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09 突然の嵐

 お菓子屋さんでのオープン時限定アルバイト期間も無事に務め終え、私は家でのんびりと本を読んでいた。


 先程降り出した激しい雨がポタポタと、軒先を滑って落ちる。ついさっきまでは晴れていたのに、天気が変わるのは一瞬のこと。


「……リィナ、リィナ」


 なんとなく雨の降る窓を眺めていた私に、階下からお母さんの呼ぶ声が聞こえた。


 私は本にしおりを挟んで閉じると立ち上がり、パタパタ階段を下りる。


「はーい」


「リィナ。早くいらっしゃい。獣人の騎士様が、いらっしゃっているわ」


 玄関から聞こえて来るのは、のんびりとはいかない切羽詰まったようなお母さんの声だ。


 え。シュー様かな? 


 今週末に彼は、この家にお付き合いするという挨拶に来る予定だ。


 確かに家は既に知っているとはいえ、今日は騎士団のお仕事のはず。付き合いたての彼から詳しい予定を聞いていた私は、首を捻りながら玄関へと向かった。


「リード様」


 なんと予想外の人だ。銀髪のリード様が、そこに居た。


 ポタポタと濃い灰色に見えるほど濡れた髪から雨の雫を落とし、紺色の騎士服が更に濃い藍色になってしまっている。え。こんな雨の中で、傘も差ささない程度に急いでくるなんて……何事なの?


 嫌な予感が、胸を叩いた。嫌だ。どうか、当たらないで。


 私が来たから、自分は部屋の中へと一度引っ込んだお母さんが、大きな布を彼に渡す。彼の来訪に驚いている私を見て、苦しそうに言った。


「すまない。シューマスは、もう君には会えない」


 どこか遠くで、雷が鳴る音がした。



◇◆◇



 とりあえず玄関先ではなんだからと場所を応接室に移し、椅子に座って腰が落ち着くと、私は震える手を握り締めながら言った。


「あの、何があったんですか?」


 もしかしたら、彼の身に何かあったのではないかと思うと震えが止まらない。


「……君に運命の番の話を、前にしたことがあると思うが……」


 言いにくそうに切り出したリード様に、私はもしかしてと思ってしまった。嘘でしょ。物凄く確率も低いんでしょ。それに、まだ出会って一週間も経ってないんだけど。


 もしかして……このタイミングで?


「……はい」


「シューマスに……運命の番が、現れた。いや。もう再度会った、と言うべきか……実はシューマスは二年前。十八の頃に、運命の番に会っているんだ」


「え。待ってください。会っている……? でも……シュー様は」


 彼は独身のはずだ。だって、そうじゃないと私に求婚なんかしたりしない。犬獣人は、番を大事にするという性質も持っているはずなのにと不思議に思った。


 運命の番と既に出会っているになら、お互いに番になっているはず。


「シューマスの運命の番。彼女の名前は、カリンというのだが。当時、彼女は既婚だった。だから、運命の番は成立せずだった。万が一にも、彼女にまた会わないようにと、隣国アディプトで騎士として就職し働いていたのだが……」


「え。既婚……だった?」


 何故、過去形になっているの……?


「カリンは、現在は未亡人だ。一年前に夫を喪って、もう既に喪も明けている。夫が居なくなり、運命の番を求める本能が目覚めたのだろう。昨日、彼女がシューマスを訪ねてここまで来たんだ」


 そんな……私はクラクラとして、頭を押さえた。何この……よくわからない状況。


「では運命の番は、成立したんですね……」


「いや。していない。シューマスが自分にはもう君が居るからと突っぱねたんだが、まだ結婚もしていないのなら関係ないとカリンが食い下がったんだ。どちらにせよ……獣人は番を求める本能には勝てない。いずれあの二人は、成立するだろう」


「本能には、勝てない……」


 呆然として、私は呟いた。そっか。獣人だもんね。理性より本能が強いから……だから。


「カリンに番がいない以上。二人を止めることが出来るのは、番候補の君だけだ。だが、蜜月もまだで出会って日が浅い君に、シューマスの本能を止めることは出来ないと思う。残念だが」


「えっと。その……蜜月っていうのは……」


 獣人特有の習慣なのだろうかと尋ねた私に、彼は頷いた。


「獣の本能が落ち着くまでの間……寝所に篭もるんだ。だが、結婚もまだの君には、それは難しいと思う」


 そんな……じゃあ、私たちの関係はもうこれで終わり? こんなに、あっけなく終わってしまうの……。


 知らずに頬につうっと、涙が一筋こぼれた。


「すまない。君にもっと……説明をしておけば良かった。可能性を予知できずに、排除もしていなかったシューマスと俺の責任だ。散々気を持たせた挙句に、こんなことになるなんて。本当に、申し訳ないと思っている」


 リード様は、辛そうに顔を歪めて頭を下げた。


 私は彼にどうか頭を上げてと、一言だけなのに。声を出すことも、出来なくなっていた。

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