01 甘いプロポーズ
母親経由で頼まれた、お菓子屋さんのアルバイト。
今は絶賛無職という家事手伝い兼家業の手伝いだし、自慢ではないけど時間だけは余っている。
暇だし少しの間なら、いっかーと引き受けたら、私の想像力なんて、はるかに追いつかない大変なことになった。
◇◆◇
新規オープンしたばかりのお菓子屋さんの店主より与えられた私の仕事は、お店の周辺をうろうろ歩きながら、一番手軽なお菓子クッキーを試食して貰いお店に興味を持ってもらうことだ。
ある曲がり角に佇む男性を見つけ、彼の前で何をしているのだろうと私はつい見入ってしまった。
「やぁ、こんにちは」
視線に気が付き感じよく挨拶をしてくれたのは、両腕いっぱいに荷物を持った騎士様だ。
試食用のクッキーの入ったバスケットを持った私は、挨拶して貰えるとは思わなくて少々驚いた。
なぜ彼が騎士様であるかわかったのかというと、紺地に白のアクセントの効いた、とっても格好良い制服を着ていらっしゃるからだ。
治安を守る騎士様達は、街の女性全員の憧れと言っても過言ではない。響きも、とっても良いよね。職業が、騎士様。最高。
「こんにちは……えっと、大変そうですね。重くはないですか?」
騎士様はとても背が高いのに、彼の持つ荷物の高さは優に頭の上を越しているのだ。何が入っているのかは知らないけど、長い間持っているのは大変だろうと思う。
「それが、上司命令なんだ。この荷物を持って、この場所で待機せよってね。それしか聞いてないから、僕は言う通りにするしかない」
苦笑しつつそう言った騎士様は、背が低い私からは顔が見えにくい。それに、逆光になってお顔の辺りが影になって、見にくかった。私はというと、とても良い声を持つ彼の顔を見たい。
「荷物を地面に降ろしたら、ダメなんですか? ……そのままじっとして持っているのは、すごく大変そうで……」
「上司の命令は絶対なんだ。これも、仕事の内だからね。平気だよ。心配してくれて、ありがとう」
彼はそんな状態であるにも関わらず、器用に肩を竦める仕草をした。
騎士様は自分たちが女性に人気があることをよく知っているので、必要あって話しかけても素っ気ない対応をされることが多かった。けれど、この方は、なんだか親しみやすい貴重な騎士様のようだ。
「あの、良かったらクッキー、いかがですか? 手は離せないと思うので、私がお手伝いします」
私は精一杯の営業スマイルをして、にっこり笑う。荷物で私のことは、見えてないかな? けど、こういうのって、気持ちだもんね。
「……え?」
彼が息をのんだ気がして、私はなんでだろうと不思議だった。そうおかしな事を言ったつもりも、ないんだけど。
「ふふ。とっても美味しいんですよ! うちのお店のクッキー。私もこれは間違いないと思いました。もちろん、特別に無料です!」
「え、でも僕たち会ったばかりだし」
騎士様が良くわからないことをもごもごと言ってるのを無視し、私はハート形のクッキーを口元に差し出した。やっぱり顔は影になって見えにくいんだけど、少々見えている口元だけでもとても整っている。
「はい。どうぞ」
ラブラブカップルが良くするあーんのかたちになってしまっているけど、彼が両手が塞がっているからこれは仕方ない。
それに、憧れの騎士様だし、大サービスだ。
背の高い彼は戸惑いながらも腰を落とし、クッキーを食べてくれた。
サクリとクッキーをかじった音が聞こえて、私は手を離した。お仕事完了。満足感で自然と、にこっと微笑んだ。
手に持ったバスケットに、私は目線を落とす。
店が新規オープン直後にはどんな味かと気になる人に我も我もと迫られていた勢いはないものの、かなり減りつつある。
これだと時間まで、数が足りないかもしれない。一度店に帰らないとな、なんて思いながら私は視線を騎士様に戻す。
そこには驚きの光景が、広がっていた。
黒くて大きな獣耳をピンと頭の上に立てて、美形の騎士様は真っ赤な顔をして跪いて私に手を差し出した。
「僕と結婚を前提に、付き合って欲しい」
私は、あれ? 荷物はどうしたんだろう。結局置いちゃったのね。これ仕事的には大丈夫なのかな。なんて考えながら、信じがたい光景を前に、現実逃避していた。
「あんなに、可愛い求愛をされたのは……初めてだ」
そんな……照れつつ言われても、完全にそれは誤解なんですけど。
クッキーを、口元に持っていったことかな。嘘でしょ。
獣人には給餌が愛情表現になるって、昔誰かに聞いたことあるような、ないような。
「あの……あの……?」
ここでキッパリとそれは誤解ですと、咄嗟のひと言が言えない仕事の出来ない私。
「僕の名は、シューマス。シューマス・ラングレー。どうか、シューと呼んで欲しい。君の名前も教えて欲しい。可愛い人」
「え? えっと、リィナです」
あわあわと気が動転する私と、大通りで跪き愛を乞う犬獣人の騎士様。
たかる野次馬。置かれた荷物。収拾つかず。
えー!? もう、なんなの。嘘でしょ!!