永遠の愛
たまには美しく暖かい恋物語でも書いてみようかと思いまして。今回は情景の描写に力入れてみました。いやもちろん心情を疎かにしたとかそういう訳ではなく。あまり豪語したくないけど自分の中ではそれなりに書けた方かなぁと思います。
静かな海辺の町。辺りから聞こえる潮騒の音が私をリラックスさせる。オーシャンビューの部屋。幻想的で、綺麗。
ホテルから出ると、拓海が波打ち際に立っていた。文芸部で過ごす最後の日に、穏やかな浜辺に一人、海を見ていた。
海風はなく、一つも体を動かさないで。
「拓海、どうしたんだ」
振り向く彼の顔は少し憂いがかかっていて、心配になる。
「真波か。よっ」
「隣で見ていいか?」
「もちろんよ」
砂浜には二つの影法師。太陽が沈みかけ、海に光の道を作り始める。紺碧の天空と黄金色の海。遠くには灯台も見える。
拓海と二人でこんなに綺麗な景色を見ている。それだけで私の恋心は爆発しそうになり、顔が赤くなるのを自覚した。
「どうした? 真波。熱でもあるのか?」
「いや……大丈夫だ。ただ、」
「ただ?」
「恋の病かしら?」
「⁉」
後ろを向くと笑顔の部長が立っていた。部長のあの顔はからかってくる時の顔だから、苦手だ。
「あらあら、図星? 若いわねぇ」
「真波が恋の病? 誰に?」
「清水君ってやっぱりニブちんね。そんな男の子はめっだぞ」
そう言ってホテルに帰っていく部長。どこから聞かれていたのだろう。
「部長の言う通りかもしれない。私は恋の病を患っている。拓海に」
「え、俺に?」
「うん。その……拓海が好きだ。ずっと。誰よりも何よりも拓海が大好きだ」
どうしよう。勢いと雰囲気に流されて告白してしまった。焦燥感と羞恥心が私の中で渦巻く。
西日が拓海の横顔を映す。反射して、彼の表情が読めない。
暫しの沈黙。波の音が近づいては遠ざかり、を繰り返す。
「実は俺もだよ。この旅行で告白しようと思ってたけど、先越されちまったか」
「うええ⁉ ってことは?」
「ああ、付き合おう」
今度ははっきりと見えた。太陽よりも眩しい、拓海の笑顔。
「ねむねむ……」
「ただいま」
「おかえり、拓海」
「悪いな、真波。また遅くなって」
「大丈夫だ。いつもありがとう、拓海」
大和高校を卒業した拓海は、私と彼の知り合いの店「カフェフォレスト」のウエイターとして働いてくれている。
「今日も本田さんが自分でぼけて、なぜだああって。あの人の発作はいつ治るんだろうな」
「ふふっ。彼は昔からだから」
「真波からもちょっと言ってやってくれよー」
拓海が帰ってくるまで家事をして、帰ってきたら談笑しての繰り返し。でもそれでも幸せだ。
けれど眠気というものはすぐに襲ってくる。そして拓海も疲れている。
「そろそろ寝るか。お互い疲れてるもんな」
「そうだな。拓海ともっと喋っていたいけれど、限界……」
今倒れたらすぐに寝れてしまいそうだ。
「おやすみ」
「うむ……おやすみ。夜が明けたら、また」
だから自然と二人一緒に寝る。それがまた恥ずかしくもあり、嬉しかった。拓海と同じ時間、空間を共有している生活。これ以上ない、幸せ。
そんなことを感じながら、目を閉じた。
「んん……」
日が昇って遮光カーテン越しに陽光を感じる。カーテンを開けると雲一つない空に輝く太陽が顔をのぞかせる。
隣には同棲を始めてから買った犬のぬいぐるみを抱いて寝ている拓海の姿。よかった。「また」が来て。もう拓海はどこにも行かないと願っている。
だから今日も安心して拓海と犬の両方を抱き寄せる。
「おはよう、拓海」
「おはよう真波。やっぱり真波の胸の中で迎える朝は格別だ」
「もっと大きければ……」
「真波の胸が一番だぞ」
朝から嬉しいことを言ってくれる。嬉しいから拓海の弁当箱に入れる鯖の量をいつもの倍にしてやろう。
「今日の朝ごはんも美味しい。このまま結婚したら真波がいい嫁さんになりすぎて俺は毎日幸せだろうな」
「うううぅ……」
なんで拓海はこう、恥ずかしいセリフがさらっと言えるのだろう。私の心臓はずっと騒がしくしているというのに。
「できたぞ、拓海」
「いつもさんきゅな」
「忘れ物はないか?」
「ああ。大丈夫だ。じゃあ、行ってくるな。今日は早く帰ってこれる日だから」
「うん。行ってらっしゃい」
さて、私は机に向かおう。書きかけの便箋とペンを出して、恋文の続きを書く。もちろん、私から拓海への。
