第2-18話 予想外の結末
「そんな……馬鹿なことがあり得るのか……? 最高傑作だぞ、私たちの……」
すべての首を飛ばされたヒュドラが、力なく倒れる。
衝撃で泥水が飛びはねる。
その背中の上で、邪神教徒ががくりと膝をついた。
「君の負けだよ。大人しく降伏しなかったらどーなるか……分かってるよね?」
【竜化の術】を解除したミラが、邪神教徒めがけて現実魔法を放つ。
邪神教徒は反応することができず、直撃を受けることになった。
吹き飛んで地面の上を転がった後、動きを止めた。
「……なんとか、勝てたな。二人ともお疲れ様」
俺のそばに戻ってきたルカとミラが、緊張が解けたように緩んだ笑顔を見せた。
「帰ったら勝利のお祝いだね! パーッと騒いじゃおーよ!」
「いいね、それ。ルカ、おいしいお肉が食べたい!」
俺は口元を緩ませる。
「そうしようか」と言おうとした、その時。
「──やるじゃねぇか。お見事さん」
悪意のこもった声が、届いた。
バッとそちらを振り向くと、ヒュドラの死体の上に一人の男が立っていた。
くすんだ緑色の髪と黄金の瞳が特徴的な、けだるげな雰囲気をまとった男だった。
「元ハイリッヒ侯爵家の嫡男、クロム。テメェに聞きてぇことがある」
俺たちに気取られることなくいきなり現れたことに加えて、俺の素性を知っている様子。
正体不明の不気味な存在に、俺たちは警戒を強める。
……俺の本能がこの男は危険だと訴えてくる。
ひとまず俺は様子をうかがうことにした。
「……なんだ?」
「テメェは何のために力を振るう?」
その問いに、俺は迷うことなく答えた。
「誰かを助けるためだ」
緑髪の男はしばし黙った後、吐き捨てるように呟いた。
「……くだらねぇ。正義の存在にでもなったつもりか? 貴族の責務とかいうのに囚われてるだけじゃねぇのか?」
……確かに、貴族の責務として民を守れと叩きこまれてきたのも、俺の生き方に影響しているのだろう。
だが、それでも。
「この想いは、まぎれもない俺の本心だ!」
「……そうかよ」
緑髪の男は理解できないといった風に首を振った後、気絶している邪神教徒を指さした。
「そいつはこれでも魔物創りの天才なんでな。国に差し出すような勿体ない真似はしねぇよ。回収させてもらうぜ。ってなわけで、【呪爆】!」
「ッ!」
俺たちはとっさにその場から飛び退く。
直後、俺たちがいた場所で紫炎の爆発が起こった。
緑髪の男はその隙に邪神教徒のほうへ走る。
……想定以上に速い。今のルカに引けを取らない速度だ。
「【デコイ】&【ミラージュ】!」
ミラの援護を受けながら、俺とルカは挟み込むように距離を詰める。
「チッ、【呪爆】」
タイミングを合わせて挟撃しようとしたが、緑髪の男は先ほどのスキルをもう一度使ってきた。
俺はとっさに背後へ下がる。
眼前で爆発が起こる。
爆発を躱すことはできたが、連携を崩されてしまった。
……ミラの幻影が全く通用してないな。
迷いなく本体を狙ってきやがった。
「カバーは任せて!」
ミラの現実魔法による様々な魔法の乱れ撃ちが、緑髪の男を狙う。
緑髪の男は虚空から出現したナイフを手に取ると、自身の真横へ投擲する。
ナイフの一本一本が先ほどの【呪爆】と同じように爆発し、現実魔法をすべてかき消した。
……【アイテムボックス】系のスキル持ちか。
ミラの攻撃を見ることなく対処したことといい迷いのない動きといい、やはりこの男は強い。
それもかなりの手練れ。
確実に、戦闘技術も積んできた経験も俺たちより上だ。
「回収させないよ!」
「……もう魔力がキツくなってきやがった。マジだりぃな」
緑髪の男はルカの攻撃をすべて往なしながら、俺の前方に【呪爆】を放って行動を妨害してくる。
どうやっても俺を近づかせない気か!
【呪爆】の炎の中を無理やり突っ切るのは可能だろうが、俺の直感がそれは悪手だと告げてくる。
おそらく、【呪爆】の直撃を喰らった時点で行動不能になってしまう。
「未熟なガキはゆっくり寝てな」
「がはっ……!」
緑髪の男の蹴りが、ルカの腹部に直撃した。
ルカは錐もみ回転しながら吹き飛んでいく。
「ルカ!? ……よくも!」
「来させねぇよ、【呪爆】」
また、俺の眼前で爆発が発生する。
かなりの規模だ。
回り込んで距離を詰めようとすれば、確実に邪神教徒の回収を許してしまう。
阻止するためには、最短ルートで行くしかない。
となれば──。
「跳躍してくるか。それが一番手っ取り早いが、空中じゃあ身動きが取れねぇ……って、そーいや優秀なサポーターがいたな」
俺の足元に土塊が出現する。
ミラの援護によって出現した土塊を蹴って、変則的な軌道を描きながら緑髪の男へと迫る。
「【呪爆】。……魔力が足りねぇ」
スキルが不発に終わった。
なんにせよ、これは好機だ。
俺は緑髪の男めがけて剣を振るう。
「チッ、しゃーねーか」
刹那、緑髪の男の左腕が宙を舞った。
「あー、後であの魔女サンに回復してもらわねぇとなぁ」
緑髪の男が邪神教徒を担ぎ上げる。
……やられた!
