裏の四人
「三矢くん、三矢くん。ケータイが鳴ってるよ」
雇い主にそう言われてから、細田三矢は読んでいた本から顔を上げた。
「え……あ」
本から意識が現実に戻ると、三矢の耳にスマホの着信音が明瞭になった。
三矢は本を片手に残し、空いたもう片方の手でジーンズの後ろポケットからスマホを取り出した。
「間近でケータイが鳴っても本に集中し続けるとは。三矢くんてマイペースだね」
スマホをケータイと呼ぶ少し時代に遅れた雇い主――瀞蹴かれいの呟きを耳で聞きながら、三矢はスマホの画面を見て、掛けてきた相手を確認する。
「あ」
画面に表示されていたのはこの間ホラースポットで知り合った人物――出会った当時はハンドルネームで『東門古濾紙』と名乗っていた彼――鋏刃挿だった。
「挿……?」
疑問に思いながらも、画面をフリップして通話を開始する。
「もしもし?」
『あ、もしもし? 悪い、今忙しかった?』
電話に出るのが遅かったのを気にしたのか、彼は第一声でこちらを気遣ってそう言ってきた。
「いや、大丈夫だけど……君が電話してくるのって珍しいね」
いつもならメールで連絡してくるのに。
『ちょっと緊急でな。――お前、“あの人”……瀞蹴かれいさんと連絡取れたりする?』
そう言われて、三矢はきょとんとした。
瀞蹴かれいなら、連絡どころか今、目の前に居る。
それを伝えると挿は声を大きく荒げ、
『はぁ!? ちょっ……、こっちはさっきから電話掛けまくってるのに!』
なんで出ねぇんだよ! と電話口で音が割れそうなくらい叫んだ。
まさか、と思って三矢はかれいに訊く。
「……かれいさん。今、スマホ――……ケータイ、持ってます?」
「ケータイ? ケータイなら――あ、車かも」
探しかけながら思い出したようで、かれいはそう答えた。
「……車に忘れて今は手元に無いみたい」
『…………』
呆れたのか挿は絶句したようだ。
「えーっと……取り敢えず、代わろうか?」
かれいは目の前に居るのだし、代わった方が早いだろう。
『頼む……』
力の抜けた挿の声がそう言うので、三矢はスマホをかれいに渡した。
「やあ。久しぶりだね。元気にして……うん?」
挨拶もそこそこに、かれいの表情が笑顔から一変する。
「別に構わないけれど……」
そう答えながらかれいが壁時計を見る。三矢もつられて見た。
午後十一時二十三分。
夜中である。
「……わかった。じゃあ、後でね」
かれいは会話を終えるとスマホを三矢に返した。
「何だったんですか?」
かれいの手から返ってくるスマホを受け取りながら三矢は訊いた。
「今から会いたいと言われたよ。私に相談したいことがあるってさ」
それまで腰掛けていたソファーから立ち上がり、手早く身支度を整え始めるかれい。その様子を、何の気は無しに三矢は見つめた。
「三矢くんも行くかい?」
ぼんやりとしながら見ていたところに声を掛けられて、ハッと我に返った。
「え……あ……、一緒に行っていいんですか?」
「大丈夫だと思うよ」
かれいのそんな言葉に少し思案してから「行きます」と答えた。
「本はそこのテーブルに置いていていいから。――じゃ、行こうか」
じゃらりと音を立てて車のキーを手に取ったかれいの後を追った。
道中、かれいは電話で話した内容の詳細を教えてくれた。どうやらきり――こちらもこの間出会ったばかり――が、かれいに用事があったらしく、挿は取り次ごうとしてかれいに(何度も)連絡をしたものらしい。車に置き忘れられていたかれいのスマホを確認すると、画面を埋め尽くす挿からの着信履歴が残っていた。
待ち合わせの場所は前にも使ったことのあるファミリーレストランの駐車場だった。
二人はバイクの傍で各々スマホを弄っている。かれいが車を駐車場の敷地内に入れると、二人は顔を上げてこちらを見た。そして、三矢とかれいに気付くと軽く手を上げて自分たちの存在を示した。三矢はそれに小さく手を上げて応じる。二人が見える位置に車を止めると、かれいと三矢は二人の元へ向かった。
「お店には入らないのかい?」
外で待っていた二人をかれいは怪訝に思ったらしい。
