2013年10月2日
彼女は、僕の隣で髪を解いて横になっている。眼鏡のレンズ越しに見えるその細い目は、僕と同様に空を眺めているようでもある。芝生がチクチクと肌を刺激するのか、彼女は時折物憂げな声を出して、身をよじる。僕はそんな彼女から目を逸らして、ほかに見るものもないからと、空だけを見ていた。本当は、何も見たくなかったが、目を閉じていると涙が流れる気がして、呆然と見るとことしか出来なかった。
そんな風に無為に過ごしていると時間がいつもよりゆっくりと流れているような気がした。でも、そんなものはやはり気のせいでしかなくて、腕時計を見ると、時間はたしかに進んでいる。僕たちは夕日の映える河川敷で二人きりで取り残されて、ただ空を眺めている。聞こえてくるのは、対岸で遊んでいる子どもたちの笑い声と、規則正しい彼女の呼吸音だけだ。それでも僕はこんな時間がずっと続いてくれればいいのになんてふざけたことを思ってしまう。何度も揺らぎそうになって、そのたびに苦虫をつぶすような思いで、決心を重ねる。それなのに、いま、この瞬間にも秒針が少しずつ遅くなっていって、その動きを止める瞬間を妄想していた。それが、間違いなくただのばかげた妄想だとわかっていても、僕はそうしていた。
彼女の家には両親がおらず、残された唯一の存在、祖母だけが彼女のすべてだった。彼女は祖母を敬愛しており、極力、彼女は祖母に対しては笑顔を絶やさずにしていた。そして、そんな態度はおおむね、ほとんどの人に対してもとられていて、彼女は僕の会社においても、人気者といっても差し支えない存在だった。そんな彼女の在り方は、彼女なりの祖母への愛情表現そのものだったと僕は思う。あなたの孫は立派な人間なのだと言わんばかりに、彼女は完璧であり続けた。だから、彼女が自殺したいと僕に相談してきたとき、僕は本当に驚いてしまった。
「ごめんね、私、自殺してもいいかなあ」
彼女が僕の胸に飛び込んで、笑いながらそう言ったとき、僕は文字通り言葉を失ってしまった。そして、しばらくしてやっと僕が口にできた言葉が、うん、という情けない言葉だけだった。
当たり前のことながら、本音を言うならば僕だって彼女には生きていてほしいと思った。それでも、彼女が口にした言葉が冗談や現実逃避のものではなく、心からの願いだと直感的に気づいてしまったことで、僕はそんな僕の本音を隠すことしか出来なかった。きっと、僕がここで止めようものなら、彼女はきっともっと辛い人生を歩むことになると、僕には痛いほどわかっていた。だから、彼女の馬鹿な願いすら、肯定することしか出来なかった。
だが、そんな僕の心中を知らない彼女は、僕が了承したことで、笑っていた顔を少しずつ引き攣らせて、泣き出してしまった。それから、続けざまにありがとう、と繰り返した。僕は結局のところ、彼女のためになれることなんて何一つとしてできなかった。それが、そのまま、この結末を招いたのだろう。だから、僕は最期に、彼女の思いにせめてでも寄り添いたいと思った。彼女が自ら命を終えることを、受け入れることしか出来なかったのだ。
思えば、それが初めて見た彼女の泣き顔だった。