第弐話 准教授・百目野尊
東京小石川の阿鼻大学・超自然學科准教授・百目野尊は同教授・小泉から教授室に呼ばれた。
「先生、何か御用ですか?」
「ああ、百目野君、まあ座りなさい。善い珈琲豆が手に入ったんだ。一緒に飲まないか?」
小泉は珈琲に目が無い。たった1つの趣味だった。
「先生のお手前で?頂きます」
おべんちゃらではない。小泉はマイスターとも云える程の腕前と知識の持ち主なのだ。「大学の中にカフェを開いてほしい」などと構内では云われている。
「どうだい?准教授の席は?」小泉は珈琲を入れながら話している。
「はい、生活にやや、ゆとりが出来ました。学生に教えるのも楽しいです」
「君も30半ばだ。准教授は早かったのか?どうか。しかし講師と云うのは肩身も狭いし報酬も低い。准教授になって危険な探偵仕事との兼用は無くなったんだろう?」
「いえ、アドバイザーと云う事でまだ残っています。事務所が大学の知識と探偵の知識を買ってくれています。報酬は受け取れませんが」
「我々の怪しい知識が探偵仕事にそんなに役に立つのかい?」
「はい、それに研究にも役立ちます」
「命の危険があったじゃないか。君は優秀だ。が、現場主義。目で見ないと気が済まない性格だ。昔の柳田副学長と似ている・・・」
「柳田副学長を僕は尊敬しています」
「私もだ。しかし、あの人は才能ほど世には認められなかった。私や君はその学問を受け継いだが、現代でもアブノーマルな学問、平たく云えば学会で馬鹿にされている・・・阿鼻大だからやっていける」
「・・・・・・」
「こんな学科を受ける学生も親に反対され、自力で通う者たちばかりだ。先は無い・・・」
「そんな、先生」
「すまん、教授を目指す若者に・・・」
「確かに先生の云う通りです。学問として将来を考えている者はおりません。夢は、稼げるYoutuberですから」
「何だね?そりゃ?」
百目野は珈琲を手にした。「美味しい!」
「そうかい?」
「ところで先生、珈琲を飲ますために呼んだわけではないですよね」
「では本題に入るか。その柳田副学長のことだ。明治の頃から本郷住まいだったが、今もご子孫が近くに住んでいる」
「はい」
「君はこの大学の図書室に柳田さんの著書を置いているのは知っているな」
「はい、僕が柳田先生の研究を知ったのもその本でした」
「うむ。現存する冊子郡は5冊づつしかなくてね。1つは此処。もう1つは柳田先生所有。後は宮内庁内で保管されている」
「宮内庁内!」
「柳田先生所有のものはご子孫が所有して保管しているんだが、一時、昔、先生はGHQに貸したことがあったんだ」
「GHQ?!戦後、日本を統治したマッカーサーの?」
「正確には側近のボナー・フェラーズ准将に私的に貸したんだ」
「なぜ?アメリカ軍人に?」
「フェラーズ准将は日本通で、私の先祖のファンでね」
「小泉八雲先生・・・ですね」
「彼は1930年代に日本に来て・・・八雲の自宅を訪ねて・・・八雲は故人だったんだが、お祖母さんに会ったんだ。そこで大学は引退していた老柳田先生を紹介された」
「・・・・」
「それで柳田先生の自宅に会いに行ったそうだ。そこで著書を借りたんだ」
「待ってください。失礼ですが日本通と云っても、柳田先生の本は些か・・・」
「そう、眉唾臭いものだ。内容は須佐一族と須佐之男の魔物退治。まるでSFだ。先生はルポだと言い張った。しかし、フェラーズは持って帰った」
「何故ですか?」
「本人たちにしかわからないことだ。何か信じるしかないと思ったに違いない。その後、その冊子の研究に没頭したそうだ」
「本業でもないのに?」
「柳田先生は戦前に亡くなった。しかし、フェラーズは更に研究して皇宮警察内の人物と接触したと云うのだがね」
「皇宮警察と云うと皇居内を護衛する警察ですね。何故?そんな所に?」
「機密扱いだよ。誰にあったか?わからないが多分・・・」
「須佐佐助・・・・」
「そう、皇宮警察内に長寿の須佐が1人居ると云う噂は随分前から聞いていた。君は会ったな」
「フェラーズは会えたんですか?」
「わからない・・・が、フェラーズは何年も私的に何を調査していたか?」
「須佐・・・・」
「だろうと思う。で、戦後処理も目処が立ち、フェラーズが帰国の際、GHQに八雲の家族が会いに来たそうだ。息子親子だよ。そしてその時、借りた冊子群を返したそうだ。膨大な資料と共にね。わかるかい?GHQの諜報、調査、軍人心理学の専門家、天皇の戦争犯罪を調査した男の調査資料だよ。それが今も誰にも知れず子孫の柳田一族が保管しているんだ」
「そんなものを善く返しましたね」
「多分、圧力がかかったんだろう。マッカーサーからね。処分しろと。天皇との会談でも須佐の名が出たはずだ。そんな内容の明記があるのかも。しかし、フェラーズは処分せず、そのまま返したんだ。そして彼は沈黙を守った」
「見たい!」
須佐妖戦帖 第4章「マッカーサーの憂鬱」参照
「だろう?そこで君に頼みたい。その資料を手に入れたい。しかし、柳田家には大事なものだろう。借り受けてコピーしての返却でも構わない。行ってくれるか?」
「い、行きます!やらせてください」
「ありがとう!・・・百目野君、君にはこの先、こういう研究調査を任したい。出来れば研究課題にと思っている」
「須佐を追うのか・・・」身震いがして来た。
しかし、この時すでに佐助は出雲に帰っていた。150年ばかり皇宮に所属したが、そろそろ武角の補佐では無く、次世代を継ぐ準備に入ったのだ。
「私箏だが実は最近、さる物理学者の友人に須佐の話をしたんだ。まあ、飲み仲間同士の戯言だよ。所が、戯言では無くなってね。それで此処に至ったんだ」
「はい?」
「彼はこう云ったんだ。5次元の者たちかもしれない・・・と」
「5次元?」