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君の見る空  作者: 雪樹
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再会はもう一人

あの街並みを一歩一歩登っていく。

朝日よりも夕陽の似合う街。

僕の大好きな街だ。

日向を家まで送ると、僕は自分の暮らす家へ帰った。

その途中、日向との別れ際、日向がいった言葉を思い返す。

『また…会える?』

少しだけ恥ずかしそうに、そしてどこか不安そうに、そういった日向。

『大丈夫、また会えるよ』

笑顔で応えた僕に『よかった』と、安心したように日向が笑った。

そうやって、僕に笑いかけてくれる日向が、やっぱり、大好きだ。



また会えるといっておいて、あれから二週間がたってしまった。

その間、考えるべきことは色々あった。

日向の幸せ、僕がこの世界にいられるタイムリミット、その一年をどう過ごすか。

僕の行動の一つ一つが、僕に関わったすべての人の未来を左右する。

特に、日向はもう、無関係になんてできない。

僕は結局、僕の都合に日向を巻き込んでいるだけなんだ。

そんなことを考えながら、僕はフラフラとあの橋の上へと歩いていた。

「…日向、今頃、何してるのかな」

誰もいない橋の上で、そうつぶやいてみる。

「…晴君?」

ほら、今度は日向の声まで聞こえてきた。

たった二週間なのに…重症だなぁ、僕。

「…晴君!」

「……え、あれ?」

幻聴なんかじゃない?

