第2-17話 不滅の怪物の最後
「──【不滅の蛇王】。このスキルがある限り、ヒュドラは永遠に再生し続ける。我が最高傑作を倒すのなら、五つの首すべてを同時に飛ばすことだな」
その言葉を聞いて、俺たちは絶句する。
邪神教徒の言葉を信じたくなかったが、先ほどの光景が事実であることを嫌というほど突きつけてきた。
「敵を追い詰めたら振り出しに戻った気分はどうだ?」
邪神教徒が邪悪に笑った瞬間、ヒュドラが魔法を発動。
ヒュドラの眼前に展開された魔法陣から、大量の岩塊が飛んできた。
あれは大規模土魔法の一つ、岩石砲だ。
その名の通り、大量の岩塊を砲撃のように撃ちまくる魔法である。
「幻影魔法&【虚無反転】! 三重ウォール!」
ミラの魔法によって、俺たちの前に三重の魔法壁が現れる。
「この程度の魔法なら充分防げる! それより、どうするの!?」
「ルカたちだけじゃ、ヒュドラの頭を同時に五つ飛ばすなんてできっこないよ!」
……確かに、三人だけじゃ五つの首を同時に飛ばすことはできない。
一人一つが限界だ。
だが、勝てないというわけではない。
俺は頭の中で作戦を組み立てながら、一つ一つ順を追って説明していく。
「通常のヒュドラはそれぞれの頭に一つずつ核を持っていて、そのうちの一つが再生能力を司っている」
「だから、再生能力を司っている頭をどうにかしないとヒュドラを倒すことができないってわけね」
「そういうことだ。だが、今回のヒュドラは特殊個体。【不滅の蛇王】という切り札を持っている」
まずはヒュドラという魔物の特性のおさらいと現状確認をしてから、本題──最大の障壁である【不滅の蛇王】を崩す方法を説明する。
「全ての核が再生能力を司る、それが【不滅の蛇王】の効果だ。つまり、邪神教徒の言うようにすべての頭を同時に斬るなり潰すなりして、五つの核すべてを破壊しない限りヒュドラを倒すことはできない」
「だから困ってるんだけど、何かあるの? 打開策ってヤツ」
「ああ。より正確に説明すると、すべての頭を同時に倒す必要はないんだ。最初に破壊した核が再生しきるよりも早く、残りの核を破壊すればいい。すべての核が破壊された状態になりさえすれば、必ずしも同時じゃなくていいんだ」
すべての核を破壊すれば、ヒュドラは再生できずに死ぬ。
それは間違いない。
邪神教徒が魔物のスキルをどう弄ろうが、『死』という概念を無くすことだけは絶対にできない。
「ヒュドラの頭が完全に再生するのにかかる時間は約十秒。だが、核が再生しきるのにかかる時間はもっと短いだろう」
それも含めて考えれば──。
「五秒だ。最初に核を破壊してからの五秒間で、確実に決める」
俺はそう言ってから、二人に問う。
「いけるか?」
「ん、いける! むしろ五秒なんて多すぎるくらいだよ」
「当然、その五秒間は二人が邪魔されずに動けるようサポートするよ。それが私の役目だからね」
相変わらず、頼もしい。
俺は二人に頷く。
「俺たちで倒すぞ、不滅の怪物を!」
そう宣言した時、とうとう魔法壁が崩れた。
「この絶望的な状況で、まだ逃げないのか? 貴様たちにアクアマイムのギルマスが加われば、いかに私たちの最高傑作とて勝ち目はないぞ? まあ、貴様たちがアクアマイムまで撤退しようものなら、私たちはその間に他の街を侵略するだけだがな」
Sランク冒険者に匹敵するような実力者は、この王国内でも片手で数えるほどしかいない。
俺たちがルキウスさんに助けを求めようものなら、その間にいくつもの街がヒュドラによって壊滅させられるだろう。
そうなれば、どれだけの人が犠牲になることか……。
「これで貴様は逃げることができなくなった。さあ、どうする?」
「俺たちは今ここで死ぬことも、逃げて大勢の人たちを死なすことも選択しない。三人で勝つ、それだけだ!」
「……理解できんな。逃げれば命は助かるというのに」
邪神教徒はそう呟くと、持っている杖を掲げた。
「解析完了。【耐性付与】!」
ヒュドラの体が、一瞬だけ光に包まれる。
なんらかの支援系の魔法が発動したのは確実だった。
邪神教徒の口ぶりから考えると、相手の攻撃を解析してそれに対する耐性を付与するスキルを使ったのだろう。
「ヒュドラには幻影耐性を付与した。これでもう、幻影や分身に惑わされることはない」