どんな表情をするだろう。楽しみだ。
「桜舞い散る春の公園で、あなたはスケッチブックをくれた。だから私はありったけの花びらを集めて花束を作ってあげた。その時の拓海の顔は忘れられない。困惑の中に嬉しさがあるっていうかんじだったな。あの時スケッチしたお気に入りの椅子の絵はまだ残ってます」
そう、あれは去年の四月だったか。拓海に誘われて学校近くの桜の名所に連れて行ってもらったんだっけ。
帰り道は一緒にライトアップされた桜の花々を見て、またねって別れた。そのころにはもう花束が風に吹かれてほとんど残っていなかったけれど、拓海は笑ってくれた。
「いつかお前に花束お返しするから」
「それはどういう意味だ?」
「い、言わせるな! 結婚式の時に、だよ……」
それっきり俯いてしまった。私も恥ずかしさと嬉しさで直視できなくて、俯いてしまった。
「夏になって、太陽が全力を出して暑かった日に、突然雨雲が空を覆って降り出した雨の日に、くっついて歩いた。あの時はびっくりしたな。そして相合傘よりも近い距離で密着したから私は内心ドキドキで死にそうだった」
街のはずれのショッピングモールまで拓海と買い物に出かけた日。突然の夕立に傘を持っていなかった私たちは為す術もなく、ずぶ濡れになりかけた。
「俺を雨宿りに使え」
って脇の下をあけてくれた拓海。裾のあたりをつかんで彼の家まで帰った。私史上最高に心臓が押しつぶされそうになった瞬間。
「拓海も濡れてしまったな」
「真波が濡れなかったなら大丈夫だ」
「むぅ」
でも、拓海の優しさにその時は甘えた。ますます惚れた。
気が付いたら昼ご飯を食べることも忘れて午後三時になっていた。執筆と回想は、時間が経つのを忘れさせる。
さて、そろそろ今日は書き終えようとするか。あともう少しだけ書けば完成だ。長くなってしまったけれど、最後には世界で一番の恋文にしてみせる。
残っていた食材で軽くお昼ご飯を作って済ませる。頭を使ったから気晴らしに外へ出ると、なんだか体が軽くなった気分。太陽が草一本一本を照らして、花には蝶がとまる。
「あら、真波ちゃんじゃないの」
「須崎さんだ。こんにちは」
「こんにちは」
須崎さんはお母さんぐらいの年で気さくな女性。一番最初にお話ししてくれたのも彼女だった。
おかーさん……。今までは育ててもらってたけど、これからは私がおかーさんになるんだから。いつかできる子供には精いっぱいの愛情を注いであげるんだ。
小鳥のさえずりと犬の遠吠えに懐かしさを感じながら、何をするでもなく家に戻った。
日が落ちて空がピンク色に染まる。夕焼けチャイムとカラスの鳴き声が家の中にも聞こえてくる。
夕飯の準備を始めなければ。さすがに毎日鯖は栄養が偏るのを知っているので買いためている食材で作る。
といっても卵とケチャップと鶏肉でできるのなんて、オムライスぐらいしかなかったけれど。
「ただいま、真波」
「おかえりなさい、拓海」
「腹減ったー」
「うん。ご飯できているぞ」
鞄を置いた拓海をダイニングまで誘導する。二人分のオムライスを乗せた皿を見て、拓海が目を丸くした。
「真波が鯖以外の食事を使うなんて珍しい」
「私だって鯖を使わないこともあるぞ。ただ、味は保証できない……」
いくら料理は少しできるとはいえ、鯖を使った料理ばかり重点を置いていたから、美味しくできているわからない。
「食べてみればわかるな。いただきます」
拓海がふんわりした卵とケチャップライスを口に入れる。緊張しながらその姿を見るが、彼の表情が一瞬で輝いたことに気づき、嬉しくなった。
「なんだ、これ……」
「?」
思い上がりだった……だろうか。
「めちゃくちゃ美味いな!」
「本当か⁉」
「ああ、本当だ。食材全部が最強に……。とにかく美味しい。ごめんな、語彙力なくて」
途中で食リポを諦めた拓海に少し面白さを感じながら、作ってよかったと思う。
「そこまで言ってくれるなんて嬉しい」
今日は嬉しいことだらけだ。だから。
「一緒にお風呂入ろう」
いつもなら恥ずかしくて言えないことも、言えた。
「真波から誘ってくれる日があるなんて!」
と拓海は感動していたけれど。
正直恥ずかしかった。いくら好きな人とでも、あれは慣れない。それは拓海も同じだったようで、二人お風呂から出たときは真っ赤になっていた。
「きっとこれお風呂の温度だけじゃないよな」
