07 揺れる尻尾
パタパタパタパタ。
リード様が去ってから、仕事帰りな服装のシュー様は私の隣に腰掛けた。
私は男らしく端正な顔立ちを持つシュー様のお顔と、カウンターの下で揺れる尻尾をこっそり見比べる。
とっても格好良い顔と、カウンターの下で可愛く揺れる尻尾が、ぜんぜん合わない。
「ごめん。気になると思うんだけど……嬉しくなると、自分でも止められないんだ」
少々恥ずかしそうに照れつつそう言うと、シュー様は俯いた。
……ん?
今。胸がきゅん、としたような。いわゆる、ギャップ萌えという……これは……ベタすぎるときめきのシチュエーション!! そんな場所を、男性とお付き合いなんかしたことのない私が通ります。
不意打ちのときめきのあまりの恥ずかしさに、ブンブンと勢い良く首を振ってしまった私を、何があったのかと不思議そうな表情をしてシュー様は見た。
「え? どうかした?」
「いえ。なんでも!!」
隣に座っている女の子がいきなり首を振るという思わぬ事態に戸惑った彼の質問に対し、私は食い気味に答えた。シュー様は納得はいっていない様子だったけど、とりあえず話題を変えることにしたようだった。
「そう……? リィナは、獣人の習性を知りたい?」
「いえ。あの、これまでにリード様に粗方、お聞きました。とりあえず聞きたかったことは聞けたので……ごめんなさい。ありがとうございます」
肩を竦めると、シュー様はカウンター内の店員さんを呼んで、自分のエールと料理を注文した。
「そっか。時既に遅しだね。リィナは、どうする? 追加注文する?」
「私は、もう結構です。美味しくて、食べ過ぎちゃって……」
リード様のおすすめのお店は美味しかったから、まだ食べたい気もする。複雑だけど断るしかない。
一皿だけでもかなりボリュームが多いお店なので、お腹いっぱいになってしまった。
「何か聞きたいことがあるなら、僕に聞いてくれたら良かったのに……」
シュー様は不満そうに、口を尖らせた。
そうは言っても。ご本人にあなたの体質、習性はどうなんですか。などと、聞き辛い。そこは、乙女心をわかってほしい。
「というか……あの」
私は意を決して、話を切り出した。そうだそうだ。こうして、ご本人に聞くチャンスがあったなら、聞きたかったことだ。
「うん。何?」
「シュー様は貴族なの……ですよね?」
この国アティプトでは、平民には姓を持たない。大体は地域の何々さんで済んでしまうし、姓を持つのは身分ある貴族だけだ。
「うん。僕は隣国サリューの貴族では、あるね。でも、僕は三男だから。あまり関係ないよ。家を継いだりそれを手伝う兄達とは違って、僕は自分で身を立てなきゃいけないからね」
ふむ。これはお父さんの言っていた情報通りだと、私は頷いた。
確かに家を継ぐ嫡男やスペアとなる次男以外は、身分は貴族であったとしても騎士や医者や実業家になるなど、その辺りで自らに合う職業を持ち、自分で身を立てていくことになる。
……例外だけど、あとは息子を持たない総領娘に婿入りするか。
「あの……シュー様は、貴族なのに。私のような、何も持たない平民と結婚しても、大丈夫なんですか?」
「結婚してくれるの?」
割と真面目に聞いていたんだけど間髪を入れずに返された言葉に、私は赤くなって俯いた。その時の、シュー様の表情は見えない。
「えっと……その、もし良かったら。そのお話を前向きに考えてみようかと、今は思っていまして」
いきなり、ガバッと大きな体に抱きしめられた。あったかいというか、熱い。鍛えられた筋肉を思わせる熱が伝わって来て、心臓が高鳴った。
「嬉しいよ! 良かった!」
胸に顔を当てるように抱きしめられた。シュー様のお顔は見えないけど、彼の背中の下にある尻尾がパタパタパタパタさっきより激しく揺れていた。
それを見て。なんだか、心がほっこりと温かくなった。