緑髪の男は、片腕を犠牲にすることで強引に隙を作り、その間に俺の横を抜けて邪神教徒のもとにたどり着きやがった……!
俺は即座に緑髪の男のほうへ駆ける。
「別れの挨拶として教えてやるよ。俺の名はリヒトだ。テメェはいずれ、俺がこの手で潰してやる。じゃあな」
「逃がすか!」
俺は緑髪の男……リヒトめがけて剣を振るう。
その切っ先が届く寸前で、リヒトの姿が掻き消えた。
俺の剣は、空を斬った。
「……転移の類いか」
地面に目を落とすと、くすんだ宝石のようなものが落ちていた。
おそらく、これが転移の魔道具か何かだったのだろう。
取り逃がしてしまった以上、追いかけるのはもう不可能だ。
俺はルカのもとに急いで移動して、即座に回復魔法をかける。
こうしてフォーゲルン大湿地での戦いは、俺たちが勝利したものの元凶である邪神教徒は回収されてしまうという、なんとも苦い結果に終わった。
俺たちはヒュドラの死体をマジックバッグに収納してから、冒険者たちと合流。
捕縛した羞恥おじさんを連れて、アクアマイムへ戻るのだった。
◇◇◇◇
フォーゲルン大湿地での戦いから三日が過ぎ、邪神教徒の引き渡しや今回の一件を国に報告したりなどのドタバタがひと段落したころ。
俺たちはルキウスさんに呼び出されて、冒険者ギルドにやってきていた。
「今回はマジで助かった。ありがとうな」
開口一番にそう告げてきたルキウスさんは、かなり疲れ切った様子だった。
目の下にクマができている。
それだけ今回の件の後始末が大変だったのだろう。
「お前たちがヒュドラを討伐してくれなかったら、大勢の人間が犠牲になっていただろう。下手しなくても大災害になっていた可能性が高い。ってなわけで、今回の実績を以ってお前たちをAランク冒険者に認定する!」
「……Aランク冒険者……! ありがとうございます!」
俺はランクアップしたという事実を噛みしめる。
「これでお前たちもトップ冒険者の仲間入りだ。だが、これで終わる気はないだろ? お前たちなら絶対に高みへ来ると信じてるぜ」
A+ランクの怪物を生み出せる真神郷徒の技術力と、新たな因縁。
今の俺では、まだまだ力不足だ。
「もちろん目指します、Sランクの高みを!」
「ん! ルカも今よりもっともーっと強くなる!」
「私はSランクといわず、そのさらに上まで登り詰めるつもりだよ。私たちなら、それができると信じてるから」
「そうか。お前たちなら、本当に俺ですら知らない高みのその先……頂へ行けそうだな」
ルキウスさんは楽しそうに笑ってから。
──唐突にとんでもないことを告げてきた。
「あ、そうそう。邪神教徒を捕縛した功績を讃えるってことで、国王様に謁見することになったぞ。お前たちが」
「「「……………………はい……?」」」
俺たちは思わず呆けた声を出す。
かくして、俺たちは国王様と謁見することになるのだった。
◇◇◇◇
「……うっ……! ここは……!」
薄暗い石造りの空間で、男は目を覚ました。
新神郷徒のメンバーの一人でありヒュドラ事件の主犯でもある彼は、状況が理解できずに視線をさまよわせる。
すると、彼の視界に一人の男が映った。
「よぉ、目が覚めたか」
「貴様は……いや、貴方は──」
「そーいや、自己紹介がまだだったな。俺はリヒトだ」
くすんだ緑髪の男が名乗ると、彼は即座に跪く。
聡明な彼の頭脳は、一瞬で状況を把握した。
「……私を助けてくださったということは、合格した……ということでよろしいのでしょうか?」
「理解が早くて助かる」
リヒトは小さく笑いながら答える。
「お前に与えたスキル【魔改造】は、せいぜい弱い魔物をちょっと強くできるだけのスキルだ。初使用で再生能力持ちのゴブリンキングを創り、二度目の使用で不滅の怪物を創っちまったお前は、文句なしの合格だよ」
「ありがたき幸せ。……それで、次は何をすればよろしいのでしょうか?」
「まずはお前に与えたスキル【魔改造】を、エクストラスキルへと進化させる」
リヒトは虚空から虹色に光る宝玉を取り出す。
エクストラオーブと呼ばれるソレは、通常スキルをエクストラスキルへ進化させることができる秘宝だ。
リヒトは迷いなく秘宝を使用する。
「ただの通常スキルで不滅の怪物を創ってしまったお前なら、創造できるはずだ」
リヒトは一呼吸おいてから告げた。
「──“魔王”をな」
これにて2章完結となります。
3章の投稿はだいぶ先になりそうです。
3章では新たな仲間が増えたり、ダークとの因縁に決着がついたりしますのでお楽しみに!