「恥ずかしさの方が絶対大きい……」
湯気が二人の体を微々たるながら隠してくれていたけれど、大事なところまでは隠してくれなかった。それに、お互いのを見るのも初めてだったし。
「セックスの前に見せ合っとくべきだったのかわからないが……」
「うん、俺もわからない」
お互い未経験だから。時計を見ると午後九時。ありかもしれない。今日の私は本当におかしいのかもしれない。
「拓海、やろう」
「おう? いきなりすぎない?」
激しかったけれど、気持ちよかった。
「ふう。拓海も寝たし、続きを書こうか」
拓海を起こさないように読書灯を点けて、書きかけの便箋を出す。夏の回想まで終わったんだっけ。
「葉っぱが色づくころ。旬の秋刀魚も焼きつつ枯葉を集めて焼き芋を焼いた。わざわざ芋ほりなんかして。でも、私たち二人だったから最高に楽しめたな。お互い食べ過ぎちゃって、しばらく芋はいいやって思ったのもいい思い出です」
だんだん手紙というより日記になってきている気もするが、きっと拓海ならこの気持ち、わかってくれる。
七輪で焼いた秋刀魚と、焚き火をして焼き芋にした芋。そして白いごはん。今までで一番の御馳走だったと思う。
「冬はとにかく星空がきれいで、よく見に行ったな。知らない星を見つけてはあれはなんだこれはなんだと話し合った。流れ星も数え切れないほど見たし。拓海は、何を願った? 私は、次の紙に書くね」
ちょうど便箋の余白がなくなったので次に移る。星空公園なんてところに行ってしょっちゅう星を見てた。その名の通り空が開けて、黒に覆われた空を白い点が彩っていた。
「あっ」
と、そこに一筋の光が空を駆け抜ける。
「速かったな……」
「三つなんて無理だ……」
「そういえば真波、冬の大三角は見つかったか?」
「いや、まだだ」
「もっと広く見上げてみ。見つかるから」
「おー」
確かに三つの星がトライアングルを形成していた。
「あれがシリウス、プロキオン、ベテルギウス」
「なるほど」
拓海に教えてもらった知らない星々。あの夜のことは鮮明に思い出せる。
「あの時願ったこと。それは拓海と幸せになれること。そしてその覚悟を私自身持つこと。最後に拓海も同じ気持ちでいてほしいこと。今、もう充分に叶っていることなんだけれど、贅沢を言わせてください」
よし。これでいいだろう。あとは頑張って明日、自分の口で告げるんだ。
拓海の帰りを待つ間、ずっと緊張している。私からプロポーズなんて、少し前の私なら考えられないことだ。
「ただいま」
帰ってきた。心臓の鼓動が早まる。
「お、おかえり……拓海」
「どうした? 熱でもあるのか?」
「ううん。きっと恋の病だ」
「浮気か?」
「違う違う。いや確かに語弊のある言い方だったけれど」
早く誤解を解くために書き溜めた恋文を渡す。
「これを、読んでほしい。長くなってしまったけれど」
「なんだ? これ」
手紙を受け取り中を見る拓海。この時間が一番緊張する。上手く書けているか。ちゃんと伝わるか。
それこそ長い時間をかけて、拓海が顔を上げる。
「お前ってほんとに口下手だよな」
「え?」
「そのくせ顔や態度には思いっきり出るし。終いには手紙か。ほんとに可愛いやつだよ、真波」
笑ってた拓海が真顔に戻る。
「そして、続きは?」
「うん。今から言うぞ。恥ずかしいけれど、聞いてほしい。私のわがままを」
これまでにない重苦しい空気が私たち二人を取り囲む。負けてはいけない。
「私は、この命、そして人生を捧げるほど拓海のことを愛しているし、一緒にいたい。だから教会で結婚式を挙げませんか?」
拓海が私をじっと見たまま、しかし何かを考えつつ口を閉じる。そして彼から出た言葉は。
「もちろんだ。よく言ってくれたな、真波」
彼が私を抱きしめる。
「これからは最高の人生が待ってるし、俺たちは最高のふたりになれる。俺が保証してやる」
嬉しくて、嬉しい以外の気持ちが本当にないのに、涙があふれ出てくる。
「ありがとう……ありがとう拓海。これからもずっとずっとよろしく」
「こちらこそ。末永くよろしくな」
拓海の服を思いっきり濡らしてしまったことに気づき慌てて誤ったが、笑顔で許してくれた。
本当に大好きだ、拓海。
窓から射した西日が私たちを祝福してくれていた。
ラブレターを合間合間に入れながら書いたのはこれが初めてでした。前書きでは書けた方とか言ってたけど、違和感なく書けてたでしょうか。