おでこツン
「すまなかった。怖い思いをさせて本当にすまなかった。…お前も何か言え、ナッシュ」
左手で納得のいってなさそうな表情のナッシュさんの頭を下げさせながらリード様は頭を下げた。
あの後すぐに帰ってきた兄のリード様に引き剥がされたナッシュさんは口を不満そうに結んでいる。
「番のいない雌に交際を申し込んで何が悪いんだ。兄貴」
「リィナは人間だから雌じゃなく女性と言え。ナッシュ。言葉遣いに気を付けろ、とあれほど言ったのに全然直ってないじゃないか。それにリィナは獣人じゃないから驚いて当然だ。こちらでは当たり前でも場所が変われば常識も違う」
呆れたようにがしがしとナッシュさんの短髪を混ぜる。
「それにリィナは、エクレールの弟のシューマスと交際中だ。お前は邪魔者になりたいのか?」
「交際中なだけなら番候補の申し込みは自由じゃないか。俺は兄貴がなんで謝っているのかわからない」
いや、わかってよ。
意味のわからない展開に泣きそうになっていた私はようやく冷静になって心の中でつっこんだ。
普通は交際中だと売約済み扱いに一般的にはなると思うんだけど。
リード様は参ったな、とため息をついた。
「リィナが獣人なら確かにそうだが、彼女は人間だ。サリューの常識とは違うんだ」
「嫌だ。交際中ならその雄に勝負を申し込む。彼女は渡せない」
「急にどうしたんだ、ナッシュ。年頃になってもお前は雌には目もくれなかったのに」
「一目惚れだ」
一言言って私を青い目で見つめるナッシュさんにリード様は頭を抱えた。
コツコツ、というノックの音の後、エクレール様とシュー様が帰ってきた。
「シュー様」
私は思わず駆け寄って、腕を掴んだ。背の高いシュー様を見上げる。
「…リィナ?どうしたの?」
不思議そうに見返してくる。ええ、少しの間にいろいろあったんですけどどう説明したら良いものか。
「ナッシュ来ていたのか」
「団長、明日から休暇取って良いですか?」
戻ってきたばかりのエクレール様は長めの無精髭を触りながら不思議そうな顔をした。
「理由は」
「彼女を俺の番にします。交際中のシューマスから奪い取らねばなりません」
ぶっと吹き出してエクレール様はおかしそうに大声で笑い出した。いや、笑い事じゃないですよ?弟の交際相手ですよ?
「今まで雌には目もくれなかったお前が恋をするとはな、面白い好きなだけ休め」
「ありがとうございます」
無表情でナッシュさんは頭を下げた。
「リィナ、なんとなくわかったよ」
「シュー様」
「大丈夫。心配しないで」
シュー様は見上げる私を安心させるようにおでこを重ねた。




