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04 黒い毛の犬①

 それから、翌日。


 私はいつもの通りにクッキーを持ったバスケットを片手に、うろうろと街の大通りを歩いていた。


 サクサクした食感に甘さを引き立てる隠し味に少しだけ塩を振ったクッキーは、王都でも口コミで人気になって来たらしく、声を掛けられることも増えてきた。


「あら」


 クッキーの試食というお店へと誘う撒き餌がひと段落して、休憩のために通りの隅へ寄ると大きめの黒い犬が近づいて来た。


 つぶらで大きな黒い目が可愛い、癖のあるふわふわした黒い毛を持つ長毛種だ。


 行儀が悪いけれど、私はスカートを地面につかないように道路に座り込むと、黒い犬においでおいでと手招きをした。


 クッキーの甘い匂いに釣られて……私に近づいてきたのかしら。


 クッキーを取り出して、二つに割ると鼻先に差し出す。クゥクゥと甘えた声を出して、クッキーを長い口でパクリと咥えた。美味しそうに咀嚼すると、くうんと甘えた声を出した。


「ふふっ。とっても、可愛いわね。どこかの飼い犬かしら?」


 毛並みが綺麗だし長毛にも関わらず、飼い主からこまめなブラッシングも受けているのかサラサラだ。


 黒い犬は首を少しだけ傾げるつつ、私をじっと見つめた。


「あなた。大事にされている飼い犬でしょ。おうちが近くなの? 早く帰らないと、飼い主の方が心配しているかもしれないわね」


 周囲を見渡しても、飼い主らしき人は見つからない。だから、はぐれてしまったのかもしれない。


 迷い犬を見つけた時には落とし物と同じで、近くの公営騎士団詰所届け出るのが普通だ。


 だがしかし……と、私は悩んだ。再度、シュー様に会うかもしれない。


 私はシュー様の騎士団での所属は、わからない。けど、休憩中に辺りをうろつけるくらいだ。この近くでお勤めなのは、多分間違いない。


 正直に言おう。会いたくない。


 説明さえすればすぐに解ける誤解とは言え、こちらから求愛して、あちらから求婚? らしきものをされた仲である。


 誤解は、いつかは解かねばならない。けれど、なんとなく今日それをするのは、面倒くさい気持ちはある。しないといけないことを先延ばししてしまうのは、悪い癖だけどこれは絶対に近いうちにはするので許して欲しい。


 そうだ。私の仕事が終わるのは、もうすぐだし。家に連れて帰って弟のロニーに連れて行ってもらおう。


 あの子だったら、シュー様に面は割れてないはずだし。


「もう少しで私の仕事が終わるから……一緒に居ましょうね」


 微笑んで立ち上がると、賢そうな黒い犬は頷いたように見えた。


 家に連れて帰ると、学校帰りのロニーはすごく喜んだ。この子は昔から、とても犬好きなのだ。


 迷い犬だから騎士団詰所まで届けるように言うと、渋るように口を尖らせた。


「このまま家で飼いたい」


「ダメよ。こんなに大きな犬、どこに置くの」


 子どもほどの大きさがある犬だし、しつけも行き届いているようだし飼い主は大事に育てているようだ。その辺の外にくくって置くわけにもいかない。


「僕と一緒の部屋に、住めば良い」


「とにかく……ダメ。私たちには所有権はないのよ。飼い主の方が心配しているかもしれないから、届けてらっしゃい」


 私の言葉にぷりぷりと文句を言いつつ、黒い犬と連れ立って詰所の方向へと向かう。


 はーっ……良かった。これでいち段落だわ。


「リィナ。おかえり」


「父さん、ただいま」


 珍しく店ではなく、家の方でお父さんが出迎えてくれた。


「犬獣人の件なんだがな、どうやら給餌はかなり上級の愛情表現らしいぞ。熱烈に求愛されたと先方に誤解されてもしょうがないらしい」


 この情報を私に伝えるために、待っていたくれたらしいお父さんは困ったように顎に手を当てた。


「でも……誤解なのよ。この前も言ったでしょう? 両手が塞がっていたからお渡し出来なくて、そのまま口元に持っていっただけなのよ」


 そう説明すれば伝わる、単純な誤解なのだ。向こうだって私が獣人の常識を知らないと知れば、わかってくれるだろう。


「だがなぁ……向こうはそれを受け入れて、人前で求婚までしてくれているんだぞ。すみません。誤解でしたじゃすまないだろう。それに向こうは、姓持ちだ。サリューでは下位なのかもしれないが、貴族だろう。不敬だとリィナが罰せられる可能性もある」


 ……え?


「ちょ……ちょっと待ってよ! クッキーを食べさせただけなんだけど!」


「お前は誤解だと言うが、向こうにしてみたら人前でとんだ恥をかかされたと思うだろうな。貴族に逆らったと噂が流れたら、うちの商売だってどうなるかわからない」


「そんな…」


 確かに商売人は信用が命だ。噂だけでも命取りになる。


 これまで楽観的にしか考えていなかった私は、顔が真っ青になった。


 誤解なら解けば良いと、思ってた。私は求愛行動と思ってあれをしていないので、彼だって勘違いだったかーって笑ってくれると思って……。


 それで、一件落着すると。でも……そういう訳にはいかなくなってしまった。

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