表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

推しの巾着袋

作者: あまね

 秋が近づき、夏が遠ざかって、早いもので数日たっただろう。


 夏の頃に感じていた、暑くなりそうな日射しではなく、空気すらすみ心すら洗われそうで、なんとも爽やかな目覚めだ。



 爽やかな目覚めではあるが、気分的に、これからの予定を考えれば、その予定が洗われた心を、早々と汚したわけだ。



 しかしまぁそれは、いつもの事と言えなくもない。


 憂鬱というものがありながら、勤勉さというものに、毎日毎日、踊らされている日本の社会人生活というものは、すでに高校2年というこの年齢から始まって慣らされているわけだ。


 そう考えると、特段代わり映えなどしない日々、通常というものは、憂鬱さとかがセットになってしまうことが、確約されているのかもしれない。


 しかし、今日に限っていえば、特段代わり映えのしない日という訳ではない。


 文化祭という、いわば通常営業とは少しだけ違う日だ。


 さらにいえば、今年は国民的アイドルグループの一人がやって来る。


 これを代わり映えしないといったら、嘘になり、ファンならずとも、今をときめくアイドルに、色めきたつ所であろうけれど、全くそういうものを感じていない。


 つまりは、文化祭といえども、僕は憂鬱とともに過ごすということだ。


 好き一人がいれば、また違ったのかもしれないが、生憎とそういうものとは縁遠い。


 だからといって健全的にアイドルと擬似的な青春を捧げる気もない。


 もし仮に、推しがいたのなら、今日という日はどうだったのだろうか?


 好きな人がいるわけではないが、ファンであれば、好きな人とは、また違ったものなのだろうか?


 どういった人生をたどれば、そういうものに出会えたのか。


 道端でふとした石を、蹴飛ばした先にいた様なたまたま偶然のようなものなのか。


 砂漠のような場所で、見つけたオアシスの様に救いのようなものなのか。


 突如舞い降り、信託を告げる天使のように、運命的に信じたくなるようなものか。


 なんにせよ、誰かの人生には、推しというものが存在することがありえるのだろう。


 それが存在する事で、何が変わるというのだろう。


 僕には、わからない事だろうけれど。



 その投げやりな結論に、昨日ノートパソコンの履歴には、地方アイドル、人気アイドル、地下アイドル、昭和アイドル、グラビアアイドルの文字等々が、ズラリと並んでいたのを思い出す。


 もし、この履歴をみたならば、親は、僕がおかしくなったと思うか、思春期というものに突入したのだと、半ば感心してくれるだろう。


 残念ながら、そういう機会は訪れはしないと断言できるが。


 こうやってアイドルを調べたのだって、学園祭という日に、アイドルと擬似的なデートを催し、校内を案内するという、なんともテレビ的な企画を理解する一環に過ぎない。


 その役目を、先生方から任せられた為で、特に僕の頭がおかしくなったり、思春期だというわけでもない。


 それに、アイドル観賞というのだろうか、そういう趣味はない僕だ。


 今回調べてみても、そういう趣味は、今後も持たないだろうと予測できてしまう。


 ネットで調べた程度で、何がわかるのだと、憤慨しそうな方々がいそうではあるし、まぁ、結局のところネット検索では、アイドルの良さというものが、理解出来なかった点ではその通りである。


 それでも、ネットの検索の結果、本題であるところの、直接お会いする黒野文美(くろのふみ)という女性アイドルは、全国的な15人組のアイドルグループであるサロメというグループの一員であること。


