牡蠣の味噌鍋
ニンニクをみじん切りにして鷹の爪を輪切りにする。
土鍋を強火で温めつつゴマ油を入れて切ったばかりのニンニクと鷹の爪も投入して火を通していく
鷹の爪のカプサイシンで目や喉が刺激されたら、味噌を入れて油と馴染んだらそこに水をたっぷり注ぐ
白菜、人参、エノキ、もやし
冷蔵庫にある野菜を適当に切っては鍋に放り込む
土鍋に蓋をしてお歳暮で届いていた牡蠣を洗うための大根おろしをつくる
玄関に無造作に置かれた大根はとても冷たかった
母はダイニングテーブルに頬杖をついて定位置でテレビをぼんやりと眺めている
いつからだろう母が全く家事をしなくなったのは
兄が亡くなるよりずっと前からしていなかったと思う、恐らく兄が服役して面会に行くようになった頃からかもしれない
もともとが料理以外の家事が苦手な人なので、「しなくなった」という言葉の境界線すら曖昧に感じる。
広島産の大ぶりな牡蠣を大根おろしで綺麗に洗っていく
牡蠣のひだひだや柔らかさはいつも女性器を彷彿とさせて、一つ一つ丁寧に綺麗に洗う度に私は満足感が増していく
「.....ねぇ!ユウカもそう思うでしょ?」
唐突に母から話しかけられ分からないまま
「うん...そうだね」
と、どうにでもなる返事で応じる
また呪詛のごとく父の悪口を聞かされるのかと思うと酷くうんざりした
事の発端は、兄が亡くなって遺品整理をしていた時に兄が残した日記を母が見つけてしまったこと
そこには父が20年以上不倫をしていて隠し子が2人いること
その家族がどこに住んでいて、どんな暮らしぶりなのかを克明に記したものだった
父の不倫は今回が初めてでは無く、結婚生活の間に母は幾度となく悩まされてきた。
しかし、今までの不倫とは今回は訳が違う。
なにせ、相手の女性は自分より一回り以上も若く、さらには子供が2人も居るのだ。その内の1人は小学生3年生の男の子だ。
自分のたった1人の息子はもうこの世を去ってしまったというのに、相手の女には元気な小学生の息子がいることで母は完全に壊れてしまった。
事実を知って以来、堰を切ったように父への呪詛が止まらなくなった母と毎日過ごさなければならないのは本当に苦痛だ
今日もこれからまた深夜まで母が満足するまで、ただひたすら同意し続けるだけの時間が始まるのかと思うと、手の中にある牡蠣を握りつぶしてやりたい衝動に駆られた
土鍋の中の野菜は丁度よく火が入っていたので牡蠣を追加してまた蓋をしめる
母の話に適当に相槌を打ちながら、卓上コンロを置く為にダイニングテーブルを整えて場所をつくる
大人が向かい合わせで3人づつ座れる広いテーブルのはずなのに、母が読まない本や使いもしない手芸道具を広げているせいで、食事をする為に使えるスペースはとても狭い
子供の頃見て好きだった「レオン」という映画で殺し屋が少女におどけるシーンで使っていたのと同じ豚のミトンが我が家にはある。
もう大分古くなってきてごわつくミトンに片手を入れる、もう片方はキッチンの手拭きタオルぐしゃっと掴んで熱を遮断して土鍋をテーブルに運ぶ
幼稚園から25歳まで仲良くしていた子が言っていた事が突然頭を過った
「女の子は母親より幸せな結婚は出来ないんだって」
卓上コンロの上に置いた土鍋の蓋をあけると勢いよくモワッと湯気がたった
夕飯できたよ。とつぶやく。