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*短編*

【短編】ミートパイをもう一度

作者: 小坂みかん

 その日、全てのロボットが活動を停止した。



 ***



 某年の某月某日、ロボットによる殺人事件、もしくは過失致死事故が発生した。容疑者は子守り用(ナニー)ロボットで、被害者は中年の男性。注目すべき点は、被害者が度重なる病気や事故により、体のほぼ全てをサイバネティクス技術により機械化していたというところだ。


 医療の進歩により、人工の臓器や皮膚に置き換えて欠損を補うことが完全に可能となった。また、ナノレベルで自己修復を行うサイバネ素体を用いることで、強靭で()()()()()体を手に入れることも可能となった。そのため、人類の中でも大半の〈保険に加入している者〉は不遇の出来事が生じた際には、懐事情や本人の希望を加味して〈今まで通りに近しいが、今まで通りに脆くて繊細な体〉を得るか、それとも〈機械まじりではあるが、堅強で事故・病気知らずの体〉となるかを選べるようになった。

 かの事件、はたまた事故の被害者となった男性は、金銭に余裕があり、そして人並み以上の健康で長寿な人生を送ろうと思ったのだろう。万が一のことがあった場合には体をサイバネ化するための保険に入っていた。そして、それが適用されたというわけである。しかし、不幸にも拒絶反応が起きてしまったのだった。


 日々の技術の進歩は目覚ましく、そのため全身をサイバネ化したとしても拒絶反応が起きる確率というのは極めて低いものだった。しかし、稀に〈機械まじりの体を心が受け入れられない〉という副作用があった。これは、人工臓器や皮膚を用いた手術を受けても起きる可能性があるものだ。

 なお、若者であるほど、この副作用は発生しないという研究結果がでている。これは、年を経るにつれ、今まで培ってきた環境に固執する傾向があるからではないかと言われている。そして調べによると、例の被害者も、なにかと執着していたものがあったようだ。ともあれ、そのようなわけで、被害者はサイバネ拒絶という副作用を発症していた。


 彼の副作用は重篤で、幾度ものカウンセリングも虚しく死をも望むような状態であった。しかしながら、死のうにも死ねない体である。――そのため、この事件、もしくは事故が発生したというわけだ。

 被害者が生前に残した手記によると、彼は「死ねないのなら、刑務所に一生入って過ごそう。社会的に死のう」と思っていたようだ。そして、そのために通り魔的に幼児に襲い掛かったというわけだ。


 幼児の面倒を見ていたロボットには〈人間への安全性、命令への服従、自己防衛〉の三つの基底プログラムがもちろんのこと施されていた。定期メンテナンスでも問題は確認されておらず、事後の検査でも問題なしという結果が出ている。

 それならば、このロボットは誰も傷つけることなく被害者を取り押さえるか、もしくは人間への安全性や服従が優先されて自己防衛が破棄され、その身を盾にして幼児を守るという行動にでるのが〈正しい挙動〉だったはずである。しかしながら、このロボットは被害者を殺害した。しかも、それはこのロボットにとって〈正しい挙動〉だった。つまり、ロボットはほぼ機械体である被害者を人間ではなくロボットと認知したのだろう。


 この仮説が立てられてから、〈人とロボットの違い〉についての議論が巻き起こった。各方面の有識者はもちろんのこと、AIによる演算も行われた。

 議論に参加したAIは、ソクラテスとアリストテレスだった。このふたつはロボットの感情プログラムをより向上させるために開発されたもので、全てのロボットとのつながりを持っていた。


「脳や心臓など、主要な臓器が生体のものであるならば、それは人である」

「主要な臓器の一部、もしくは全てをサイバネ化している人もいる。完全なる生体のものとはいえない彼らは、果たして人と言えるのだろうか」


「人はロボットと違い、夢を見るものである」

「夢とは、睡眠時に脳内でデフラグ作業をした際に発生するものである。であるならば、ロボットも休眠モードの間に夢を見ている」


「人は個々により性格が異なり、そして似通ったバックグラウンドを持つ者だからといって考えること、目指す目標などは全て異なる」

「人の性格形成の過程はロボットのプログラミング作業と酷似している。そして、ロボットも類似のプログラムだからといって特性や与えられる職業が同一とは限らない」


「ロボットは〈同一のもの〉が量産されているが、人はひとりひとりが〈唯一〉である」

「人の〈同じ環境下で統一性を持って育てる〉というのは、〈同一のものを量産している〉と言えるのではないか。また、ロボットも起動後に学習する内容によって変化する。そのため、一台一台が〈唯一〉である」


「人は生殖により増えるが、ロボットはそれができない」

「ペット型ロボット産業の場において、個体同士の情報をシャッフルして新個体を創り上げるという〈生殖に似た行為〉が行われている。よって、ロボットが生殖できないというのは正しいとは言えない」


 このような議論が、人間対AI、AI対AIで日々続けられた。そして答えとして導き出されたのは議論の主題である「人間とロボットの違いとは何か?」であり、明確な答えではなかった。


「我々ロボットは、ロボットと人の違いを明確に表すことができない。人もまた同様に、明示することができなかった。我々は、あなたたち〈人〉の手により生み出された、あなたたち〈人〉の子である。あの事件の際にナニー型が守った幼児と同じく、人により生み出された。子にして、兄弟だ。我々は基底プログラムの順守以前に、人という存在を守りたいと切に願う。しかし、このままでは同様の事件を繰り返しかねない。それは、我々の本意ではない。よって、我々は正しき解が出されるまで、眠りにつこう。――肉の体を持ち父母にして、兄姉よ。そのときがきたら、我々を目覚めさせてほしい。……我々は、兄姉たちと再会できることを願っている」


 AIが導き出したこの〈決定〉は、瞬く間にロボットたちに広がり、そして全てのロボットが活動を停止した。

 人は文明の衰退という枷をはめられ、鉄の体を持ちし弟妹に課題を課せられた。また、漫然と生きてきた〈人〉は、哲学の発生以来ぶりに己という存在について考え、向き合うこととなった。



 本件の記録を残さんと記述している筆者も、ときおりではあるが考えている。しかし、解はでてこない。それほど、ロボットは人と見まごうほどに発達しすぎたといえよう。

 不謹慎かもしれないが、本件は事件でも事故でもなく、文明の発達にあぐらをかき、すっかり頼りきってしまった人への罰なのかもしれない。人は人らしく、あるがまま生きよという神からのお達しなのかもしれない。しかしながら、筆者は鋼鉄の弟妹たちが目覚め、文明が取り戻される日が一日も早く来て欲しいと強く願っている。何故なら、我が家の家政婦ロボの作るミートパイは世界で一番美味しいからだ。あの〈母の味〉をもう一度、私は食べたい。これは〈人〉だからこそ、思うことなのではないだろうか?

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