目覚めると
お久しぶりです
ことん。何かが置かれたような音がして、意識が覚醒し、わたくしは目を開きました。見慣れた天蓋に、橙色の光が降り注いでいます。
「クリスティア様?目が覚めましたか?」
「リリー?」
「はい。良かったです…」
リリーはわたくしが体を起こすのを手伝いながら、手短に今までの話をしてくれます。トリエステがヴィクトリア様に叱られたこと。皇太子殿下がお見舞いに来てくださったこと。リナが泣きそうになっていて、なだめるのが大変だったこと。しばらくは安静にしていないといけないこと。そこまでを話すと、リリーは呼び鈴を鳴らしました。ドアが丁寧に、でも勢いよく開いて、リナが早足で入ってきます。そしてそのまま、ベッドの脇にひざまずきました。
「リナ?」
「本当に申し訳ございませんでした。途中で異変を感じたときに無理にでもお止めすればよかったのに、それをせず、主の健康を害したのは、すべて私の…」
「リナ。それ以上は言ってはなりません」
「…ですが、クリスティア様を…」
「わたくしが倒れるのはよくあることよ。周りの責任ではないわ」
「いえ。クリスティア様が倒れる前にお止めすることも周りのするべきことの1つです」
「そうかもしれないわね…。でもね、リナ、貴女がわたくしに仕えるのは初めてだわ。そして、貴女とわたくしは出会ってまだそれほど経っていないの。引き継ぎもなくここまでよく仕えてくれているのだから、問題視するようなことはないでしょう?」
「…ありがとうございます」
「ほら、リナ、立って。わたくしの無事を貴女自身の目で確認しなきゃ」
明るく、努めて明るく、わたくしが言うと、リナは少し笑って、立ち上がりました。そしてベッドに近づき、こんなことを言い出します。
「御手に触れても良いですか?」
「えぇ」
「わたくし、リナはこの身が朽ち果てるまで、クリスティア様に忠誠を誓います」
「リナ!?」
再び跪いて、手の甲を額に付けた時点でおかしいと気がつくべきでした。リナに急に忠誠を誓われても、わたくしには心の準備もそれに応えるものもありません。
「リ、リナ、待ってくださいませ。なぜ急に…?」
「クリスティア様はご存知ないでしょうけれど…私、オースティン家に救われたんです」
「…どういうこと?」
「私の母は、もともと貴族階級の人間でした。といっても下級貴族で、私の母は家が没落する直前に追い出されたのです。追い出された先はオースティン領の一角でした。そこで私の父と出会ったんです」
「オースティン領…わたくしが生まれた頃はそれほど豊かでもなかったはずだわ。そんなところに…」
「はい。それに、ただの農民だった父の生活と、曲がりなりにも貴族として過ごしていた母の生活は、天と地ほどの差があって…私が、5歳くらいのときに、母は私を連れて父の家を出ました。領都で働こうとしたのですが、良い働き口なんてなくて…お金もなくなっていく一方で、私達は路地裏に住んでいました。母は私に食べさせるために自分は殆ど食べずに働いていたんです。だけど…だから、ある日、母は倒れました。栄養が足りず、働きすぎだったんだと今ならわかります」
「リナ…」
リリーがつらそうに顔をしかめます。リナはわたくしの手を取ってうつむいたまま。でも、その手が震えているのがわたくしにもわかりました。
「倒れた母を救ってくださったのが、オースティン公爵様でした。母をお医者さんのもとに連れて行ってくださって…助からないってわかった時には、母が亡くなるまで、側にいてくださいました。母のお墓も作ってくださったんです。そして、私を孤児院に連れて行ってくださいました」
「孤児院…」
「クリスティア様がお生まれになった記念に公爵様が作られた孤児院です。私はそこで育ち、教育を受け、王宮に入りました。本当はオースティン家に仕えたかったけれど、その頃のオースティン家はとても緊張感に満ちていましたから」
「わたくしの体調が最悪だった時期ね…申し訳ないわ…」
「いいえ。王宮にいれば、きっと、オースティン公爵や私を育ててくれた孤児院の創設のきっかけになったクリスティア様にお会いできる。恩に報いることができると思っていましたから」
「でも、王宮は伏魔殿だわ。怖い思いもしたでしょう?」
「皇太子殿下がいらっしゃいましたので」
「え?」
「リナ、もしかして、貴女が…」
「リリー。クリスティア様のわからない話をしないで」
「あ、申し訳ございません」
「いいえ、聞きたいわ」
わたくしの瞳がキラリと光ったのでしょう。リリーが目を瞬いて、リナは恥ずかしそうにさらに下を向いてしまいました。
「貴族出身の侍女たちに、平民の侍女は一度はいじめられるんです。平民と違って貴族には青い血が流れているのよと言われて。ですが、リナは、『私の母は下級貴族で、父は平民ですが、私の血は紫ではありませんよ?それともあなた方には青い血が流れているのですか?』って返したんです。しかも、手元に持っていたナイフで指先を傷つけて、ほら赤いでしょ?って。それを物陰で見ていた皇女殿下が、『血、青いの?』って、ものすごく無邪気に聞いていて…通りすがりの皇太子殿下が皇女殿下のことは止めてくださったのですけれど、その後、貴族出身の侍女たちが叱られて…」
「リリー、もう、やめて…」
「そうね、また後で聞かせて、リリー。本人の前では恥ずかしいでしょう」
「クリスティア様!?」
「はい!」
リナの悲鳴は聞き流して、元気に返事をしてくれたリリーに微笑みます。そしてすっと真面目な顔をすると、リナの誓いに返答しました。
「リナ、貴女の忠誠を受けましょう。そして、わたくし、クリスティア・ベル・オースティンは、貴女の忠誠にふさわしい主であり続けると誓います」
「クリスティア様…」
「リリー、貴女が証人よ」
「はい。承りました」
そろそろ、溺愛シーンが書きたい…
あとちょっとで、愛されるようになるきっかけのシーンなんですけど、その後ちょっとが遠い…