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第一話 平凡冒険者は冒険の夢を見るか



二十数年間の人生で一つだけ解っていることがある。



地上には魔物がうごめき、地下には大迷宮が広がる剣と魔法の世界。



この世界において俺は…



俺は主人公ではないということだ。



◆ ◇ ◇ ◇



人類の領域である中央大陸に存在する中規模迷宮の上に築かれた中堅迷宮都市ミディオカー。その中にある中規模程度の酒場の中くらいのテーブル席に俺は座っていた。



向かい側にはセリシアという名の14歳から16歳程度の少女が座っている。シルクのような鮮やかな長い銀髪、見つめられると思わずたじろぎそうになるような水色の瞳、幼さが残るが整った顔、身なりは平凡だがどこか気品を感じる。恐らく100人とすれ違えば100人が思わず振り返るほどの美しい少女だ。




もしこれがデートなら嬉しいことこの上ないことだろうが、現実には依頼の交渉だった。




「お願いします。どうしてもしなければいけない

ことなんです。レインさん。どうか私の依頼を受けてくれませんか?」



セリシアは真剣な表情で首にかけたペンダントを握りしめてこちらをキュッと見つめている。




「だから君の依頼は無茶苦茶なんだよ。いくら中規模の迷宮だからって最深部まで潜るのは危険過ぎる」



「そこをなんとか出来ませんか」



「無理なものは無理だ。ソロの俺に頼むってことはおおかた他の冒険者パーティにも断られたんだろ?



「それは…そうです。だからこそ貴方にしか頼めないんです」


セリシアは瞳に薄っすらと涙を浮かべながら言った。



「正直、素人同然の君を連れて最深部に行くのは1級冒険者でも難易度が高い。少なくとも4級冒険者の俺には無理だとしか言いようがない」



「…そうですか。ごめんなさい。無茶な依頼をしてしまって。他の人を当たってみます」



そう言うと銀色の髪を彼女は席を後にした。俺も特にすることもなかったので酒場から出て真っ直ぐ家に帰った。



これが真夜中なら夜道は危険なので彼女を家なり宿屋まで送り届けたかもしれないが日中なのでそんなこともしなかった。


◇ ◆ ◇ ◇



「なぁさっきの女の子、めちゃくちゃ上玉だったな」



「ああ、最近噂になってるよな。片っ端から冒険者に依頼をしては断られているらしいぜ」



レインとセリシアがいなくなった後、先程の会話が聞こえていた2人組の客が、酒の肴に最近この街に現れたアリシアについて話し始めた。

 



「まぁこの街にあの女の子を迷宮の最深部に連れて行ける奴なんて殆どいないだろうな」



「まったくだ。いるとしたらよほどの実力者かお人好しの馬鹿だけだろう」


そう言って2人の客は笑った。



「だけどよ。あの女の子、ペンダントを大事そうに握っていたよな。なにか事情があるのかね」



「さあな。知るもんか」



そう言うと2人の話題は別の出来事に移行した。







「…」

2人の近くにいた冒険者風の少年の客がその会話を聞いていた。少年は何かを決心したような顔をすると席を立ち、酒場を後にしてセリシアの行った方向に走り出した。



◇ ◇ ◆ ◇



セリシアの依頼を断って数日後、いつものように1人迷宮に潜り魔物を狩っていた。



冒険者ギルドに行き、迷宮で倒したゴブリンから取り出した魔石の鑑定を待っている間、ボーッとしていると他の冒険者達の会話が聞こえてきた。




「なあ、聞いたか?あの話」



「ああ、ガキの冒険者が最深部に潜ってボロボロになって帰っきた話だろ?」



「それさ。例の銀髪の女も一緒だったらしいな」



「ガキの方は駆け出しの5級冒険者だそうじゃないか」



「無茶やるぜ。5級が最深部に戻ってこれただけでもかなり運がいいのによ」



「俺は女がガキに肩を貸して半ば引きずりながら治癒院に連れて行くのを見たぜ」



「噂によると最深部のボスを倒したって聞いたがマジかよ」



「流石にデマだろデマ」



そんな会話を聞いていると鑑定も終わったらしく俺は金を受け取りその場を後にした。


◇ ◇ ◇ ◆



「"冒険"者か…」



インスラと呼ばれる4階建ての居住用建築物の最上階の狭い自室の中で俺はそう呟いた。



果たして俺は"冒険者"なのだろうか。少なくとも今の自分にとって迷宮とは日銭を稼ぐ手段でしかない。



一級冒険者になるという子供の頃の夢は、とうの昔に擦り減って何処かへ消えてしまった。かつての苦い記憶が頭の中に蘇る。



「寝よう」



頭の中でそう念じ、俺は寝床に潜った。過去の記憶から逃れるには寝るに限る。またあの夢を見よう。



俺は目を閉じた。物心ついたときからみる奇妙な夢。伝説のバベルの塔のごとき天を貫く建物の群れ。人を運ぶ細長い箱。道を走り抜ける鉄の猪。光る小さい石板を見つめる人々。訳の分からない文字。



あの記憶よりはおかしな夢の世界のほうがマシだ。その奇妙な夢を思い浮かべながら俺は眠りについた。

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