再会とオカリナ
「七年も経つと、随分変わってしまってる。日向は覚えていてくれたかな…」
空を舞いながら、僕は約束の場所を見つけた。
あの橋だけは変わらずに残っている。
七年前の僕らの姿がそこには見える気がした。
けれど、そこに日向らしき人はいない。
それどころか、人の気配がない。
「……やっぱり、あんな約束を大切にしてたのは、僕だけ…か…」
橋の上に降りたって、そこから見える空をただ眺めた。
ここだけは、本当に変わってない。
横にいない日向を除いては…。
「…どうしよう。一年でケリを着けてこいっていわれて、まさか一日で着くとは…」
いってて悲しくなってきた。
本当は日向に会って、あの時いえなかったことを伝えるはずだったのに。
なんだかもう、この世界はやっぱり変わってしまった。
日向も、もういないのかもしれない…。
「あら?」
「…え…?」
諦めて呆けていた僕に聴こえた声。
僕は僕の目を疑った。
「ここに人がいるなんて珍しい。私の秘密の場所だったんだけどな」
間違いない。
悔しそうに嬉しそうに、そこに立って笑う女の子。
二人で一緒に遊んだり、喧嘩して仲直りしたり、その時々に見せてくれた笑顔と同じ。
この人は…。
「…日向…?」
「うん?あれ、私を知ってる…の?」
「え?僕だよ、晴だ!七年前、この橋の上で…!」
僕はいいかけてやめる。
日向の表情が何かに怯えるように強張っていた。
「日向、具合悪いのか?」
僕が彼女を支えようとした、その時だ。
「…イヤ…、来ないで…。…ごめんなさい…、私、あなたのこと知らない…。確かに私の名前は春日井日向です。でも…七年以上前の私は……いないんです…」
「……どういう…」
やっぱり、あの日向だ。
でも、日向のいう意味がわからない。
頭がついていかない。
僕らが別れた七年前。
それ以上前なら、僕と過ごした一年の日向は…。
……何かあったんだ。
僕と別れた後、僕の知らない何かが…。
それでも、僕は…。
「覚えてないなら、それでもいいや。僕がずっと覚えていたから。君のオカリナも、あの日の約束も、全て覚えてるから。君が僕を知らなくてもいい、僕は君に会いに来たんだ」
「…オカリナ…」
小さく呟いた日向は持っていた鞄の中から、あのオカリナを取り出してそっと見せてくれた。
僕があげた、日向との思い出のオカリナ。
……ずっと持っていてくれたんだね…。
その事がとても嬉しくて、でも僕はただ静かに笑うことしかできなった。
「…“覚えてなくて”ごめんなさい。もともと私の持っていたものなのか、誰かからいただいたものなのかわからない。でも、それでもずっと大切にしてきたものなの。このオカリナのおかげで、初めて私に“好き”っていってくれる人と出会えたから…」
「……ん?」
『好きといってくれる人』
日向のいう人は…僕じゃない。
僕はまだ日向に伝えていない。
それなら誰が?
「ごめんなさい、私もう行くね。人と会う約束があるから…」
日向が頭を下げて歩き出す。
また、いつかの僕らを見ているみたいだった。
「……日向!…あ、えっと、春日井さん…一つだけ、これだけは聞かせてほしい…。どうして今日ここへ来たの?あの日から、あの日から晴れた日がちょうど千日目の今日、どうして…!」
これだけは、ちゃんと知りたい。
今日、約束の日、ここで再会できたこと、偶然なんかじゃないって僕は信じていたいんだ。
「…“日向”でいいよ。あなたは昔の私を知っている、きっと数少ない人だから。今日ここへ来たのは、……なんとなく、心のどこかで呼ばれた気がしたから…」
「え?」
「あなたを見てたら、私も変わることが出きるかもしれない。そう思えてきたの。……明日、ここで待っていて。ちゃんと話したい…じゃあ、またね」
日向の言葉の意図がわからない。
それでも、最後に日向は笑ってくれた。
笑って、手を振って行ってしまった。
変わらない笑顔と、確実に変わってしまった何か。
あの頃にはもう戻れない。
もう戻ることはできない。
だから、だからこそ…。
『戻れないなら、進むしかないんだよ。兄貴』
そう、進まなくちゃいけない。
たとえ……たとえ日向の中から僕が消えても、僕はただ日向の幸せを願うから。
それでも、それなのに、少しだけ心が痛くて、どうしていいかわからないけど、涙が出てきたんだ。
日向が去って誰もいなくなった橋の上、僕はただ独りで泣いていた。
静かに空を見上げて、幸せを感じていたあの頃を思い出しながら。
僕はたくさんの幸せを日向からもらったんだよ。
だから、今度は僕が君の幸せを叶えてあげなくちゃ。
……僕は、僕の答えを見つけられたのかもしれない。
この日、僕は晴太に怒られた。
もともと、僕の世界とはどこにいても繋がることができる。
日向の世界の電話に近いのかな。
晴太はあの頃から変わることなく、僕の幸せを気にしている。
晴太は僕のように十歳でこの世界には来ることができなかった。
だからこそ、必ずこの世界へ来ると決意しているみたいだけど…。
幼い頃に比べれば弱いわけではないが、強いわけでもない。
無茶をしなければいいけど、晴太のことだからおとなしくしているとも思わない。
晴太には晴太の考えがあるようだから、一応僕は何もいわないけれど。
この日最後に晴太がいう。
『“あの事”に神術、使ったらダメだぞ!いい?!絶対だからなー!!』
あまり大声を出すと、体調を崩すよと僕は笑った。
わかってるんだ。
僕を心配してくれてること。
それだけで、晴太のそんな気持ちだけで、僕は凄く嬉しいから。
晴太に元気をもらって、僕は翌日を迎える。