豚の角煮
下茹でした豚バラブロックを圧力鍋に綺麗にならべていく
私と母の2人だけだというのに、いつもの年越しの癖で豚バラブロックを2キロも買ってしまった。なんの罪もない肉塊をまな板の上で食べやすいサイズにカットしていた時は憎らしくなっていたが、ここまで来ればもうあと少しで完成なので愛おしさすら感じていた。
鍋の中に綺麗に敷き詰めた豚肉がつかる位の水を入れて、醤油と酒と蜂蜜と美味しい出汁を加えて圧力鍋の蓋をしめて強火で煮る。
今朝は年末最後の買い出しに出かけていた。
大量の食材を買い込んで、冷蔵庫にしまう前に下処理をしたり、それが終われば大掃除をしてと、一息つく間もなく気がつけば夕方になっていた。
キッチンに置いているプラスチック製の小さな折りたたみ式の脚立を広げて腰掛ける
『友情と恋はどっちを優先しますか?』
『どちらもとても大事なので優先順位はつけられないです。先に約束した方を優先します。ご参考にして頂けましたら幸いです。』
学生時代から友達との約束が先なら彼氏とのデートは断ったり彼氏とのデートの約束が先なら友達との約束を断ったりというのは当たり前にしてきたことだけれど、世の中の人はもしかして違うのだろうか。と、聞かれて初めて考えさせられる。
自分の当たり前が世の中の当たり前とは限らないという、当然のことを思い出す。
『新年にやりたい事はありますか?』
『あります。年が明けたら引越しをする予定です。生まれて初めての一人暮らしをします!とても楽しみです。ご参考にして頂けましたら幸いです。』
今までは家を出ることを許されなかったが、母から毎日とめどなく溢れ出る父への呪詛は私の血の半部を日々蝕んでいった。
母に同意をすればその分だけ私も傷つき、同意をしなければ私自身が母から罵詈雑言を浴びせかけられることになる。
兄を失い父までも奪われた母に同情しない訳ではなかったが、私には私の人生を生きる自由があってもいいと思った。
圧力鍋がシューシューと蒸気を吹き出した
火を弱めてキッチンタイマーを1時間にセットした。
また脚立に腰掛けて
何も考えずに蒸気の吹き出し口をぼんやり見つめる
気がつくと、タイマーはあと15分になっていた。
まだ質問が残っていたのを思い出して慌てて回答をする
『腕時計はつかいますか?』
『使います。ご参考にして頂けましたら幸いです。』
大学卒業後に父のコネを使わず教授の推薦で就職が決まった時に、母がFENDIの腕時計を買ってくれた。文字盤が薄いピンクの決して派手ではないが上品な時計を私は今でもずっと身につけている。
母との楽しい思い出はあまりないけど、それでも全くない人に比べたら私は幸せなんだと思う。
幸せなんだ。と、思うことで自分を肯定しないと、自分の命が曖昧になってしまうことが今までに何度かあった。
だから私は、このままここで母と一緒に居てはダメなんだ。
角煮の出来上がりまでもう少し時間があるので、付け合せを作る為に大きめの鍋に湯を沸かす
玄関に置かれたダンボールの中から新聞紙に包まれたほうれん草を探す
泥付きの根元がしっかりと赤みがかった立派なほうれん草を冷水で綺麗に洗う
お湯に塩を適当に入れて、ほうれん草を切らずに放り込む1分ほどでザルにあげて冷水でしっかり冷やしてから軽く搾って1口大に切る
皿に盛る前にもう一度しっかり搾ってから色鮮やかなほうれん草を綺麗にお皿に盛っていく
鰹節をかけて醤油を適量たらす
他にも冷蔵庫の中に作り置きしてある、きんぴらごぼうや赤かぶの浅漬けを食卓に出す
角煮も、もう間もなくで出来上がりそうだ
少し早いが、夕飯できたよ。と母の寝室に声をかけに行く