リリーの過去
「わたくしにはリリーが必要よ。だって、貴女の護身術を知りたいもの」
わたくしがリリーに向けた言葉に、彼女は息を呑みます。
「なぜ…それを…」
「わたくし、初日にリナに予定を教えてもらったときに、侍女の紹介と護衛騎士の紹介があると言われたわ。けれど、侍女はあなた達2人しかいないし、護衛の紹介はされなかったわね」
「えぇ…」
「わたくしが疲れているからかと思っていたけれど、その後も、一切紹介されることはなかったわ。それで気がついたの。わたくしにつけられた侍女はあなた達2人で、他に下働きは居るけれど、紹介する身分ではない。そして、護衛は今まで会ったことのある人が勤めているか、忍がいる」
「…社交界の噂など信じるものではないですね」
「あら、噂に踊らされているようでは、やっていけないわよ」
「それもそうですね…バレてしまっては仕方ないので、諦めて白状します。クリスティア様の護衛は、私が務めています。それから、予想されていたとおり、忍がおります」
「わたくしの前に姿は現さないのね」
「そうですね。姿を表したら、もうそれは忍ではないですから」
「いくつか聞いてもいいかしら?」
「はい。何なりと」
質問に答えないという選択肢は用意していないものの、一応尋ねてから、リリーにいくつかの質問をします。
「まず、貴女がそうやって武を修めた理由は?」
「大切な人を守れる人でありたかったからです」
「これは踏み込みすぎた質問になるけれど…そう思うようになったきっかけは聞いてもいいかしら」
「…私は孤児院出身なのです」
「そう…」
「そして、私が孤児院に入るきっかけは、家族を失ったことが原因でした」
「家族を…」
「ここまで聞いたらわかるかも知れませんね。私の家族は、私を守って死んだのです」
「……」
リリーの経験に対してわたくしがかけられる言葉はないでしょう。
安易な言葉をかけられる方が、何も言われないより、不快でしょうから。
「私が、あの日、親のそばを離れなければ、両親は無事だったのではないかと思ったことは何度もあります。私は、森の中で迷子になったのです。そして立ち入りを禁じられているような、森の奥深い場所に行ってしまいました。そして、私を探し回ってくれた両親は、途中で大型動物…熊だろうと言われましたが…に襲われて、亡くなりました」
「…貴女はどうしていたの?」
「私は、たまたま声が聞こえたのか、猟師の方が助けてくださいました。泣きながら、両親とともに来たこと、はぐれてしまったことを伝えると、彼は私を連れて、周囲を警戒しながらも、一緒に両親を探してくれました。そして、姿の変わり果てた両親を見つけたのです。彼は私には見せられないと思ったのか、私の目元を布で覆って、抱き上げてから、その両親に近づきました。父が母をかばったようで、母はなんとか息をしていたそうです。母は、うわ言のように、私の名前を繰り返し読んでいて。猟師が『リリーは保護した。大丈夫だ』というと、静かに息を引き取りました」
その情景が頭に浮かびます。手ぬぐいのようなもので目元を隠された小さなリリー。彼女を抱き上げてそっと、倒れている両親に近づく猟師。わずかにほほえみ、安堵したように息を引き取る女性。
「そう…熊に遭遇するなんて、かなり深部まで入ってしまったのね…」
「はい。私はそのまま、両親の遺骸を見ることなく、街に連れて行かれました。近所の人達が両親を荼毘に付したり、諸々の手続きをしてくださって。行く場所のなかった私は、孤児院に入れられました」
「その孤児院は、オースティン領の?」
「いえ。私がいたのは小さな孤児院でした。孤児院と呼ぶのかも定かではないですが、子供の預かり所のようなところで、昼間、仕事をしている間預けられる子と私のような孤児が一緒に暮らしていました」
「そこでは、武術を教えていたの?」
「いえ。私がこっそり抜け出して木刀を振り回していただけです」
「まぁ…」
「基礎体力はそれでついたようで、私は男装して騎士団に忍び込むようになりました」
「男装?」
脳内で、男装しているリリーの姿を描こうとしますが、うまくいきません。
首を傾げるわたくしをよそに、リリーはいきいきとした様子で騎士団のことを語ってくれました。
「騎士団には、街の子を訓練して、筋の良い子を騎士団に勧誘するという制度があるのです。なので、私は街の男の子のふりをしてその訓練に混ざっていました。筋が良いと言ってもらって、きちんとした訓練にも進んだのですよ。けれど、女であることが何度かバレそうになってしまったので、引っ越すことになったと言って、身を引きました」
「同じ街の子には気が付かれなかったのね?」
「まぁ…バレてませんでしたね」
「その後騎士になった子と、王宮であったりしなかったの?」
「…あったことはあります。双子の兄がいるかと聞かれました」
「なんて答えたの?」
「いませんよって答えようと思ったんです。だけど、そこでいないって言ってしまったら、もう二度と忍び込めないので、居るよって答えました」
「会わせてって言われたらどうするつもりだったのかしら?」
「…その時に考えればいいかなって」
「そう…それで、未だに忍び込んでるの?」
「極々、たまに、です」
「そう。皇太子殿下には気が付かれているのでしょう?どうして気が付かれてしまったのかしら?」
「普通に侍女の仕事をしているときに、足さばきが騎士だって言われました」
「足さばき…なるほどね。トリエステと踊りながら、何かがにていると思っていたのはそれなのかしら。足音が小さいわよね。それに一定の速度で歩くし…」
「よくそんな細かいところに気が付きますね…」
ちょっと引いた顔のリリーはスルーして、わたくしは少しわがままを言ってみました。
「リリー、貴女にはわたくしの先生になってほしいの」
「先生…ですか?」
「えぇ。わたくしは皇太子殿下に嫁ぐ身ですから、襲撃に合う可能性だってあるでしょう?そのときに、皇太子殿下の邪魔にはなりたくないのです」
「だから、私達がついているのですが…」
「違うわ。私は替えがきく存在です。皇家の血を後世に残すためならば、わたくし以外のご令嬢にも適任者はたくさんいます。ですから、殿下を守ってわたくしが、わたくしの護衛が死ぬことはあっても、わたくしを守って、殿下が亡くなるというのは、あってはならないこと。それはわかる?」
「はい」
「だからこそ、わたくしは、もしものときに殿下の足手まといになってはならないのです。本で得た毒の知識でも、あなたに教わろうとしている武術でも、殿下を守る位置に立たなければならない」
「でも、クリスティア様の体では…」
「少し運動したら、体力がついて体調も良くなるかも知れないじゃない」
リリーはわたくしの体調が最悪だった時期を知りません。けれど、わたくしの体には負荷がかかりすぎると思っているのでしょう。
「でも、それでも、なにかあったら…」
「ここは王宮よ。この国最高の医師や研究者が揃っているわ。なにかが起こる可能性がないわけじゃない。でも、アフターケアはできる」
「…クリスティア様は、本当に望んでいるのですよね」
「えぇ」
「仕方ないですね…大切な人を守るという目的のために武を必要とするならば、私は、手伝います」
なんとなんと、総合評価が50ptにいきました!
嬉しいです!ありがとうございます!!