鶏手羽の白湯鍋
ダイニングテーブルの真ん中に置かれた卓上コンロの上の鮮やかなターコイズブルーのル・クルーゼからぐつぐつと煮える鶏手羽や人参、キャベツ、豆腐が湯気の向こうから顔をのぞかせている
「いただきます」
用意された取り皿に濃厚そうな白湯出汁と一緒に具材をおたまでよそう
柔らかくなった鶏手羽を箸でほぐして食べていく
これ程まで柔らかくするにはどのくらいの時間煮込んでいるのだろうか
ユウカは相変わらず何も話しかけてはくれないままだった。
自分から話しかけるのが嫌な訳じゃないが、話しかけてもすぐ会話が終わってしまうのでどうせ話しかけても無駄だと無意識のうちにストッパーがかかってしまい自分からは何も話しかけられないでいる
このままで良いとは思っていないが、何をどうすれば元に戻るのか、どこから始めればいいのかもう分からなかった。
ふにゃっと柔らかくなったキャベツや人参がしっかりとした白湯出汁と各々の旨さを引き立たせあっている
野菜の甘みが口の中に広がる
先月ユウカと一緒に映画を観に出掛けて以来週末は一緒に過ごさなくなっていた
結婚してからのこの10年で毎月少なくとも2本は映画館まで行って映画を観ていた。
元々映画好きだったが、ユウカと付き合ってからは1人で居る時よりもたくさん映画を観るようになった。
「この映画観たいって言ってたよね?」「この時間からなら丁度いいんじゃない?」
毎週末当たり前に繰り返されてきたユウカからの会話が恋しいと思う。
とても熱そうな豆腐を火傷しないように適温に冷ましてから口に運ぶ
ここで、自分が貧乏ゆすりをしていた事に初めて気づいた。あわてて止める。
ユウカと付き合っている時に貧乏ゆすりを注意されてから、しないようにしてきたのに最近気がつくと貧乏ゆすりをしてしまっている
そういえばまだ今日は質問箱に質問を送っていなかった。
『最近見た映画はなんですか?』
遅くても1日以内に返事が来る。質問が匿名で出来ることには昔から助けられている。
『会いたい人はいますか?』
これは、回答次第では傷つきそうだとは思うが知る必要がある。
『好きな人から話しかけてもらうにはどうしたらいいですか?』
ユウカ以外とまともに恋愛をして来なかったので、正直もうどうしたらいいか分からない。是非とも教えて欲しい。
取り皿に残った出汁を飲み干す。
「ごちそうさま」一人ぼっちのダイニングでつぶやく