 出身地が同じ。


 人気投票をしたら確実に最下位である事が持ちネタ。


 単独ロケは未だに10割で、お蔵入りというエピソードが、記載されているぐらいであった。


 お蔵入りになるのなら、特に問題はなしと、心穏やかに本番を待つだけでよいというのは、実にありがたい。


 学園祭なんていう内輪受けでしかない行事に加えて、素人の僕という要素が、加算したものなんて、お茶の間に届けてもしょうがないからだ。



 無体なことを考えつつ、思いだしつつ、学校途中のコンビニで、菓子パンとお茶に炭酸飲料、ポテチのコンソメに週刊誌をカゴに入れてレジを済まそうとする。


 店員が一瞬ぎょっとした顔で此方を見たが、近くの高校が文化祭ということを思いだしたのか、納得し、いつもの営業スマイルと声でありがとうございますと告げた。


 書生の格好した人が、コンビニ袋や鞄を背負うと言うのは、変な格好かもしれないが、文化祭とかイベントであれば、納得するという物わかりのよさに、感心してしまうほどだ。



 そんな店員の物わかりのよさが、すでに恋しい。


 職員室に立ち寄り、図書室の鍵を借りて、自分の教室にはいると、僕の机の上には、このあと文化祭の催しで使う僕の将棋盤と駒が勝手に棚から出されて使われていた。



 盤面には王が一枚のみの陣営。 


 片や竜に馬が二枚、金銀四枚並べて包囲して、桂馬や香車も成って、さらには、と金も二十枚所狭しと並べられている。



 実にご丁寧に並べた局面である。


 仁王立ちしている恰幅のいい男子生徒、丸坊主のスポーツマンやら、ひょろっとしたメガネやら、なんかの詰め合わせセットかと言うぐらい、男子生徒が席についた僕を取り囲んでいる。


