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俺のいるバンドは一応、普通の一般的に人気のあるインディーズ・バンドだった。いわゆるビジュアル系ロックバンドだ。
でも、今は一つだけ他のバンドとは違う点がある。それは、とあるレーベルに採用されて、俺たちがそこに所属した瞬間にできた。その違う点は小さな事ではあるが、それによってこのバンドは異色中の異色とされてしまう事になった。
これでは、全く別の世界に住んでいるのと同じだと思う。バンドということすらおかしい気がしてくるし。
その違う点、とは――
【バンドの歌うジャンルが演歌】という点だ。
一応、補足程度に言わせてもらうが。決してレーベルに所属する前から演歌を歌うバンドだった訳じゃない。演歌はレーベルに所属してから歌うようになった。レーベルに所属する条件として演歌を歌う事となってたからだ。しかも、俺はまだそれについては納得してない。納得してなくても、やはり所属したいし、所属させてもらえるのなら、従うしかなかった。
今日も俺は演歌を歌うために楽屋に来ていた。今日はライブなんだ。
このバンドのヴォーカルをやってる俺は、準備する事が少ない。着替えて、メイクをして喉の調子を整えておくだけだ。だからちょっと暇をしていて、少し考え事をしてた。
もちろん、現在自分が歌わなきゃいけないジャンルについてなんだが。
「何で俺らは演歌なんかやってるんだ?」
思わず俺はぽつりと呟いた。思っていた事がポロリと口から出るのは、俺の悪い癖だとよく言われる。近くでエレキギターの調整をしながら歌詞を口ずさんでいる俺の相方、ヒロキは黙り込んだ。元々ヒロキは寡黙な方だけど、気の許せる人とは話をしてくれる。俺の数少ないマブダチだ。他の二人のメンバーは気にせず自分の作業をしている。少し時間が経った後、ヒロキが口を開いた。
「きっと、お前の声が演歌に向いていたんだ」
その答えに今度は俺が黙り込む番だった。くそっ。
今回、俺たちは正式に全国デビューを果たす。今準備しているのはただのライブのためではない。これは重要なライブなのだ。でも、俺は演歌で生きていきたい訳じゃない。俺は、別に演歌が歌いたい訳じゃねーのに。不満げに俺がブツブツ言ってたら、それに気が付いた一人が振り向いた。
「メジャーで、音楽やれるんだから良いんじゃナイ?」
真っ先に演歌を吸収し、今はメンバーの中で一番演歌にどっぷりと浸かっているユカリが言った。そして自分が身につけているものを見せるようにぐるりと一回転をする。一瞬だけ、かんざしに目がいった。女だったら可愛いのにな。
「着物、キレーだし!」
ユカリはメンバー一、背も小さいし声も高い。どちらかというと『可愛い』タイプであるユカリは女の子受けが良い。女の子の中に居ても、不自然には見えない。とはいえ考え方は本当に、単純で明快だ。ズバッと言いたい事があったら言うし、俺みたいに悩む必要もない。ある意味男らしくて、羨ましい。
でも、ムカツク。どこがと言われたら、説明できねーけど。
「……お前の着物は、既に着物じゃねーよ」
仕返し代わりに、ぼそりと言ってやった。だって、ほんとーの事じゃん。
「そんな事言う、お前だって!」
ユカリは反論したけど、多分俺の衣装の方がまともだ。でも俺はいつも通り、ヒロキに殴られるのだった。いや、もう慣れたし。痛いけど。
憧れのデビューのはずだが、あんまり嬉しくない。嬉しいハズなんだけど。素直には、やっぱり受け止められない。歌う曲が演歌だし。まぁ、衣装は普通のとは違って変わってるから目立つし、衣装で目立つのは嫌いじゃないから良いけど。
でも、俺たちはこれで認めてもらわないといけないんだ。このバンドとして、このライブを成功させないといけない。複雑な気分だが、歌が歌えるだけ良い。とその場凌ぎでしかないが、そう毎回自分に思い聞かせて歌う。今回はメジャー初の、ちゃんとしたライブって事になるんだから、しっかりと思い聞かせないとだめだ。とてもじゃないが、そうしないとうまく歌う自信がない。
そんな俺はバンドマンとして許されるのだろうか?それは誰も知らないし、分からないと思う。それに、他のメンバーだってそう言った事を心の中に少しは持っているはずだ。ただ、みんな心の中に上手に隠しているだけで。
そういう矛盾した心を隠して、俺たちはステージに立つ。俺たちにとって、歌を歌う事ができるのは、最高な事だから。




