第25話 ゴブリンキング
「ゴブリン……キング……」
誰かが、そう呟いた。
「怯んじゃダメだ! みんなで連携すれば──」
「我ニ勝テルトデモ?」
リーダーが指示を出すが、冒険者たちは動かない。
否、動けなかった。
絶望、恐怖、諦念……。
ゴブリンキングから放たれる圧倒的な威圧感に、心が折れてしまっていた。
「時間を稼げばライナーさんが来てくれるはずだ!」
リーダーが必死に鼓舞する。
けど、その希望は簡単に砕かれた。
「貴様ラニ絶望ヲクレテヤロウ。ソノ男ガ助ケニ来ルコトハナイ」
「なぜ──」
「我ガ殺シタカラニ決メッテイルダロウ?」
ゴブリンキングが邪悪に嗤う。
冒険者たちは絶望の表情で膝をつく。
さっそく戦意など残ってはいなかった。
ゴブリンキングはそんな冒険者たちには目もくれず、ルカとミラに話しかける。
「変ワッタ気配ノ魔物ダナ。面白イ。我ノ配下ニナレ」
予想外の提案にルカとミラは目を見開く。
それから、怒りをあらわにした。
「死んでも嫌! ルカがクロムお兄ちゃんを裏切ることは絶対にないから!」
「きゅう!」
「……ソウカ」
ゴブリンキングから底冷えするような威圧感が放たれる。
背筋が凍るような、恐ろしいほど冷酷な声で告げてきた。
「貴様ラノ意思ハ分カッタ。我ニ歯向カウトイウノナラ、死ンデモラウマデダ。ソノ魂ヲ差シ出シ、我ガ強クナルタメノ糧トナルガイイ!」
恐ろしいほどの殺気だ……!
剣を落としそうになるほど腕が震える。
足が岩のように重くて、一歩が踏み出せない。
……動かないといけないと分かっているのに、怖くて動けなかった。
「やるよ、ミラ!」
「きゅぅ!」
恐怖で動けない俺とは違って、ルカとミラは真っ先に動いた。
格上のゴブリンキングが相手なのに……。
ものすごい殺気を間近で浴びているというのに、それでも真正面から立ち向かう。
……勇気。
俺が持っていないものを二人は持っていた。
「きゅー!」
ミラが【デコイ】を発動。
ゴブリンキングに向かって突撃するルカの支援をする。
「分身ゴトキガ我ニ通用スルト思ワナイコトダ! ヌンッ!」
ゴブリンキングが大剣を振るう。
たった一振りですべてのルカが両断された。
直後、すべて霧散する。
「分身ヲ生ミ出スト同時ニ本体ヲ消シタカ。ダガ、弱小竜ゴトキガ小賢シイ真似ヲシタトコロデ意味ハナイ!」
ゴブリンキングが大剣を地面に突き刺す。
武器を手放したかと思えば、両腕を顔の前でクロスした。
「【不動の構え】!」
ゴブリンキングの筋肉が膨張する。
防御態勢を取ったゴブリンキングの目の前に、炎をまとったルカが現れる。
「ファイアネイル!」
炎の爪撃が炸裂。
ルカの渾身の一撃が決まった。
……はずだった。
「貴様ノ力ハソノ程度カ?」
「全然効いてない……」
ルカが唖然とした様子でゴブリンキングから距離を取る。
【不動の構え】。
前衛職の中でもタンクがよく使うスキルだ。
効果は単純で、『動けなくなる代わりに防御力を一時的に上昇させる』というもの。
ゴブリンキングはただでさえ巨体な上に筋肉質。
それだけでも厳しいのに、防御力を上げられたらルカの攻撃が大したダメージにならないのも無理はなかった。
「この程度のダメージなど無に等しい。すぐに回復するのだからな」
ゴブリンキングがそう言った直後、ルカの攻撃で負った傷がきれいさっぱりなくなった。
「再生した!?」
俺は驚愕する。
ゴブリンキングが再生能力を持っていることはないからだ。
再生能力を持っているなんて、それこそゴブリンキングのさらに上のゴブリンロードでないとありえない。
だけど、目の前のあいつは間違いなくゴブリンキングだ。
ロードではない。
ロードは最低でもAランク最上位。
下手したらSランク下位に相当する魔物だ。
目の前の敵がロードなら、俺たちはとっくに殺されている。
……ふと、ギルマスの言葉を思い出した。
この事件は『前代未聞』だと。
わずか一週間で集落ができた。
ゴブリンキングが本来持つはずのないない能力を持っていた。
この一連の事件は、何か裏があるのかもしれない。
だが、今はそれどころではない。
この状況をどうにかしないといけないのに。
俺も戦わないといけないのに、俺の体は未だ言うことを聞いてくれなかった。
「人間共ノ街ヲ攻メ滅ボシ魂ヲ狩ル前ノ余興トシテハ充分楽シメタ。ソロソロ終ワラセルトシヨウ」
まるで今まではお遊びだったとでも言うように。
ゴブリンキングが大剣を構える。
明確な殺意を以って、ゴブリンキングの猛撃が開始された。





