06 獣人の習性
獣人についてのいくつかの注意点の後に、こつんと音を立ててエールを机に置くと良いかと前置きしてから、銀髪の騎士リード様は言った。
「獣人の耳と尻尾は、触るな」
私はその言葉に釣られてすぐ横の席に座っている、リード様の頭の上にある獣耳を見た。
立派な銀色のお耳だ。
なぜ親しくもない彼が横に座っているかというと、テーブル席が満席でカウンターへ案内されたからだ。これは不可抗力で、仕方のない出来事。
「なぜでしょう」
私が尋ねると、彼はニヤリと笑った。
シュー様も端正な顔立ちで格好良いけど、リード様は女性的な顔立ちでとっても綺麗な顔をしている。
獣人はみんな、顔が良いのかしら。あと、騎士服補正は絶対あると思う。着ているだけで、何割増しか格好良いもの。
「そうした行為に誘っていると、思われるからだ。君がそうしたいのなら止めないが」
彼の言葉を聞いて、私は少し顔を赤く染めた。直接的な言い方ではないけど、こちらは一応嫁入り前の娘だ。わかってると思うけど。
「その…その他には、何か気をつけておくべきことはありますか?」
変な空気を誤魔化すようにして話を変えると、そうだなとリード様は顔を上げて考えるように目線を上に向けた。
「あまり……獣人の数の少ない国では、関係がないかもしれない。だが、獣人同士には運命の番というのが居るな」
「……運命の番? ですか?」
聞いたこともない単語に首を傾げる私に、リード様は頷いた。
「あまりないことなんだが……一目惚れを男女同時にする、というか……出会った瞬間に、番になるというか。どう言って良い物か。説明が難しいな」
「……その……それって、他に番が居ても、ですか?」
いいやと彼は首を振ると、手に持ったエールをあおってから言った。
「結婚して蜜月を過ぎた番がいる獣人は、運命の番の衝動を抑えられる。だが、お互いに決まった番が居ない状態にあると、どうしても自動的に番になるな」
と、すると……私はただの番候補だから。シュー様が今運命の番に会ってしまうと、そちらを番と思ってしまうということなのね。
ふんふんと納得して私は頷きながら、こくこくと水を飲んだ。柑橘系の果汁が入っているのか、さわやかな喉越しだ。美味しい。
「……ほとんどの獣人は、運命の番には会わない。会ったとしても百人に一人以下という低い確率だな。しかも、この国には獣人が少ないから会う確率も少ない。そういう事があるといった程度の情報だ。心配するほどではないとは、思うが」
リード様の青い目を見ながら、私はふむと考えた。
運命の番って、なんだかロマンチック。小指をお互いに赤い糸で結ばれているという、恋人伝説みたいなものかしら。
乙女っぽい妄想をしている時に、後ろからくいと肩を引かれた。
「リィナ」
「シュー様」
固い表情をしたシュー様が、私のすぐ後ろに居た。
「探したよ。君たちが連れ立って、どこかに行くのを見たっていう同僚が居て」
いきなりの彼の登場に驚いた私とリード様の間に、シュー様は壁の役割でもするかのようにして体を入れた。
「リードさん……これは、どういうことですか?」
リード様はにやにやと悪い笑みを浮かべながら、エールを一気に飲み干すとサッと席を立った。
「俺は彼女から獣人の習性を知りたいと、聞かれただけだ。あとはリィナさんと、詳しく話でもしたらどうだ?」
眉を寄せたシュー様は、獣人の……? と、つぶやくと私に向き直る。
「僕に聞いてくれたら……いくらでも、教えてあげるのに」