第3-2話 クロムのスキル進化と謁見準備
「はぁ~、謁見かぁ……」
国王様と謁見することになった翌日。
俺は温泉に浸かりながらため息をつく。
露天風呂から一望できる街の景色は絶景と言うほかないが、今はそれを楽しめるような気分じゃなかった。
「下っ端捕まえただけで謁見なんて、真神郷徒はそんなにすごい組織なの? びっくりしすぎて馬の耳に念仏なんだけど」
「聞かなかったことにして現実逃避しようとしないで」
ルカの頭を洗ってあげていたミラが聞いてくる。
みんなで温泉に入るのは今に始まったことじゃないけど、せめてタオルで隠してくれませんかね?
「真神郷徒は百年以上前から暗躍している組織なんだ。組織の規模や主要メンバー、その目的はこれまで一切わからなかった。ただ、人類に災いをもたらす存在であることだけは間違いない……って感じ」
「あー、そゆこと。国がずっと捕まえたくても捕まえられなかったやつを私たちが捕まえたことで、ようやく真神郷徒のしっぽをつかめた。それでご褒美を……ってわけね」
ミラの言葉に俺は頷く。
シャンプー中で喋れないルカは、なるほど~って感じで手をポンっと叩いた。
捕縛した真神郷徒は、王都で拷問にかけられて情報を洗いざらい吐かされるだろう。
俺たちがあれこれ考える必要はない。
それよりも、謁見のほうがよっぽど大事だ。
「謁見に出るのが俺一人ならまだしも、三人で出ないといけないのがなぁ……」
俺は貴族時代にそういう教育を受けたから、謁見を行うこと自体は問題ない。緊張はするだろうが。
ルカは飲み込みが早いから一通り教えれば及第点くらいにはなるはず。
ミラに関しては…………正直不安しかない。
「一応聞くけどさ、ミラは敬語できる?」
「無理だが?」
「胸を張って言うな」
即答で返された。
だよな。わかってたよ。
国王様の性格ならタメ口でも許してくれるだろうけど、謁見の場には他の貴族や騎士団……それにダークもいる。
もしも謁見の場でタメ口を使おうものなら、確実に貴族たちから反感を買うだろう。
ダメだ。ミラが不敬罪になる未来しか見えねー……。
「どうも! 歩く不敬罪でぇ~す!」
「あー、胃が痛い。頼むから本番ではちゃんとしてくれよ」
「だいじょぶだいじょぶ。ありがたき幸せ的なやつとか、クロムが言った言葉を復唱するマシーンになるから。それなら私でも謁見できるっしょ?」
「ルカも復唱マシーンになる!」
それならまぁ、言葉遣いのほうはなんとかなるか。
ルキウスさんから伝えられた謁見の詳細だと、形式的な言葉を返すだけでいいから安心しろって話だったし、動作のほうは言葉遣いよりは難易度低めだし。
ちなみに、ルキウスさんから謁見について話された際に、褒賞の内容についても伝えられている。
まさかの爵位だったから、ルキウスさん経由で国王様に変えてもらうよう頼んだが。
……いくら騎士爵とはいえ、ドロドロした貴族の世界に巻き込まれるのはごめんだ。
「温泉を楽しめるのも今日で最後かぁ……」
洗われ終わったルカは、湯船に浸かりながらしみじみと呟く。
謁見まで数週間ほどあるが、のんびりしていられない。
ルカとミラにマナー教育しないといけないし、謁見用の正装を仕立ててもらう必要がある。
それから、剣も買っておきたい。
今まで使っていたのはヒュドラとの戦いで寿命を迎えたからな。
応急処置としてアクアマイムで市販品を買っておいたが、王都に比べれば品質は低い。
剣に命を預ける以上、ちゃんとしたものを買うべきだ。
そういうわけで、明日の朝にはアクアマイムを出る予定。
【獣化の術】を使って狼モードになったルカに乗せてもらえば、明後日の昼頃には王都に着くだろう。
「二人とも最後の温泉楽しんでな。俺は胃が痛いからもう寝るわ」
「……その後、クロムの姿を見た者はいなかった」
「怖いことを言うな! 永眠しないからな!?」
「安眠はしてね?」
「心配してくれてありがとな、ルカ。じゃっ、おやすみ」
挨拶を残して、俺は風呂を出る。
……ホントにこの調子で無事に謁見を乗り越えられるのだろうか? 不安だ。
◇◇◇◇
翌日。
狼モードのルカの背に乗って街道を進んでいると、魔物たちに行く手をふさがれた。
「シャア!」「シューッ!」「キシャァッ!」
リザードマンたちが威嚇してくる。
その後ろには、魔物の骨で作ったのであろう装飾を身につけたリザードマンの親玉が控えていた。
「あれはB+ランクのリザードキングだな。比較的新しい傷があることから、湿地帯の件で縄張りから逃げる羽目になったと思われる」
「進化後の肩慣らしにちょうどよさそうだね!」
「新しいスキルのお披露目といきますか」
ミラが指先をリザードマンのほうへ向ける。
「弱くな~れ!」
ほんの一瞬、リザードマンたちが黒い光に包まれる。
こちらに向かって駆けだしていたリザードマンが困惑の声を上げた。
新たにミラが獲得したエクストラスキル、【デバフマスター】。
その効果は、攻撃力低下・防御力低下・魔法力低下・俊敏低下・各種属性耐性低下・各種状態異常耐性低下の六つのデバフを使えるというもの。
