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「お疲れ様。
観客の反応も上々で、なかなかの出来だ。
このライブは成功したと考えて良いだろう」
マネージャーをしてくれている元バンドマンの惺さんが、無事に本番が終わって俺たちが楽屋で着替えている時にやってきた。このバンドについて言うと、本当はマネージャーなんか付けてもらえないレベルのバンドの気がする。けど、惺さんが好意でマネージャーをしてくれている。優しい人だ。そりゃ、バンドの出す音とかに関しては厳しいけど。
「ただし、まだまだこのバンドは無名と言っていい。
これからどんどん良い音を作っていって、もっと色々な人に聞いてもらえるようにしなければならない。
今回、成功したからといって自信を持ちすぎるなよ」
ほら。ちゃんと釘を刺す事を忘れない。流石は俺の尊敬する人物だ。そんな人がサポートしてくれてるから、俺は何とかやっていけているんだと思う。
「それから。
来月からライブツアーをする事になった。
このライブツアーは、このバンドの宣伝の役割を果たす。
今までにない様な刺激的なライブをして、各地で注目されるのが目的だ」
惺さんは決して俺たちのテンションを下がりっぱなしにはさせない。常に俺たちの創作意欲、歌いたいという想いを最大限に引き出そうとしてくれる。そこも俺が惺さんを尊敬する点だ。ただ、演歌を歌うという事への熱意が俺にないのが申し訳ない。俺たちがこのレーベルに所属する様になって、惺さんがマネージャーをしてくれる様になってまだ、半年くらいしか接していない。だけど、ボイストレーニングとかその他色々のトレーニングも直接みてくれる。基本的に彼は面倒見が良い人なんだ。そうしてトレーニングとかで接していて思った事だから、多分間違ってないと思う。
それにしても、来月からツアーって事は新曲も書かないといけねーって事か。何曲がノルマになるのか、この時点では知らされない。きっと後日だろう。俺は元々演歌に使えるような歌詞を書いていた訳でも、歌っていた訳でもない。だから、今の内に考えておかないと期限に間に合わなくなってしまう。俺が歌いたい事を歌詞として書いた後、惺さんが手直しをするから(惺さんは何でもできるスゴイ人なんだ!)結局演歌になってしまうとしても、俺が歌いたい事をベースに歌詞が作られていくから文句は言えない。俺の意思をちゃんと守ってくれようとしてくれる分、俺はそれに応えたい。
「俺たちのバンドは、これからだ。
頑張っていこうな!」
リーダーでもあるドラムのケイゴが言った。それに俺たちメンバーも同調する。
「よし!
このイカれた組み合わせのバンドを、これから全国に知らしめてやろーな」
「イカれてんのはお前だ!」
ケイゴにちょっと同調しきれなかったユカリと俺が叫んだ。お決まりの様に、やっぱりというか、何故か俺にだけヒロキの拳が飛んできた。痛い。
んで、今は恒例の打ち上げだ。俺たちはやっぱりライブでテンションが上がったままだから、バカ騒ぎをしてしまう。いや、元々頭は良くねーから、バカな事はよくするけどさ。
やっぱ、打ち上げはすんげー楽しかった。酒飲んで、バカ騒ぎ。ただ、騒ぎすぎてちょっとヤバイかなって思う瞬間はある。でもさ、やっぱ騒ぎたい時は騒ぎたいジャン?結局俺はそこまではしないけど、ケイゴはよく一番盛りあがってる時に脱ぐ。脱ぐったら脱ぐ。別にそれはどーでも良いけどな。周りに人が居る時は止めて欲しいと思う。逮捕されたかねーもん。何度か、ショクシツ(職務質問)受けた事あるし。あれ、メンドーなんだよな。
でも、比較的俺のいるバンドは堅物な方だと思う。うん。
あぁ、だけどきっと明日はほぼ全員二日酔いだ。みんなガバガバ飲みまくってる。
あ。惺さんも酔っている。わー……珍しー……。珍しいといえば、ヒロキも結構良い具合にできあがってる。やっぱ、デビューのライブが成功したっていうのは気分的にハイになるんだな。
