涙と笑顔と僕らの手
「明日でちょうど一年だね、晴」
「…え?」
「晴と出会って、明日でちょうど一年だよ。そういえば、晴はいつまでこの世界にいられるの?」
「……えっと……」
もっと早くいっておくべきだった。
僕がこの世界にいることができる期限。
その期限である一年が明日で終わっていく。
「…晴…?」
日向の顔が見るからに不安そうだ。
「どうしたの、晴…」
僕には、これ以上日向に隠し通すことはできなかった。
「……明日…」
「え…?」
「…僕らが出会ってから、ちょうど一年の明日が、僕らにとっての……別れになる」
いってしまった。
驚きと、戸惑いと、日向の表情が変わっていった。
「……ごめん。本当に…ごめん」
僕は日向から、目をそらさずにはいられなかった。
忘れていたわけじゃない。
ただ思い出したくないだけ。
“別れ”が来るのがすごく怖かった。
“また明日”はこれが最後になる。
明日が来ればきっともう会えなくなる。
「…ごめん…」
僕はそれしか言葉にできなくて、それが悔しかった。
「…謝らなくていいよ、晴……」
「…日向…?」
日向の震える声に、僕は顔をあげる。
「…謝らないで。……私…もう帰るね」
「送っていく」
「いい!大丈夫だから!」
そういって日向が走り出す。
それは確かな拒絶だった。
「…待って!!」
自分でも驚いた。
僕は追いかけて日向の手を握りしめる。
「…日向、僕は明日君と初めて出会ったあの橋の上にいるから。ずっと待ってるから。…ずっと待ってる!」
「……!」
日向は僕の手を振りほどき、一度も振り向くことなくいってしまった。
僕に見えたのはたった一つ、日向の涙。
やっぱり、もっと話しておくべきだったのかもしれない。
悔やみきれない想いで僕はその場に立ち尽くした。
そして、翌日。
僕らの別れにとどめをさすように、雨が降っていた。
雨の中、僕は待ち続ける。
あの橋の上、日向を信じてずっと待った。
雨はひどくなる一方で、空を覆う雲のせいで橋の上は薄暗かった。
あと少しで、僕はこの世界から消えてしまう。
けれど日向は来なかった。
『もう…時間だ…』
僕は周りに誰もいないことを確かめた後、宙へと舞い上がった。
「……日向…。…ごめん」
僕がそう呟いた時だった。
「晴!!」
日向の声がした。
僕はその声を頼りに、日向の姿を探す。
すると、橋の上に走ってくる日向が見えた。
「…日向…?」
「晴!私、あなたにいっておかなきゃいけないことがあるの!」
「待って!今降りるから!」
僕はただ驚くばかりで、日向の傍に早く行かなくてはと、降りていく。
「日向、どうして…!傘もささずに!」
すると日向が肩で息をしながらいう。
「…もう…会えないなんて嫌だから…。だから一つだけいっておきたかったの…」
涙をこらえて僕を見る日向。
「………好き…です…」
「…え?」
「…好き…になっちゃったんだもん。わかんないけど…好きだよ、晴…」
日向のその言葉に僕の顔は熱くなる。
「……僕は…あ!」
「…晴?!」
時間だ。
少しずつ僕の姿は空に浮き見えなくなっていく。
僕がいつまでもちんたらしていたからだ。
有無をいわずに強制帰還だ。
「晴!待って!もう会えないなんて嫌だよ!」
「…日向……」
「…晴?」
僕はこの日、最後に賭けをした。
「…君の見る空が千回晴れたら、きっとまた会える。だから、僕が君の傍にいたこと忘れないでいて…。ね、日向!」
僕にとって精一杯の約束だった。
「や…くそ…く…」
日向は見えなくなりつつある僕に小指を出した。
「…うん。約束だ…」
涙と笑顔と僕らの手は、最後の最後で重なった。
そして、僕は日向の世界から完全に姿を消した。
日向に渡したあのオカリナもやがてただのオカリナになる。
雨の中、訪れた僕らの別れ。
僕が僕の世界へ戻される中、日向の奏でるオカリナの音が聞こえた。
どこにいても聴こえたその音色が、雨音に負けていく。
すでにオカリナにかけた神術が解けてしまったのかもしれない。
もう傍にはいられない。
それでも僕の想いは、決してなくなったりしないから、信じて待っていてほしい。
今まで日向の傍にいられたことが、僕にとって大切なものだから。
だってね、日向…、僕は君のことが好きだから。