ゆっくり声のした方を向いてみれば、そこにいるのは紛れもなく日向で…。

うわぁ、僕、ものすごく間抜けな顔で振り向いてしまった。

「…久…しぶり、だね。日向」

もしかしたら、人間にとっては、“久し振り”なんて程、時間は感じていないのかもしれない。

そんな風に思ってしまったせいか、次の言葉が出てこない。

目線が宙を舞う。

そんな自分が情けない…。

「なんだか、本当に久しぶりだね、晴君」

日向の言葉に、さまよっていた視線が日向の瞳に合う。

「だって晴君、全然会いに来てくれないから。もしかして、何かあったのかなって、心配してたんだよ?」

「あ、ごめんね。ちょっと、色々…考えてたんだ」

僕はそういいながら、空を見上げた。

隣に来た日向が、同じように空を仰ぐ気配があった。

「…そうだ、晴君!」

「…!」

突然日向がそういった。

「今日、時間あるかな。もしよかったらなんだけど、ピアノ、弾いてくれないかなと思って。この前、約束してくれたじゃない?」

目を輝かせて、そう尋ねる日向に、僕も微笑む。

「…日向がいいなら、喜んで」

そう答えれば、また笑ってくれた。

優しさにあふれた、暖かな笑顔。

大人びたその綺麗な笑顔が、僕にはまぶしくて仕方がなかった。

「よかった!それじゃあ、さっそく、いきましょ!晴君!」

「うん」

日向、君に何があったとしても、やっぱり君は幸せにならなきゃいけない…。


日向の家に入るのは、二度目になる。

といっても、今の日向にはわからないよね。

七年前に一度、遊びに行かせてもらった。

あの頃と変わらない大きな家には、まだ日向と三枝さんしかいないのかな。

「春日井家へようこそ!ピアノはそっちの部屋にあるから、よかったら弾いてて?お茶持ってくるから!」

そういって日向は僕を案内すると、別の部屋へと入っていった。

僕はいわれた通り、その部屋に入って驚く。

かなり広いスペースにポツンと真っ白なグランドピアノが一つ。

そして壁際に、シックなデザインのソファーと小さめなテーブルがある。

ただそれだけの部屋。

それなのに、圧倒的な存在感を示すその部屋の装飾に、僕は目を奪われる。

「…すごいや…」

それが素直な感想だ。

日向は弾いていていいっていったけど、さすがに勝手に触るのは気が引けるというか…。

そんなことを思って、固まっていると、ふいに背後から気配を感じて、僕は振り向く。

そこにいたのは、昔に比べてずいぶん大人びた雰囲気の男性。

「…もしかして…」

「…晴…さん、ですか」

まだまだ実年齢よりも若く見られるだろうその容姿は、あの頃とさして変わっていないのかもしれない。

それより、まさか僕のことを覚えていて下さるなんて…。

「お久し…ぶりです。三枝さん」

「大きくなりましたね。あの頃はまだ、幼い少年でしたが…」

落ち着いたやわらかな物腰の三枝さんに、僕も気が緩む。

「そうですね、あの頃は本当に子供でした。あの、三枝さん…、あ、いえ…」

僕は調子にのって、余計なことまで口走りそうになった。

この七年、日向に何があったのですか……と。

三枝さんなら、確実に知っているであろうことは、僕にもわかる。

誰よりも日向の傍に居るのは、この人なのだから。

それでも、僕がそこまで踏みいっていいのか、それはわからない。

その時、一瞬、三枝さんの息遣いが変わった気がした。

どこか後悔の色を含むその瞳に、僕も緩んだ気を引き締める。

「…あなたは、ここ数年、この地を去っていたのですか?」

「…はい」

「…ずっと探していましたが、あなたは見つからなかった。…私からは後日、改めてお話します。立場上、この場では申し上げられませんこと、ご容赦ください」

そういって、深々と頭を下げて三枝さんは部屋を出ていった。

三枝さんが頭を下げる必要なんて、これっぽっちもないのに…。

…それと、気になるのは、三枝さんがいった『探していました』の言葉。

どういうことだろう…。

どうして三枝さんが僕を探していたのだろう。

僕がこの世界を去った後、つまり日向が記憶を失ったその時期…。

「唯一わかるのは、僕が全ての元凶だってこと…か…」

無意識に口にでたそのことが、自分自身のことであるからこそ、あまりに的を得過ぎていて、後ろ向きになる。

僕には知らないことが多すぎる…。

前途多難な僕の進む道は、どこかで終わりがくるのだろうか…。

「あれ?」

突然日向の声が聞こえて、僕はハッと我にかえる。

「弾いててよかったのに!おまたせ、晴君」

「いや、さすがに勝手に触るのは…」

「そんなこと気にしなくていいのに!ちょっと待っててね!」

そういって、日向は持っていた

紅茶とクッキーをテーブルに置き、ピアノの蓋を開けようと手をかけた。

鍵盤の軽い蓋ではなく、音の響きを良くする大きな蓋の方だ。

ある程度の重さがあるはずなのに…。

僕は慌てて日向の後ろから手を添えた。

「僕がやるよ。日向だけじゃ危ないよ」

「せ、晴君…」

僕の腕の間で、頬を赤く染めながら、日向はどうすればいいのかわからないみたい。

「今のうちに、蓋を支えるポール立ててくれえるかな?僕一人でも、支えられるから」

「う、うん」

僕の腕を慌ててすり抜けて、日向はポールをたてる。

その一つ一つの仕草に、僕はクスクス笑ってしまった。

「な、何?!晴君!!」

「いや、可愛いなと思って」

僕がそういった瞬間だった。

「そんなことないよ。私なんて、そんな…」

日向の表情からその明るさが消えていく。

