03 はじめての痴話喧嘩?
私は翌日も同じようにして、バスケットにクッキーを入れてうろうろとお店の周りを歩いていた。
そんな私は店の建ち並ぶ大通りを歩く人たちから生温かな視線を時たま感じるけど、それはそれこれはこれ。
確かに恥ずかしいけど、引き受けた仕事の日数はきちんと働きたい。
「リィナ」
「シューマス様」
頭にピンと立った、黒い獣耳が可愛い。犬獣人で美形の騎士様が、そこに立っていた。
黒い髪に黒い目。どこか可愛らしさもある端正な顔立ちに、紺色の騎士服はとっても良く似合う。
「昨日は、すまない。ああして言わずにいられなかったとは言え、せめて場所を選ぶべきだった」
彼は反省したように、少し俯いて言った。
あら。会って十分も経たずに求婚した割には意外と常識的なんだな。なんて失礼なことを思いながら、私はにっこりと微笑んだ。
大人の対応、大人の対応。
「いいえ。私こそ……あの、クッキーを無理に食べさせてしまって、すみませんでした。えっと……」
完全に誤解なのだと説明しようとしたら、ばっと音がしたのかと思うくらい勢い良く顔を上げシューマス様は言った。
「無理に、なんてっ…その、僕がその場で君からの求愛を受け入れたというのもあるし…」
後半もごもごとして、口籠る。うん。そうじゃないんだけどな。本当にこの誤解どうしよう。
「その……シューマス様。実は、私たちの間にはある誤解が……」
「リィナ、シューと呼んでくれ」
キリッとした表情で私の言葉を遮りながら、シューマス様改め、シュー様はきっぱりと言った。
「それより……リィナ。この仕事は辞めてくれないか。この仕事の給金に代わるお金なら、僕が出すから」
とても言い難いが、どうしても言わなければならない。という空気を作りながら、シュー様は言った。
ちょっと待ってよ。昨日初対面だったのに、人の仕事に口出し? 失礼ですが、これまでどういう教育を受けて来られました?
「シュー様には……何に関係ないことかと思いますが」
私はイライラした口調を隠せずに、言い返した。
新規オープン時期限定の店員で、後数日の契約とはいえ、一度引き受けた仕事だ。
……ましてや、昨日知り合ったばかりの知人に、口出しされるいわれはない。
「関係ないことなんて……ない。その、君がクッキーをまた誰かにあげたりするのを指をくわえて見ていたくないんだ。もちろん。補填はするし……他に何が欲しいものがあるなら、僕に言ってくれたら」
……うん。それが私の、今のお仕事だからな。
それに別に何が欲しいからって、働いてる訳でもない。私は引き受けたからには、仕事を完遂したいのだ。それは、誰かに何言われても変わらない。
「シュー様。何を言われようと、私は仕事を辞めるつもりはありません……それに、貴方にこれから何か買って頂くつもりもありませんから。私は自分の欲しい物は、自分で買います」
えと驚きに目を見開いて、シュー様は怒った顔の私の手を掴んだ。
「番候補にプレゼントをするのは、雄の愛情表現だ。それを断るということの意味を、わかっているのか?」
……そうなの? 獣人の常識が、全くわからない。
私より体温の高い手で私の手を握り必死な顔をした美形のシュー様の顔を、不思議な気持ちで見つめた。
彼にクッキーを食べさせたのは、ただ両手塞がっていて、大変そうだったからだった。
あれはそれほどまでに、獣人の中では大変なことだったのかしら?
「おい……シューマス。良い加減にしろ。休憩終わったぞ」
いきなりシュー様の首を掴んで、私から引き離したのは銀髪で青い目の騎士様だ。この人の頭にも大きな耳がある。彼も珍しい獣人だ。
あ。昨日シュー様を回収して行った三人の騎士様の内の一人だと、私の記憶と照らし合わせる。
「リードさん。ちょっと待ってください! 今、大切な話の途中なんです」
「良いか。お前は大切な仕事の途中で、休憩時間は終わり。彼女は大切な仕事の真っ只中だ……黙って、仕事しろ」
シュー様はなんだかんだ言いながら、いきなり現れたリードなる騎士様に首を掴まれて、連れられて行く。
もうっ……ちょっと話しただけなのに、つっかれたわ。結局、誤解も解けてないし……。
周囲の好奇の視線から逃れるように、よろよろと私は歩き出した。