 露骨に睨み付けているのだから、これが好意を持たれていると言うのはないだろう。


「どういう事かわかるよな」


 恰幅のいい男子生徒が、低音の怒気溢れる声で、将棋盤を指差しながら聞いてきた。


「さぁ?心当たりすらないんだけど」


「ネタは上がってんだよ!」


「知らないけど?」


「ふざけんな、こっちはなお前がアイドルとデート企画するってわかってんだよ」


「あぁそれね」


「その事でお前は四面楚歌、詰んでいるんだよ!」


 わざわざそれを言う為だけに、この局面つくるとは。

 全くもって、こいつらは揃いも揃って馬鹿なんだろう。


「何とかいったらどうだ」


「いや、この局面が詰んでいるとか頭おかしいなぁと思うよ」


「あぁ?」


「と金は十八枚、二十枚あったら最初から間違えた状況だよ、無効試合もいいとこだよ、こんな局面はあり得ない、もう少し勉強したら?」


 誰がやったのか知らないけど、予備の歩兵迄使うとか、こんな局面をつくって格好つけるから。


 恰幅のいい男子が顔を真っ赤にして、駒をつかみ、僕の顔に投げつけた。


 駒が、顔から地面にパラパラと落ちる音と、それをかきけす少しばかりの悲鳴が教室に響いた。


 そして、それを更にかきけすガラッと空いたドアの音と息を飲みこむ音。


 担任と他校の漆黒の制服に身を包んだ美少女が入ってきた。


 担任は顔をしかめ、取り囲むような恰幅のいい男子生徒達を生徒指導室へと向かうように言い渡し、美少女を紹介した。


 まぁ紹介される迄もなく、皆その名前を知っていた。



 軽い自己紹介のあと、黒野文美は戸惑うことなくお辞儀をして、教室を出た。


 僕は駒をかき集め、将棋盤と駒を持ちながらハンディカメラで彼女を撮影するという珍妙な出だしで教室を出た。


 少しばかり廊下を歩き、彼女が振り向いたので、とりあえず自己紹介をする。


「初めまして、名波(ナバ)です」


「初めまして(カオリ)君」


 僕が名字しか名乗っていないのに、彼女は名前で呼んだのは、事前に学校側から伝えられていたのだろう。


 まったく持って個人的に嫌な気分だが、指摘するわけもいかない。


 先ほどの騒動で、お互い様と言うものだ。


「デート企画って何するんですか」


「それっぽいところで、それっぽい事」


 実に曖昧な返事が返ってきたものだ。

 でもまぁ、つまりは、それっぽいとこで、それっぽい事をしていれば、何ら問題はないという事だろう。



「それじゃあ、僕の部活の出し物でも手伝っうのはどうですか、デートっぽいでしょう」


「あぁそれっぽい」


 了承も得られた所で、図書室にたどり着くと、その横にある司書室へと案内した。


 司書室には、畳が二枚並んでいた。

 自分で設置した一角とは言え、実に奇妙なものである。


 ハンディカメラを机に起き、将棋盤上に大ポカでタイトルが無くなった棋士の棋譜を見ながら二人で会話をつなげながら並べていく。


「そう言えば将棋部の催しって何するの?」


「将棋部はウチの学校無いんですよ」


「香君、将棋部でしょ?」 


「文芸部です、部員1名、あっこれ司書室のドア前に貼っておいて下さい」


「夏目漱石、坊っちゃん体験一回5000円何やるの?」


「将棋の駒を僕にぶつけるんですよ」


「高くない?」


「畳に将棋盤、浴衣で費用それなりにしましたし、プレゼント用の坊っちゃん三十数冊、名人戦の棋譜集をあわせて中古で買いましたから」


「なんて無駄づかい、お客さん来るの?」


「黒野さんがいたら、来るかも?」


 黒野さんファンの人たちにぶつけられるのは、嫌だけど。

 さっきの恰幅のいい男子、営業時間に来ていたら5000円貰えたのに、実に損した気分だ。


 しかし、何気に言った一言が少しばかり鬼門、地雷、そういうものを呼び起こしてしまったらしい。


「私に人気はないよ、だから人は来ない」


「そうですか、菓子パン食べます?」


「文化祭らしくない」


「素人のたこ焼きとか、焼きそば、クレープなんてどこも同じですが、それが文化祭らしいと言うなら買いに行きます」


「菓子パンで、お茶があると助かります」


 菓子パンとお茶を渡すと、黒野さんは、菓子パンの封をあけ、一口齧り、お茶を飲むと無理やり話題を反らしたと言うのに、黒野さんは、踏み込んだ。



「アイドルだけど、人気はないと言うのはどう思う?」


「答えなきゃ駄目ですか?」


「カップルっぽくない? 気まずい会話する感じで面白いと思って」


「まぁそういうアイドルもいるでしょうねで終わらせたら駄目ですか?」


「駄目って言ったら?」


「さぁ?って答えたら、すましたカップルの彼氏っぽいですね」


「イヤな感じだけど」


 黒野さんはそう言うと菓子パンを食べて、

 お茶を飲み終わるまで、一言もしゃべらず、それから30分たつまで、僕も週刊誌を読みながら、お客を待つ振りをしていた。


「香君やっぱりお客さん来ないけど大丈夫?」


「やっぱりと言うのはひどいですねぇ」


「それはまぁ、最悪私が5000円支払って、盛り上げると言う方法もあるけど」


「アイドル的にそれはOK何ですか?」


「浜辺で水掛けはOK」


「そんなキラキラとしたものじゃないですからね」


「企画的に動かないとダメかもね」


 スタッフからのメールの文言を静かに見せてくれた。



 確かにデート企画で、ずっとしゃべらず、密室で二人とか、後で何言われるものなのかわかったものじゃない。


 菓子パンとは言え食事もしたし、気まずくもなったけれど、おしゃべりもした。


 これ以上何かあるだろうか、黒野さんに聞いてみた。


「食事、おしゃべりの他にデートっぽさってあります?」


「贈り物とか? 香君、何かくれるの?」