格上には効果が落ちるが、必中かつ最大で二割ほど低下させることができるという強力なスキルだ。
「や~、このスキル使い勝手最高だわ!」
デバフで思うように動けなくなったリザードマンは、あっという間にルカに斬り伏せられる。
もっとも、デバフがなくても一撃でやられていただろうが。
「こっちには来させないよ!」
ルカが腕を振ると、俺たちとリザードマンの間に炎の壁ができた。
今のはルカの新エクストラスキル、【フレアウォール】によるものだ。
炎の壁を生み出すことで、防御や相手の行動阻害をすることができる。
また炎の壁そのものに威力があるので、相手がいる場所に直接生成することで攻撃として使うこともできるぞ。
事実、数匹のリザードマンが【フレアウォール】に呑まれて消し飛んでいた。
「ルカは肩慣らしできたから、あとは二人に任せるね!」
ルカはそう言って後ろに下がる。
ルカが進化で新たに獲得したスキルは後二つある。
そのうちの一つが、エクストラスキル【炎属性無効】だ。
効果は文字通り炎属性を無効化するというもの。
ヒュドラの炎ブレスを喰らってもピンピンしているほど元から炎への耐性が高かったルカにはほぼ必要ないスキルだが、俺が使った場合その意味合いは大きく変わる。
「こんな風に【フレアウォール】の中を突っ切ってもノーダメージで済むからな!」
「ギャシャッ!?」
いきなり炎の壁の向こうから現れた俺に驚くリザードマン。
その首を一瞬で切り飛ばす。
「続けて【炎装】と【炎斬拡張】を発動!」
ボッ! という音がして、俺の剣を炎が包み込む。
目の前のリザードマンを、背後にいたリザードキングごと真っ二つにした。
「こっちは討伐完了」
後ろを振り向けば、最後の一匹となったリザードマンがミラに襲いかかるところだった。
リザードマンの鋭い爪が振り下ろされる。
ミラはそれを避けようともせず、手の甲で上へ弾いた。
その瞬間、ガキィンッ! という金属音に近い音が響く。
ミラの手を見ると、甲が竜の鱗で覆われていた。
「新エクストラスキル、【竜麗鱗】か」
体の一部分だけを竜化することで、防御力や攻撃力などのステータスを一時的に引き上げる技術である“部分竜化”。
それの防御版が【竜麗鱗】だ。
「部分竜化なら少ない魔力消費でパワーアップできるから便利だね。はい、チェックメイト」
ミラの指先から長く鋭い爪が伸びる。
それを振り下ろすと、リザードマンの体が六枚下ろしになった。
今のが部分竜化の攻撃版、【竜爪撃】だ。
竜の鉤爪を生やし、敵を切り裂くスキルである。
「そっちも終わったみたいだな」
「お疲れ~……ってか、さっきのはなんだったの? クロムさ、エクストラスキル使ってなかった!?」
「そういえば、【キメラ作成】って通常スキルしか借りれないんだっけ?」
ミラとルカの質問に、俺はドヤ顔で答える。
「実はな、二人が進化して俺も強くなった時にスキルが進化したんだ」
通常スキル【キメラ作成】。
それがエクストラスキル【キメラ創生】にパワーアップした。
「そのおかげで、二人のエクストラスキルも借りれるようになったってワケ。……まあ、エクストラスキルは一度に最大五つまでしか使えないって制約があるけど」
「それでも充分すぎるくらい強くない? すごいじゃん、クロム!」
「今まで以上にいろいろな戦い方ができそうだね!」
戦いを終えた俺たちはリザードマンの爪や鱗をいくつか採取してから、王都へ向けて再び出発した。
それから数週間後。
服を仕立てたり謁見の練習をしているうちに、あっという間に謁見当日となった。
俺は黒衣に。
ルカとミラはドレスに身を包む。
貴族用の服を売っている店で仕立てたのもあって、二人のドレス姿はすごく似合っていた。
「……いよいよだな」
「私らなら大丈夫だって!」
「ルカたちならやれる!」
俺たちは馬車に乗り込み、王城へ向かう。
もうすでに胃が爆発しそうです、はい。
補足程度に今回出てきたスキルの情報をまとめておきます。
・クロム:【キメラ作成】が【キメラ創生】に進化した。これまで通りキメラ(ルカ、ミラ)の通常スキルを使える。それに加えて、キメラのエクストラスキルを同時に五つまで使える。※一部使えないスキルもある。例:クロムは種族が人間なので【獣化の術】・【竜化の術】が使えない、など。
・ルカ:進化でスキルを三つ獲得(今回出てきたのはそのうちの二つ。もう一つはもう少し先で登場)。【フレアウォール】:炎の壁を生成。防御や剣聖、攻撃にも使える。【炎属性無効】:文字通り。このスキル発動中は炎や熱などによるダメージを受けない。
・ミラ:進化でスキルを三つ獲得。【デバフマスター】:攻撃力低下、防御力低下、魔法力低下、俊敏低下、各種属性耐性低下、各種状態異常耐性低下の六つのデバフが使える。格上には効果が落ちるが、ステータスを最大で二割低下させることができ、なおかつ必中。【竜爪撃】:竜の鉤爪を生やす。切れ味鋭いよ。【竜麗鱗】:竜の鱗を生やす。防御に使うのがメインだが、鱗の硬度はとても高いため鈍器としても使える。
こんな感じです。





