第17話 依頼の成否
「ん、おいしい!」
「おかわりいるか?」
「いる!」
ルカは頬に手を当てながらお菓子を食べる。
リスみたいに頬張っているのが微笑ましい。
「ナイトメアノワールはまだ帰ってこないか……」
罠を仕込んだ俺たちは少し離れたところから監視しているが、ナイトメアノワールが戻ってくる様子はない。
さらに待つこと二時間ほど。
念のためもう一度スプレーして監視に戻ったところで、ナイトメアノワールが飛んできた。
「なんというグッドタイミング!」
「罠にかかってくれるかなぁ」
二人でそっと見守る。
ナイトメアノワールはどうやら狩りから戻ってきた様子。
強靭な爪で大きな獲物を掴んでいる。
……にしても、やっぱ大きいな。ナイトメアノワール。
翼も含めたら三メートルはありそうだ。
ナイトメアノワールは獲物を掴んだまま巣に戻ろうとして……突如投げ捨てた。
「戦利品捨てていいの!?」
ルカが驚く。
俺も驚いてる。
ナイトメアノワールは目の色を変えたように飛行スピードを上げた。
目指す先はもちろん罠だ。
「なんという目ざとさ」
「光るものが大好きで大好きでしょうがないんだね」
ナイトメアノワールは迷いなく金ぴか石を掴む。
絶対に離さないという意志が込められた鷲摑みっぷりだ。
カラスだけど。
ナイトメアノワールは金ぴか石を掴んだまま、毒餌をじっと見る。
「このままだと食べてくれなさそうだよ……」
ルカが不安そうに言う。
俺もスプレーが効かなかったのかと一瞬焦ったけど、ちゃんと効いてくれたようだ。
ナイトメアノワールは先に金ぴか石を巣に移動させてから、毒餌を持っていった。
空腹感に襲われても金ぴか石を持っていくのを優先するとは……。
光り物に関しては、そこらの貴族よりも執念深いんじゃなかろうか?
「ちゃんと食べてくれるかな?」
「金ぴか石でも眺めながら晩餐してるんじゃない?」
「してそう」
それからさらに待つこと三十分ほど。
ナイトメアノワールが巣から飛び出てきた。
うまく飛べずに崖を転がり落ちる。
地面に激突して砂埃を巻き上げた。
「うまくいったか……?」
砂埃が収まる。
ナイトメアノワールは苦しげにうめいていた。
「よかった。ちゃんと効いてるね!」
ルカが安堵の声を漏らす。
「ああ。とはいえ毒の持ち主だった蛇はせいぜいDランク。対してナイトメアノワールはC-ランク。毒だけで倒せる可能性は低い」
「たぶん最終的に自力で解毒しそうだね」
「ああ。毒で弱っている今のうちにとどめを刺すぞ!」
「りょーかい!」
俺たちはナイトメアノワールの背後からこっそり近づく。
ナイトメアノワールは気配察知能力が高い魔物だけど、毒に苦しんでいるのもあって俺たちには気づいていない。
俺たちは攻撃を開始した。
「せいッ!」
「えいっ!」
「カァァァ!?」
ナイトメアノワールが悲鳴を上げる。
だけど、致命傷というほどのダメージにはならない。
……やっぱり図体が大きすぎる。
首を狙いたいところだけど、がむしゃらに暴れているところに正面から近づくのは危険だ。
「だったら、倒せるまで何度も攻撃するまでだ!」
翼や爪をがむしゃらに動かしているだけで、俺たちにとっては脅威となる。
動きをよく見て、隙をついて斬る。
何度も繰り返せば、ナイトメアノワールの動きは弱弱しくなっていった。
数分後。
ナイトメアノワールの動きが止まる。
失血のせいで、もうほとんど動けないのだろう。
その状態まで追い詰めたからこそ、俺たちは油断してしまった。
「ガァァァッ!!」
「うっ!?」
ナイトメアノワールが最後の力を振り絞って爪撃を繰り出す。
俺はとっさに剣で受け止めて……力負けした。
弾かれてしまう。
「クロムお兄ちゃん!?」
「ルカ! 危ない!」
俺は必死に叫ぶ。
ルカの背後で、ナイトメアノワールが魔法を発動するのが見えたから。
黒い球が何個も現れる。
おそらく闇魔法のダークボールだ!
「ッ……!」
それに気づいたルカはとっさに躱そうとして。
──間に合わなかった。
「きゃあ!?」
ダークボールの一部が直撃して、ルカは吹き飛ばされる。
ナイトメアノワールはそれを見届けてから、力尽きた。
「ルカ! 大丈夫か!? ハイヒール! ハイヒール! ハイヒール!」
俺はルカにかけ寄ってから、すぐに回復魔法を発動する。
「……クロムお兄ちゃん、ルカは大丈夫だよ。だから、そんな泣きそうな顔しなくても……」
「ごめん! 本当にごめん!」
流れる血は止まり、傷はあっという間にふさがる。
ルカは俺を心配させまいと元気そうに起き上がった。
「もう大丈夫だよ!」
「……ごめんな。もし俺がすぐに動けていれば……ルカがケガすることはなかった」
ナイトメアノワールの執念に。
鬼気迫る最後のあがきに……俺は足がすくんでしまった。
動けなかった。
「俺が恐怖に負けなければ、ルカを助けることができた……。ナイトメアノワールが魔法を放つまで助けられるだけの時間があったのに、俺はただ見ていることしかできなかった。本当にごめん……」
何もできなかった自分が悔しい。
油断しなければ。
恐怖に勝てていたら、ルカが傷つくことはなかった……。
「誰だって、最初は怖くて当然だよ。人間なんだから。魔物のルカが言うのもあれだけど……」
ルカは俺を励まそうと背中を撫でてくれる。
「とにかく、今回は無事だったんだから元気出して! 次から油断しないように気をつければいいだけだよ!」
「……そう、だな」
最後の最後で気を抜いてしまったから、今回のようなことが起きた。
同じ過ちはもう二度と、絶対にしない!
「うんうん、元気出てきたね。ここでクロムお兄ちゃんに朗報があります!」
「朗報?」
ルカがいつもよりもテンション高めに告げてきた。
「ルカね、進化できるようになったよ!」