その理由が僕にはわからない…。

わかってあげられない…だけど…。

「…日向、ピアノ、弾いていい?」

「…え?あ、もちろん!」

日向は急いで鍵盤の鍵を開け、蓋を上げる。

「どうぞ」

「それでは、弾かせていただきます」

僕は日向に笑いかける。

今はただ、僕の言葉に笑みを失ってしまった日向の表情が、少しでも明るくなってくれれば、そう思った。

そして、僕はピアノの椅子に座って、鍵盤にそっと手を添える。

見守る日向の視線を感じながら、僕は僕の大好きな曲を弾いた。

穏やかな曲調のもので、きっと日向も気にいってくれると思う。

神の世界の音楽は、そのほとんどが娯楽ではなく、精神の安定や神力の回復のためにある。

そして、そのメロディが人に与える影響は計り知れない。

だが、僕が持つ強大な神力を使えば、その影響を弱体化あるいは無効にできる。

今回はほんの少しだけ、音に力を加える。

日向が笑顔になれる魔法のように。

曲はやがて終りを迎え、静かに音が空気に溶けていく。

「いかがでしたでしょうか?」

日向にそう問うと、日向は優しく笑って拍手してくれた。

「とっても上手ね、晴君!曲も素敵…心が綺麗になっていくような。私この曲、好き。…でも…」

「…?でも…どうしたの?」

「…なんだか、すごく切ない…。優しいのに、とても切ないの…」

その言葉を、僕は以前にもいわれたことがある。

『お兄ちゃんの奏でる音は、すごく切ないよね。お兄ちゃんの心が、音になって、僕に伝わるよ?日向さんのこと、考えてるでしょ』

奏でる音は嘘をつけない。

どんなに隠したい想いでも、時には相手に届いてしまう。

「私の気のせいかな…」

「ううん、日向のいう通り…かな。でも、大丈夫。僕は大丈夫だよ」

僕は僕自身にいい聞かせるようにつぶやく。

すると、日向は少し困ったように笑っていた。

「晴君は…」

「ん?」

「晴君はきっと、大丈夫じゃなくても、大丈夫って、答えてしまう人なのね。他人にばかり優しくて、自分を犠牲にして…。あなたは、とても優しい人なのね」

日向はなんだか、ひどく寂しげに笑って見せた。

僕は、優しくなんかないんだよ、日向。

僕はあの頃から、全然成長してないんだ。

「…ねぇ、晴君?さっき弾いてくれた曲、なんていう曲なの?」

「…え、あぁ、えっと“慰めの唄”。弟が大好きな曲なんだ。少しアレンジしてあるけど」

「弟がいるの?」

思いのほか、日向はその話題に興味を持ったみたいで…。

「まぁ」

「晴君に似てる?」

「どうかな、外見は似てるかな。性格は、似てないと思う。晴太は僕と違って素直だから」

晴太のことを思い浮かべながら、僕はいう。

「きっと、かわいいんだろうなぁ」

クスクスと静かに微笑みながら、日向がいった。

「どうして?」

「だって、晴君、とっても綺麗だから」

笑顔のまま、日向は僕をまっすぐ見る。

その瞳は、僕の心にまで届く。

いわれ慣れた言葉でも、日向がいうだけで、特別に聞こえる。

僕は自分の頬が熱をもったことを自覚しながら、そっと笑い返す。

「あり…がとう」

「そんな、お礼なんて…!あ、そうだ、一つお願いがあるんだけど…いいかな」

「ん?僕にできることなら、なんでも」

どこか申し訳なさそいうにいう日向は、その大きな瞳で僕を見上げてくる。

そんなちょっとした仕草ですら、僕は嬉しくなってしまう。

「私、フルート習ってるんだけど、晴君が今弾いた曲、私に教えてくれないかな…って。ダメ…かな」

こんな風にささやかなお願い事すら、一生懸命になれる日向。

僕はそんなところも、大好きなんだ。

「いいよ、もちろん。楽譜がないから、上手く教えられるか少し不安だけど、日向ならきっと大丈夫」

「本当?!」

僕は嬉しくなって頷くと、日向の表情もパッと明るくなった。

「ちょっと待ってて!私とって来るね!ピアノ弾いてて!」

日向はいって、部屋を出ていった。

僕はそれから、そっと指を走らせる。

本当に久しぶりだなぁとか、清太はピアノ苦手だったなぁとか、ぼんやりと考えていた。

きっと、僕がいないのをいいことに、好き勝手やってるんだろうなぁ。

晴太、君の他にも僕のピアノを好きだといってくれる人がいたよ。

そして、少ししてフルートを持って戻ってきた日向に、さっそくメロディーを教えた。

日向は呑み込みが早くて、僕のつたない教え方でも、すぐにわかってくれた。

美しいフルートの音色は、ピアノとはまた違った優しさを作り出す。

そうやって僕らはしばらくの間、音楽を楽しんで、すっかり太陽が沈んだ頃、僕は日向の家を後にした。

その帰り道、僕はポケットから一枚の紙を取り出した。

日向の家を出る時、日向の目を盗み、三枝さんが手渡してくれた小さな紙には、まじめで律儀な三枝さんらしい丁寧な文字で用件が書かれていた。

『後日改めて、お話がしたいのですが、こんな形でのお願いになってしまい、申し訳ありません。日時についてのご相談につきましては、私の方から再度ご連絡したいと思います。何かありましたら、下記の番号にかけていただければ、私専用のものにつながります。それでは、よろしくお願いします』

後で時間を見計らって、僕の方からかけた方がいいのだろうか。

そんなことも考えたが、三枝さんから話してくれるまでは、待とうと決めた。

そして、その三日後、三枝さんから一本の電話が入ったのだった。


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