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本当に三時に起こされた……。俺たちは寝ぼけ眼で朝飯を食う。あぁ、惺さんだけは元気だなぁ。惺さんが用意してくれたデイパック――本当は登山用のザックらしいけどよく分かんなかった――と装備品一式を身につけさせられた。手で持った時はちょっと重いかもって思ったけど、背負ってみたらそうでもなかった。
「まだ暗いが、行くぞ」
惺さんにはそれだけ言われた。覚醒しきってない俺たちはぼけーっとしながら彼についていく。歩いている内に、だんだん俺たちの目も覚め、頭も覚醒してきた。と思ったら、誰かが転けた。
「うわっ!?」
俺じゃない。俺の直ぐ後ろにいたヒロキだ。よくよく見たら、木の根っこがでっぱってら。暗くてそこらへんは見えにくいんだ。俺も気をつけなきゃな。
その後少し歩いたら、休憩だと言われた。辺りはまだ暗い。俺は少し飲み物を飲んだ。勿論これはスポーツ飲料だ。動いていたせいか少し汗ばんできている。まだ涼しいのに。そういえば、筋肉痛にはならなかったみたいだと今頃になって気が付いた。まだ頭が寝ぼけているらしい。
ユカリは暗闇を歩いている事で少し不安になっているのか、辺りをきょろきょろと見回していた。何だか小動物を見ているようだ。ユカリはこのメンツの中で一番背が小さいから、かえってそんな風に見えやすいのかもしれない。
ここから山の頂上までは二時間くらいで着くと思う。と言われたけど、あんまりピンとは来なかった。山に登るとは聞いてなかったし。そんな心の準備もしてなかったし。ただ、鎖場とかいう鎖が岩に埋め込まれている様な場所があるからそこがきついかもしれないと言われた。これもやっぱ初めての事だからイメージが全然湧かない。一体鎖場ってどんな場所なんだ?
二回目の休憩が来た時に、惺さんが教えてくれた事。休憩の時には、水分を取って甘いものを偶に口にすると疲れにくくなるんだって。ザックの中にはブドウ糖ってのが入っていたから、それを囓ってみた。甘い。あと、暗くてあまりにも視界がきかなかった時には懐中電灯を使う事。使わないで転けた時、大変な事になるらしい。まぁ、そりゃそーだよな……。最後に、岩がごつごつしている所を登る時、重心を後ろにしない事。重力に従って落ちちゃうんだって。そんな急な所を登るのかと思うと少しぞっとした。
「休憩はなるべく三十分毎くらいに取れるようにするから、がんばれよ。
なぁに、大丈夫だ。ご老体だってちゃんと登れる。
それにここまで来たら、戻るのも嫌だろう?」
惺さんは俺たちにそう言って、先に進み始めた。俺たちのテンションはまだ低い。今のところ、誰も一切文句を発してない。そうこうするうちに、岩ばっかりの所になってきた。足元がごつごつしてて歩きにくい。歩くというより、登るっていうような場所もあった。足だけで登りにくかったら手も使えと言われた。手を使ってみたら結構楽になった。すげぇ。
んで、鎖場というのに遭遇した。お、本当に鎖がじゃらじゃらしてら。
「これ、登るの?」
ユカリがぽつりと呟いた。多分これ、俺も含めたユカリ以外の三人も思ってると思う。でっかい岩が斜めになってて、そこに鎖が付いてる。でっかい岩ってのは、鎖が付いてる面が平らであんまり凸凹してない。登れんのか?これ。
「何もそこを登らないといけない訳じゃない。
この岩の横を登ったって良い。
まぁ、見てろ」
早速惺さんはお手本を見せてくれるらしい。惺さんは両手を使って器用に登っていく。いや、これはマジですげぇ。カッコイイ!
「次、俺が行くっ!」
我先に、とケイゴが叫んだ。今のでテンションが上がったらしい。そりゃ、俺もテンション上がったけどさ。
ケイゴは気合いを入れて登り始めた。惺さんが登ってた時と違って、何か可笑しかった。あぁ、体重移動が変なんだ。ケイゴの次に登ったのは意外にもユカリだった。
「みんな登ってからだとさ。
怖くて俺、登れなくなっちゃいそうジャン?」
そういうユカリは、するすると器用に登っていった。ただ、その登り方を見ていた俺とヒロキはお互いの顔を見合わせてしまった。
「何か……ユカリの中にヤモリを見た気分だ」
「同感……」
ユカリは岩に身体全体をへばりつけるようにして登っていった。ユニークな登り方というか、すんごく独特だと思った。次にヒロキが登る。
ヒロキの登り方は普通だった。つまらん。鎖を持って身体を岩と垂直にするようにして登っていく。普通に歩いているように見えた。勿論俺だって普通に登ってやる。惺さんみたいに器用に恰好良く登ってやるんだ。
「よし、全員登れたな」
そ……それだけっすか。俺の登り方恰好良かったとかは……?
「ここから、ボイストレーニングしながら登っていくぞ。
まだ体力は持つだろう?」
衝撃が走った気がした。惺さんはにこにこしていた。やっぱりこれもトレーニングの内だったのか……!
「あそこら辺が頂上だ。
あと三十分くらいで着くぞ」
ほんの少しだけど明るくなってきて、空と山の境目が分かるようになった。俺たちは山登り自体初めてなのに、ボイストレーニングしながら山登りなんてやってたから、もうヘトヘトだ。そんな俺たちに気が付いたのか、いや多分気が付いていたけどまだ大丈夫だと思って放っておいたんだろうが。とある提案をしてきた。
「あと三十分はお前達の持ち歌を歌ってもらう。
インディーズの時のも含めてだ」
俺たちは多少ぜーはーしながらも、昔俺たちが作った曲とか全部歌うつもりで歌った。偶にメンバーの誰かが石とか岩に突っかかって転びそうになったけど、歌い続けた。ライブで歌いまくってる時よりも疲労が激しかったけど、何だか楽しかった。
それのおかげか、思ってたよりも早く頂上に着いた。でも、まだ少し明るくなったとはいえ暗くて景色は見えない。
「まだ時間はあるか。
お前ら、俺が止めろって言うまで歌ってろ」
少し休憩をとったら言われた。俺たちは言われたとおりに続きを歌い始めた。