レーベルの社長も、途中までこの打ち上げに参加してた。俺が思っていたよりもずっと良かったらしい。来月から始まるライブツアーが楽しみだと言っていた。そう言われたら、めいっぱい頑張らねーとな。
ライブツアーの打ち合わせで決まった事は、俺にとって衝撃的な事だった。いや、多分他のメンバーもそうだったとは思う。新曲、最低五曲だそうだ。俺は「普通に考えて無理だろ!?」と、思ったけど、言えなかった。……我ながら根性無し。代わりにユカリが「えー!」と言っていた。
そして来週から合宿があるらしい。合宿中に、歌詞を作れという事だろう。無茶苦茶な気がした。俺にそんな芸当が出来るとは思えない。
なんて、弱気にはなれない。寧ろ、その期間でやってやろうじゃねーか!という気になった。合宿中に出来るだけ多くの歌詞を考えるんだ。やってやる。どうせ演歌用に書き直されたりするんだ。好き勝手書いちまえ。
そして当日。何日泊まるとかそんな事は一切教えてもらってない。きっと俺たち次第なんだろう。くっそー。いや、でもこの合宿という企画は惺さんが考えてくれたんだ。俺たちが内心では演歌に多少の抵抗を持っているというのを何となく知っているだろう人物でもあるし、惺さんがいてくれれば俺たちはどうにかなる気がする。
なんたって、俺たちは『片岡惺崇拝者』なのだ。マジで格好いいし頼れるから。バンドをやっていた頃なんか、インディーズ最大規模って言われたくらいなんだ。すげーだろ。
合宿する場所までは車で移動するらしい。大きい男四人がワゴンに荷物ごと詰め込まれた。運転手は惺さん。行き先は明かしたくないからだそう。何だか楽しみだな。他のメンバーもそうらしく、雰囲気が柔らかい。というか、うかれてる。
「ねぇねぇ、俺考えたんだけどさ!
夜はみんなで――」
「アホか。
そんな事してるほど暇じゃないかもしれねーぞ」
早速バカっぽいトークを繰り広げていた。俺はどんな場所に着くのかめっちゃくちゃ楽しみにしてんのに。おかげで昨日はあんまり眠れなかった!
「おいおい、これからトレーニングの為の合宿だっていうのに、そんなにうかれていて良いのか?
ほら、着いたぞ」
呆れ気味に惺さんが言った。高速道路を経て、山の多い県へと向かっていたようだったけど。俺は本当に山の中に来るとは思ってなかった。
「山……」
ぽつりとそれに気が付いたケイゴが呟いた。てっきり俺たちはどっかのスタジオくらいにしか思ってなかったんだ。みんなボーゼンとしてる。ただ一人を除いては。
「わー!
山、山だ〜〜〜!!」
ユカリはやっぱり単純だった。そりゃ、『山』だし?開放的になった方が勝ちなのかもしれない。と思った俺も次の瞬間にはユカリと同じようにしていた。案外俺も単純なのかもしれない。
「すっげー!
俺、山なんて初めて来た!!
つーか、木がこんなに集まっている所ナマで初めて見た!」
でも、「あ。はしゃぎすぎたかも?」と思って惺さんをちらっと見たら、優しく微笑んでいた。これが惺さんの狙いか?
「みんな山に感激したみたいだな。
そうそう、この前選んだ靴を履きなさい。
これを履いたら荷物を持って」
この合宿に際して、変な靴をもらった。何かがっしりした靴だ。紐を結ぶのが結構めんどくさい。荷物は殆ど惺さんが準備したらしい。俺たちが準備したのは下着と自分たちの必需品だ。
「惺さーん。
荷物、これ全部分担して持って行くの?」
何やら引きつった顔をしたユカリが惺さんに声をかけた。惺さんはにこやかに答える。
「そうだ。
少し重いかもしれないが、これからの道のりはそんなに大変じゃないから、その荷物くらいなら持って歩けるだろ」
これからの道のりって何?とは惺さんの笑顔が怖くて誰も聞けなかった。ユカリでさえ、何も聞かなかった。すんげー嫌な予感がする。荷物の量は、半端じゃ無いと俺は思った。あー、何て言うか……惺さんの笑顔が悪魔の微笑みに見えてきた。
「準備出来たか?行くぞ」
そして合宿とトレーニングが始まった。