「な、なんだと……!? って言うとでも思った? ドヤ顔で言ってるところ悪いけどさ、私のことサポートしかできない美少女とでも思ってるなら考えを変えたほうがいいよ」
「……何?」
最大の強みを奪われたミラのあまりの動揺しなさっぷりに、邪神教徒が怪訝な声を上げる。
……ってか、自分のことを美少女って自分大好きちゃんかよ。
事実だけどさ。
「常に魔力を消費し続けちゃうからあまり使いたくなかったけど、そうも言ってられないからね。見せてあげるよ、竜の力を」
ミラはそう言って、一つ息を吐く。
それから、スキルを発動した。
「リミッター解除。──【竜化の術】!」
ミラの体が光に包まれる。
光が晴れた時、そこには美しい竜がたたずんでいた。
淡いピンク色の鱗は芸術品のように美しく、首から背中にかけて純白の毛で覆われている。
背中からは、しなやかでいて強靭な翼が生えており、顔の部分には人間形態の時と同じ仮面をつけていた。
「竜魔法、発動」
竜になったミラの口元に、水色の光が集まっていく。
次の瞬間、水色の光線が放たれた。
ミラのブレスはすごい速さで突き進み、ヒュドラの頭の一つに直撃。
いとも容易く、その頭部を消し飛ばした。
「なんだ、意外と脆いんだね。ヒュドラって」
竜形態のミラは、幻影魔法の他にも竜魔法を使うことができる。
その威力は折り紙付きだ。
なにせミラはA+ランクの魔物。
ランクだけで見たらヒュドラと同格なのだから。
とはいえ、当然弱点はある。
先ほどミラが言ったように、竜形態の間は常に魔力を消費し続けてしまう。
それに加えて、竜魔法は威力が高い分、魔力消費も相応に激しい。
要するに、長期決戦には向いていないということだ。
だが、もとより短期決戦で決めるつもりである。
再生能力を持つヒュドラ相手にずるずると戦いを長引かせれば、俺たちの魔力が尽きてスキルや魔法を使えなくなるだけだからな。
ヒュドラに勝つためには、刹那の合間に決定打を連続で叩き込まなければならない。
一手一手で、持てる力のすべてを出し切らなければいけないんだ。
「いくぞ!」
掛け声とともに、俺たちは一斉に動く。
「……確かに、侮って勝てる相手ではなさそうだな。ヒュドラよ、常に竜に意識を向けつつ、地上への攻撃も怠るな!」
ヒュドラの頭の一つが、天を舞うミラに向かってブレスを放とうとする。
だが、それよりも先にミラが魔法を発動した。
「竜爆!」
ブレスを放とうとしていたヒュドラの頭を中心に、爆発が起こる。
強制的に潰されたブレスが暴発したのもあって、爆発はかなり大きなものとなった。
「ギュアァァッ!」
残る四つの頭のうちの一つが攻撃対象をミラに変更したようで、ミラめがけてブレスを放つ。
ミラはそれを躱しながら、不規則な動きでヒュドラの上を旋回する。
攻撃の合間を縫って、反撃のブレスを放つ。
よし、いい感じだ。
ミラが二つの頭を引き付けてくれているおかげで、かなり攻めやすくなった。
ヒュドラが尾で地面をぶっ叩く。
俺たちを串刺しにしようと土の針がせり上がってきた。
「その攻撃はもう慣れた!」
「ルカたちには通じないよ!」
俺たちは土の針を躱し、前へ走る。
その間にヒュドラはブレスの準備をしていた。
「【デコイ】&【ミラージュ】発動!」
俺はスキルを発動する。
先ほどの邪神教徒の【耐性付与】がブラフである可能性を考えて使ってみたのだが、ブレスを溜めるヒュドラの頭と目が合った。
……分身も、蜃気楼による不可視化も通じてないな。
あれはブラフじゃなかったみたいだ。
まあ、最初から期待なんてしていなかったから問題ない。
ヒュドラの三つの頭が、俺たちめがけてブレスを撃とうとする。
その瞬間、
「もっかいドラゴンブレス!」
ミラのブレス攻撃がヒュドラの背中に直撃。
そのダメージでヒュドラの照準がずれ、ブレスは見当違いの方向へと放たれた。
「挟撃するぞ、ルカ!」
「ん、ルカは左から行く!」
俺たちはヒュドラを両サイドから挟み込むように回り込む。
ブレスが俺たちを追尾するように迫ってきた。
首が五つもあるヒュドラに死角はない。
二方向から攻めても同時に対処される以上、挟撃の強みを生かすことはほとんどできないが、ブレスを分散させることができるという点においては非常に有効だ。
俺たちはブレスを完全に捌きながら、ヒュドラに大きく近づいた。
その時、ヒュドラが前足を大きく持ち上げた。
同時にブレスが止む。
……何をしてくるつもりだ?
