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「よし、止めて良いぞ」

 その合図と共にぴたりと歌が止まった。歌い続けていたから、喉がカラカラだ。俺たちは四人とも飲み物へと手を伸ばした。そして一息吐いたのを見たのか、惺さんが言った。

「周りを見てみろよ。

 何か思う事はねーか?」

 俺は周りを見た。太陽が少しずつ顔を出し始めている。夜がだんだん追いやられていく。その攻防を示すかのように、夜と昼の美しいグラデーションがあでやかに輝いていた。雲は切れ切れになって光が俺たちの所に届くようにしてくれた。こんな光景は初めて見たけど、これが見事な朝焼けって奴だと思った。

「すげぇ……」

 それしか言えなかった。他の三人もその景色に見入っていた。

「俺がお前らに見せてやりたかった光景だ。

 満足のいく景色だろ?」

 みんな素直に頷くしかなかった。それほどにこの景色は美しかったんだ。いつの間にか、惺さんは俺の近くに来て座っていた。そして俺にしか聞こえないような声で言った。最初から俺に言う事があって、そのつもりで来たんだろう。

「お前は、この景色を歌にするんだ。

 歌にこの美しさを表現する。

 この美しさを表現するにはどんな曲が適切だ?」

 俺は迷わず答えた。

「ロックじゃ無理だ。

 少なくとも、俺たちのロックじゃ無理だ」

 俺たちが作ってきた曲をさっきまで歌っていた自分なら分かる。俺たちが歌うロックはこんな凄い景色を歌に、想いにして込める事はできないって。少なくとも、それが出来る可能性を持っているもの。それは――

「これを表現するんだったら、俺たちのロックじゃなくて……

 俺たちの演歌の方だ。

 俺たちが歌う演歌の方がよっぽどイイ曲が作れると思う」

 俺の言葉に満足したのか、惺さんは頷いた。俺は静かに惺さんが言葉を紡ぐまで待った。さっきよりも、もっと周りが明るくなって、周りの山々まですっきりと見えるようになってた。何て壮大な景色なんだ。コンクリートの環境なんかとは全然違う。これこそ生きている環境だ。そう思った。

「だろうな。

 俺も、お前らのロックではこの景色は表現できねーと思う。

 お前らの歌が下手なんじゃない。

 ただ……ちょっと違う感じがするんだ。

 この雰囲気とは、な」

 惺さんが言っている事は、珍しく抽象的で分かりやすくなかった。けど、ニュアンスとしては理解出来た。

 ……早くこの景色を歌に記憶したい。惺さんはそんな俺に気が付いたのかにやりと笑った。

「やる気、出たろ?

 このバンドで演歌を歌っていく」

「……うん」

 この時、今まで「何で演歌なんか」と思っていた自分が心底嫌だと思った。コンクリートだけを風景だと思っていた自分には、この景色は美しすぎた。コンクリートに囲まれた、生きていない風景を相手取るならばきっとロックで俺たちも行けるだろう。でも、俺はコンクリートよりもこの自然が良いと思った。

 別に「これじゃなきゃ!」とか思った訳じゃない。ただ……この風景が、かなり衝撃的だったんだ。何で今までこんなに素敵なものを見た事がなかったんだろう?って思うくらいだ。

ふと、他のメンバーはどうしているかと気になった。他の奴らも、俺と同じような状態だった。魅入られたかのように、景色を見つめ続けている。

 朝焼けと呼べるあの奇跡的な時間が終わった。俺たちの上には、昼間のような精錬とした青い空が広がっていた。




「こういう所で食う飯って本当にうまいんだな。

 あーゆーのってデタラメだと思ってた」

 ぽつりと二回目の朝飯?みたいなのを食ってたケイゴが言った。ケイゴの言った事に俺たちもその通りだと反応する。俺の場合、デタラメとまでは思わなかったけど「気分の問題じゃねーの?」とかは思った事がある。でも。

「うめー…」

「食べ終わったら、もう少し休憩してから帰るぞ」

 笑いながら惺さんが言った。俺たちはビックリした。

「えっ、夕陽は!?

 夕焼けは見ないで帰んのか??」

 みんな同じような事を考えたらしい。そりゃ、こんな綺麗な朝焼けを見て、夕焼けが見れないんじゃ何か悔しいジャン!

「……あのなぁ。

 お前ら疲れているだろ?

 夕方までここでぼけーっとして夕陽が落ちた後に下山なんて、言っとくがかなり無謀だぞ」

「行きは大丈夫だったじゃんかー」

 それを言ったら、惺さんは完全に呆れてしまったらしい。

「山は、降りる時の方が大変なんだぞ。

 登りよりも疲れるから、覚悟しておけよ」

「覚悟……」

 そうだった。朝は寝ぼけながら山の中腹くらいまで来てしまったから楽だったんだ……。結局俺たちは惺さんの言う事を聞く事にした。多分、それが懸命な判断だろう。

 普通の登山客が登っている頃に俺たちは下山し始めた。だから、結構いろんな人とすれ違った。すれ違う時には、挨拶をするのが登山者間の礼儀みたいなものらしい。やっぱり挨拶ってのは大事だって事を実感した。行きとは違って周りの景色が見えるのが嬉しかった。行く時はライトの明かりだけだったもんなー。

「うわー、こんな所降りれねー!!」

「無理、無理無理無理」

 ケイゴとユカリの声が聞こえてきた。木道とか、ちょっと歩幅が合わなくて歩きにくいなとか思っていたから岩とかになって少しほっとしていた時だった。

 今朝俺たちが突破した難関。鎖場に戻ってきたのだ。登った時はそうでもなかったけど、今見ている眺めは正に

「小規模な崖みたいに見える……」

「つか、ぶっとい滑り台みたいな岩があると言う感じだな」

 俺とヒロキが口々に呟いた。何だか、ちゃんとあの山小屋まで戻れるのか不安になってきた。ニュースとかになってないから、きっと今までの人達は降りれたんだろうけど。実際に自分が降りるとなると恐怖が……。

「怖ければ、尻を岩につけて少しずつ降りていけばいい。

 こんな感じに降りれば確実に安全だぞ」

 またもや惺さんが見本を見せてくれた。これなら俺でも降りれそうだ。

「俺が最初に降りる」

 まず尻を岩につけて、手を後ろにつく。んで足を下に少しずつ降ろして……――

「んぁっ!?」

 滑り落ちた!少しずつ降りるどころか滑り台みたいに滑ったぞ!見事に落ちたぞ!?

 でも、別に大したことも無くて普通に着地した。何でだ。何で滑ったんだ。怪我しなくて良かったは良かったけど、俺には事情がいまいち飲み込めてなかった。近くにいた惺さんを見上げたら、大笑いしていた。

 ん?大笑い……?

「おいおい、何も滑って降りることは無いだろ……っ」

 不思議がってる俺以外の全員が大笑いしていた。なんつー失礼な奴らだ!!

 他の三人は結局普通に降りれたり降りれなかったり。降りれなかったのはケイゴだ。尻をつけるのが嫌だったらしくて、岩の横にある細い所を使って降りようとして岩と岩の間に足が挟まった。その時の焦りようが何とも面白かった。

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