「や、こいつがここでいいっつーもんで……」
挿がきりを見ながら答える。きりは三矢をじっと見ていた。来ちゃダメだったのかな、などと思っていると、きりが親指を立ててグッジョブ的なメッセージを三矢に示したので、三矢は反射的に同じ仕草を返した。どうしてかは分からないけれど、彼女にとって、三矢が来たのはどうやら好都合だったようだ。
「ふぅん? まぁ、いいけれど……。それじゃ、このまま話を聞こうかな。相談したいことってなんだい?」
かれいはそれ以上気にした様子も無く、用件を話すよう促した。
「あぁ、それが――」
そう言って話を始めたのは挿だった。
(あれ? 相談したいことがあるのはきりの方じゃあ――……あ)
何故、挿が話をするのか疑問に思いかけて三矢は、きりがかれいを苦手にしていることを思い出した。
理由は分からないけれど、きりはかれいのことが気に入らないようなのである。
そういう意味の苦手、だ。
あの時も初対面であるはずなのに、きりはかれいの言動、その一々に突っかかり、そんなきりに対してかれいは飄々と言いくるめたりあしらったりしていた。
(もしかして――というか、なるほど、かな)
このメンツが揃った経緯――というか流れ。
三矢はそれを察して納得した。
「――肝試し、ね」
話を聞いたかれいがその単語を拾って呟く。
意識半分に三矢も話を聞いていたが、きりの相談事と言うのが、この肝試しに行ってしまったメンバーがどうなったのか気になる、という話らしい。
「こいつは止めたらしいんですけど、その言い出しっぺのやつが聞く耳を持たなかったらしくて」
「肝試しに行ってしまった、と」
かれいがきりを見て言うと、きりはこくりと頷いた。
「そう言う手合いは強く言ったところで聞くわけはないからね――むしろ逆効果になるだろうし」
言って、かれいは少し思案するように顎に指をやり、視線を足下に落とした。それから何かを決めたように顔を上げた。
「――彼らを追いかけよう」
かれいは言う。
「もしその肝試しの場所が『本物』だった場合、あの時と同じことが起こりかねない」
あの時、と聞いて、このメンバーに共通して想起されるのは某遊園地での出来事だ。
その某遊園地で、この四人以外の七人が行方不明になっている。三矢はかれいから行方不明の詳細を聞いている(確認している)。が、挿ときりの二人にはその詳細を話していない。しかし、二人は二人でおおよその察しはつけている……と、三矢は思う。
あの時と同じようなことが起こるかもしれないと聞いて、この場に、何もしない、を選ぶ者はいないだろう。その証拠に、三矢を含む四人はお互いに頷き合った。
「場所の、大体の見当は付いてるッス」
バイクに跨がりながら、きりが言う。
「そうかい。それじゃあ先導をお願いしよう。後に付いていくからよろしく」
かれいの言葉に頷いて、きりはバイクのキーを回した。そんなきりの後ろに慣れたように挿が乗った。
(仲、良いなぁ)
そんな風に思いながら二人を見て、三矢もかれいの車に乗った。
かれいが車のエンジンをかけたところで、きりが片手を上げて合図し、駐車場の出入り口に向かった。かれいもそれに続いて発車させる。
「……なんか嫌な予感がするなぁ」
かれいが不穏なことを呟く。
「肝試しに向かった、と聞いて嫌な予感がしないワケは無いんじゃ……」
三矢は思ったことをそのまま言った。
「ん? あぁ、そう言うことじゃなくて……あー……いや、うん、そうだね」
なんだからしくない反応に、三矢は首を傾げた。
「かれいさん?」
「ごめん、気にしないでくれると助かる」
「そうですか」
気にするなと言われたら気にしないまでだ。
「……君のそういうとこ好きだよ」
「? ありがとうございます?」
なんかよく分からないけれど。
好きと言われたのでお礼を言う。
よく分からなさ過ぎて疑問系になってしまったが。
それ以降は会話らしい会話をすることなく、車は前を行くバイクを追いかけた。
……まぁ、某遊園地というのは『裏野ドリームランド』のことなんですけどね←