これまでとは違う行動に、俺たちは警戒する。
「やれ、ヒュドラ! 【大震撃】だ!」
「ギュォォォァァァアアアアアアアアアアアッ!!!」
ヒュドラが前足を力任せに地面へと叩きつける。
次の瞬間、大地がひっくり返ったかのような衝撃が襲い掛かってきた。
俺は衝撃波に打ち上げられて宙を舞う。
「がはっ……!」
内臓がつぶれたかのような激痛が走る。
肺の中の空気が押し出されて、呼吸ができなくなる。
意識が飛びかけた。
「クロムお兄ちゃん!」
「……ッ! エクストラヒール!」
ルカの声でかろうじて意識をつないだ俺は、即座に回復魔法を発動する。
体中の痛みがあっという間に引いた。
俺は酸素を肺に取り入れながら、状況を把握する。
……よかった、ルカは無事だ。
【大震撃】に合わせて跳躍することで衝撃波をうまく流し、ダメージを最小限に抑えたらしい。
となれば、ルカを心配する必要はない。
俺は、こちらに向かって迫ってくるヒュドラの頭を睨む。
【大震撃】で大ダメージを与えながら空中に打ち上げたところを、噛みつき攻撃で確実に仕留める算段のようだ。
「ガァァァァァアアアアアアアアアアァァアアアアアッッッ!!!」
絶対にここで仕留めきってやる! という意思が伝わってくるほどの咆哮を上げながら、ヒュドラが迫ってくる。
その頭が俺に届く寸前で、ガクンとヒュドラの体勢が傾いた。
そのせいで軌道がずれ、ヒュドラの噛みつき攻撃は空振りに終わる。
「今の私にはフィジカルもあるんだよ!」
ミラの声が響く。
どうやら、ミラがヒュドラの足の一本を切り飛ばして体勢を崩したようだ。
「ナイスだ、ミラ!」
即座に俺は空振った頭の側面を蹴り、ヒュドラの一番右端の頭に肉薄。
反撃する隙も与えず、その首を斬り飛ばす。
「まずは一本!」
俺は斬った首の断面に着地する。
残る首は四本。
ここからの五秒間が正念場だ。
「ブレスは撃たせないよ!」
俺を狙っていた左端の首を、ルカが切り飛ばす。
これで残る首は三本。
残り四秒!
「……ッ! まだだッ!」
「ギュオ!」
ヒュドラが残る首で反撃に出ようとする。
その瞬間、天からブレスが降ってきた。
真ん中の頭が消し飛ぶ。
「私から意識を外しちゃっていいんですか~?」
残る首は二つ。
残り三秒!
「ヒュドラッ! 私にかけている結界を解いて自身に使えッ!」
「グァァッ!」
時間稼ぎに出てきたか。
「【絆の炎】!」
俺の剣を深紅の炎が包む。
結界で身を守るというのなら、俺たちは全身全霊の一撃で砕くまでだ。
「……ん?」
ふと、体を温かいものに包まれたかのような感覚がした。
この感覚がなんなのかは分かる。
強くなった時の、成長した時の感覚だ。
……今ならいける。
本能で理解できた。
ルカは【剛力無双】と【炎斬拡張】を。
俺は、今までなら使うことができなかったエクストラスキルである【剛力無双】を借りて発動する。
さあ、残りは二秒だ。
「幻影魔法&【虚無反転】──フレアアロー!」
ミラが発動の早い幻影魔法を現実化して発動。
空から炎の矢が降り注ぐ。
高火力の魔法が結界に連続してダメージを与えるのに合わせて、俺とルカは渾身の一撃を放った。
「最高出力、フレアネイルッ!」「竜殺斬り!」
攻撃力を限界まで高めたA+ランクの爪撃と、ハイリッヒ流剣術の中で最大火力を誇る大振りの一撃が炸裂する。
三位一体の攻撃が決まった瞬間、大きな音を立てて結界が砕け散った。
「なっ……馬鹿なッ!?」
「──これが私たちの、絆の力ってやつだよ。さあ、やっておしまいなさいっ!」
残る首は二本!
タイムリミットまで、残り一秒ッ!
「負けるのか……? 私たちの最高傑作が……そんなこと、あっていいはずがないッ!!」
俺とルカは同時に跳躍し、無防備な残りの首へ迫る。
「ヒュドラァッ! 動け! 動けぇぇぇっ!!!」
ここで絶対に決める!
俺たちが、勝つんだ!
その意思を込めて、俺は剣を振り上げる。
ヒュドラが、俺たちの気迫に気圧された。
刹那、残る二本の首が宙を舞った。