「坊っちゃんの小説あげましょうか?」


「それはいらないかなぁ」


「本が贈り物ってロマンチックだと思いますよ」


「中古じゃなかったらね」


「ごもっとも」


 まぁ中古本でなくても、いらないと思うけれど、なるほどプレゼントは、デートっぽくしようとするなら必要かもしれない。


 文化祭のパンフレットを見返し、ちょうどいい催しものが、今年もやっている事を確認する。


「じゃあ行きましょうか黒野さん」


「何か良いものがあるんですか?」


「まぁ 中古の本よりはマシかと」


 誰も足を運ばない司書室から、目的の会場となっている、生徒会室へと向かって廊下を歩く。


 当然ながら、すれ違う人の中にはスマホで撮ったり、黒野さんに視線を送る人達はいた。


 明るい雰囲気とは、真逆の黒野さんを思ってなのか、朝方の騒ぎが通達されていたこすごく控え目ではあったけれども、そう言うところはやはりアイドルなんだろう。


「どうかしましたか?」


「いえ、ここが生徒会室です」


「ここでは何があるんですか?」


「手作りのお守りが作れるので、来てみました」


 受付の人に席に案内され、その席にはお守りの見本が置いてある。


 小物も入れる色とりどりなサイズの巾着袋に、サインペンで祈願を書くだけで良いものや文字を縫い付けるものと両方あった。


「へぇ―中々素敵ですね、でも何で文化祭でお守り何ですか?」


「文化祭終わったら受験と言うことで、生徒会の後輩が先輩方に作ったのが始まりです」


 どうせなら巾着袋タイプのものを選ぶ事にしたと言えば、聞こえはいいが、黒野さんに手渡されたのがそのタイプなだけであった。


 まぁ少しばかり時間はかかるけれど、また司書室に戻るよりは幾ばくかマシと言うものだ。



「へーなんかいい話ですね」


「ちなみに、ここに人が少ないのは去年お守りを貰えった生徒の第一志望の合格率がかなり低かったせいです」


「私、香君のために、学業成就祈願って書いたんですけれど?」


 すでにサインペンで、中々達筆な学業成就と書かれたお守りとこちらの顔を交互に見つめてくる。


「受験は来年何で大丈夫ですよ」


「お守りってそういうものでしたっけ?」


 確かにRPGではあるまいし、使うタイミングで効果が違う何ていうことは、起こらないだろう。


 まぁそんな事を言ってしまえば、学業成就のお守りや合格祈願が逆になるというのも、妙な話ではある。


「まぁ社会に出たら学歴なんて物差しの一つだと思えば大丈夫です」


「香君は何か心配だから、良縁祈願に書き換えるね」


 そういうと黒野さんは、新しいお守りにも達筆に良縁と書かれる。

 やっぱりサインとか書き慣れているだけあるのか実にスムーズだ。


 家庭科だけで裁縫の経験がないこちらとは大違いの速さだ。


 それでも黒い巾着袋には、招き猫と書いた文字の布を刺繍した。


「何で招き猫?」


「幸福を招く、お客を招く、アイドルの黒野さんには、ちょうどいいかと」


「色々考えているんだ」


「はい、人気のないアイドルをどう思うかの僕の答えにもなっています」


 しげしげと招き猫の文字を見つめていたが、さっぱりわからないと首をふる。


 さすがにここで伝えるのも変だし、長居しては迷惑だろうと、司書室へと戻ることにした。


 戻っても当然ながら誰かが来た様子もない。


 司書室のドアな貼った一回5000円の張り紙を外し、司書室へと入った。


「人気のないアイドルをどう思うか、アイドルに熱をあげたことのない僕からしたら、さっぱりわからない事なんですよ、多分そういう安心感から、学校が僕を指名したんでしょうね」


 学校側は、男女関係という面で、やらかさない相手が良かったのだろう。


 まぁそこら辺は置いておこう。


「僕にとってアイドルは存在しないと言ってもいい」  


「香君は、拗らせているような気がする」


「まぁ否定はしませんが、人気のないアイドル面倒だから、失礼ですけど黒野さんにしますね」


「そのつもりで聞いたから、それで招き猫は何が関わるの?」


「噛みそうなんで名前は言いませんけれど、この箱の中には猫がいる、死んでいるのか生きているのか、観測しなければわからないあの話です、あの有名な猫の話に似ているとおもってね、人気のある黒野さんと人気のない黒野さん」


「観測して人気ないんだけどね」


「それじゃあ人気のある黒野文美もどこかにいないと不自然だと僕は思うよ、ずっと観測したら出てくるかもしれないし、出ないかもしれないそれを楽しめるのがファンってやつかもしれない、招き猫はそんな変わった人を招くかもしれないからね」


「ふーん なるほど香君は私のファンになるの?」


「いや、興味がなくてね」


「それは言わなくても良くない?」


 黒野さんはとりあえず何だかかなぁと呟いたものの、お守りの巾着袋をきちんと受けとってくれた。


 そのあとは収録時間ギリギリまで、司書室にいた。


 先ほどの余計な一言の仕返しか、企画のためかわからないけれど、黒野さんは5000円支払って、僕に将棋の駒をぶつけた。


 僕の顔にぶつかった香車4枚巾着袋へとしまった。



「ありがとうございました」



 そういって、非日常は帰っていった。





 後日、黒野さんとのデート企画は、オンエアされており、少しばかり自分の部屋で反省をした。


 そして、テレビ局からは自宅に荷物が届き、達筆な文字で、黒野推しと書かれた巾着袋。


 巾着袋の中には夏目漱石さんが入っていた。


 福沢諭吉の話をしてたら良かったなぁと思いつつ、達筆な良縁祈願のお守りを巾着袋にいれ、ついでとばかり香車の入ってない駒箱から玉将を入れて、机の引き出しに閉まった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