簡単に私を超えられるとは思わないでくださいよ。貴方たちが一歩進む間に二歩も三歩も進んで差し上げますから」
「ハッ! 死ぬ気で追いついてやるっすよ!」
ゼータの言葉に他の三人も追随する。
こうしてアスタロトに舎弟として認められた四人は、リジーさんの説明の元、アスタロトと舎弟契約を結んだ。
「これで契約は終わりですか。変わったことと言えば、スキルが増えたくらいでしょうか」
なんと、舎弟契約を結んだことでアスタロトは新たに三つのスキルを獲得した。
そのうちの一つは使い道のないスキルだったが、残り二つはとても便利だ。
まずは【悪魔召喚】。
配下にした悪魔を自身の下に呼び寄せることができるスキルだ。
もう一つが【魔界転移】。
効果は「魔界と人間界を自由に行き来できる」というものだ。
「ワープホールを閉じた後でも魔界に買い出しに行くことができるのはありがたいですね。これで魔界の高品質な食材をいつでも仕入れることができそうです」
「ってことはつまり、私たちの食生活が充実するってことじゃんね!」
「ホント!? やったー!」
俺たち大歓喜の神スキルだな、【魔界転移】は。
「それでは、私はこの辺で帰らさせていただきますね。仕事がありますので」
「拙者もお暇させていただくでござる。研究中の新薬の学会発表が近い故、論文をまとめねばならぬのでな」
「私もお別れですわ。最強トーナメントの動画を編集して投稿しなければなりませんの」
契約が完了すると、すぐにその場で解散となった。
かなり忙しいようで、三人はそそくさと立ち去る。
「アタシもそろそろおさらばしないといけないっす。三時から学校で講演会あるんで」
「え? ゼータって学生だったの?」
「いや? アタシ先月88歳になったばっかっすよ? とっくに卒業してるっす」
まさかの米寿!?
衝撃の事実に開いた口が塞がらない。
「悪魔は見た目と実年齢が一致してないことのほうが多いんで、見た目年齢で接すればいいっすよ。ぶっちゃけ、実年齢のほうはみんなあまり気にしてないっすからね」
「そうなんだ」
「ともかく、アタシは講師として呼ばれてるんでもう行かなきゃっす。サラダバー!」
そう言い残して、ゼータは去っていった。
「それじゃ鍛冶屋に行きますか~!」
ゼータを見送ったところで、メルさんが元気よく告げてくる。
ゼータの衝撃発言で忘れかけていたが、本来の目的は魔界一の鍛冶屋へ行くことだったな。
鍛冶師は頑固だそうだが、メルさんが言うには最強トーナメントで優勝するほどの実力者なら快く引き受けてくれるはずとのこと。
「腕前はどれくらいなんだろうな。魔剣とか作れたりして」
俺たちは期待を胸に、魔界一の鍛冶屋に向かうのだった。





