お父様の来訪
「…クリスティア様、お夕食の前にもう少しお休みになられますか?」
「そうね…急にどうしたの?」
「オースティン公爵様です。たぶん。慌ただしい足音がしていますので」
「…寝るわ。リリー、リナ、わたくしのそばを離れないで」
「「かしこまりました」」
お父様からは逃げるに限ります。面倒事を持ち込まれる気しかしません。それに、リリーたちを叱るとすれば、わたくしの見えないところでしょう。眠っているわたくしの聞こえる範囲で叱り始めたら、わたくしはその声で起きたことにして、2人を守らなければなりません。
「クリスティア様、オースティン公爵様がお越しです」
「クリスティア様はまだお休みになっていますが…」
「良いから、通しなさい」
お父様の横暴さを目にした気がします。どちらかというと付き人のほうが戸惑っているようで、わたくしは、お母様に書くお手紙の内容を思いつきました。
「ですが、いくら、お父様とはいえ、未婚の淑女の寝室に入られるのは…」
「入らせてもらうよ」
リリーの正論を無視して、お父様が部屋に入ってこようとします。その前にリナが立ちふさがりました。
「なにをしている」
「恐れながら。私の知るオースティン公爵様はこのような方ではありませんでした」
「は?」
「わたしが偽物だといいたいのか?」
「いいえ。流石に本物でしょう。そうではなくて、横暴さを許すような方ではなかったはずです」
「君が私の何を知っていると?」
「…昔の公爵様を」
「そもそもいつ会ったかね」
「一人の孤児のことなど覚えていらっしゃらないでしょうから、申し上げてもお時間の無駄かと」
「孤児…リナという名だよな…うちの孤児院にいた人間だから大丈夫だろうとしか考えていなかったな…」
「旦那様、クリスティア様が生まれた頃、領都で看取った女性の娘ではないでしょうか」
「ティアが生まれた頃…領都…」
「下級貴族の、お名前は忘れてしまいましたが、…」
「あぁ、思い出した。路地裏で…」
「公爵様、お声が高いです。クリスティア様が起きてしまうかも知れませんから、お静かに願います」
「そうだな、すまない」
お父様の声が柔らかくなります。初めの年に孤児院にはいった子どもたちは、お父様がかわいがっていた子たちばかりですから、思い出して、懐かしくなったのでしょう。
「そうか、あのリナか…」
「はい。お久しぶりです、スティーブン様」
「久しぶりだな、リナ。ティアの様子は?」
「今はまだお休みになられていますが、先程一度目を覚まされました。会話も問題なく、お水もご自身で飲むことが出来ていたので、きちんと休息を取れば回復されると思います」
「そうか。じゃあ、また明日、ティアが起きているときに来るよ」
「はい。かしこまりました」
どうやら、今日はお父様はお帰りになるようです。リナの手腕にわたくしも驚いてしまいました。明日お父様が来るのであれば、色々やらねばならぬこともあります。
「リリー、私は公爵様をお見送りしてくるから、クリスティア様をお願いしてもいいかしら?」
「わかったわ」
リリーの声が少し硬いような気がします。自分とリナの差に悔しくなったのでしょうか。それに気がついたのはお父様も同じで、リリーにもお父様は声をかけます。
「リリー、先程は強く言ってしまってすまない。こんな父親の娘だが、ティアに仕えてくれるだろうか?」
「…もちろんお仕えいたします」
「リリー。私が言いたいのは、命をかけられるか、とか、そういった絶対的な忠誠の話ではない。君の命は君自身のものだ。そこは違えないでほしい。そうではなくて、君が君自身の望みを見つけるまで、ティアの側にいてくれないか、というお願いだ」
「私の望み…わかりました。精一杯お仕えします!」
「…その明るさは、ティアの周りにはなかった。期待しているよ」
リリーの声がいつもどおり、元気いっぱいになったところで、お父様はお帰りになられます。リリーは扉の前でお父様を見送り、そのまま、くるりとこちらを振り返りました。
「クリスティア様、きちんとお仕えしますからね」
「知っているわ」
「え、?起きていたのですか?」
「えぇ。なにかあったら、わたくしが守らないといけないでしょう?」
「私達をですか?」
「だって、あなた達はわたくしの大事なメイドだもの」
「メイド…?」
「そうね、王宮では使わないんだったわ…侍女って意味よ」
「私達…私を入れてもいいのですか、?」
「なぜ入れてはいけないの?みんながみんな、リナみたいな忠誠が必要なわけじゃないわ。リリーはリリー、リナはリナ。各々が自分の好きな仕え方をすればいいの。あ、もちろん、裏切り者は成敗するけれど」
「ふふっ。私には、リナみたいな忠誠は捧げられないから、必要とされないのかと思いました」
「わたくしにはリリーが必要よ。だって、貴女の護身術を知りたいもの」