猫被り
「…逃げられちゃったんですね」
私はなんとも言えない気持ちになった。あの怒りがにじみでるような薄紫の目がどうしてもチラつくからだ。イライザさんは煙のように消えた。なんでも、優秀な捜索隊でも匂いが追えなかったらしい。
「…やっぱりリィナのところに、行ったか。巻き込んですまない」
リード様が頭を下げてくる。本当に苦労人だなぁ。私は苦笑した。
「リード様のせいじゃありませんから」
「いや、兄貴のせいだろ。今までクソ猫を甘やかしたツケが今回ってきたんだよ」
「…すまない」
項垂れるリード様。
「リードさんを責めてもイライザ姫は見つからないから、次の方策を練りましょう」
シュー様が冷静な声で言った。
「でも、捜索隊でも見つからなかったっておかしいですね」
すごく優秀な人達をお金に物を言わせてスタンリー公爵は雇っているらしい。獣人の番への執着の高さが窺える。
「あるところから匂いが途絶えているらしい」
「そんなことってあるんですか?」
「…もしかしたら移動魔法を使っているのかもしれないな」
「禁忌の術だが、王族であるイライザなら知っていてもおかしくないな」
「ますます頭イッてるな。アイツ」
面白げにナッシュさんは言った。
「禁忌の術って…どうしてですか?」
私は不思議に思って聞いた。魔法で移動出来るなんて使えたらすごく便利そうだ。
「…使うたびに正気を失っていくんだ。距離にもよるが…あまり多用すると良くないだろうな」
言いにくそうにリード様は眉間にシワを寄せる。
「…それで…あんな」
私は冷静さなんかかなぐり捨てたみたいなイライザさんを思い浮かべた。
「…リィナ?」
「いえ、あのイライザさんはもしかしたら結婚式前にもリード様を見に来ていたのかもしれないと思ったんです」
「どういうことだ?」
「…結婚式の時、明らかにおかしかったですし、私だったら無理矢理仲を裂かれた恋人を見るだけでも見たいって思うだろうから…」
そう、イライザさんはそのためにどんどん狂っていってしまったんじゃないだろうか。我知らず、隣にいると言うだけで突き落としてしまうくらい。
我慢が利かなくなるくらい、愛してしまったのなら。




