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ショートショート集

オブローダーの怪

作者: Sugawara Yakumo

 とある山間部、太陽は頭上に位置していた。ひどく汗ばむほどではないにしても夏の迫ってくる気配を感じるような陽気だった。


 その場所は草が腰のあたりまで茂り、かつてそこにあったと思われる道あるいは鉄路の面影を伺い知ることはできない。唐突に視界に現れたのは黒い大きな穴、山の斜面にあるトンネルの入り口だった。開口部は暗闇で光は見えず、入り口に空気が流れている様子は無かった。これは何を意味するかといえば、おそらく閉塞だった。ということはトンネルの反対側の入口あるいは中間部が崩れてふさがっているか、閉鎖されているということなのだ。

「此処はスゲーぞ。ともかく凄い長さだ。入口付近は古い感じだが状態がいいのか途中からは凄くきれいなトンネルだ」

 友人は少し興奮気味で言った。

「それにしても地図にも載っていないっていうのは、ほんとうかい?」

 僕は自分でも思った以上に冷静だった。いつもならこれから探索という時には独特の不安と期待、若干の興奮を含んだ気分になるというのに…。

「廃道の探索中に偶然見つけんだぜ。廃道を見失ったらデカイ得物があったってわけさ…」

 友人は言いながら視線をトンネルの方に戻した。

 トンネルの坑門はレンガで作られていいて、すっかり苔むしていた。それから扁額を探したが見当たらなかった。まあ、無いことも多い。だけども竣工時や完成時の年月の書かれているプレートも見当たらなかった。

「このトンネルには名前が無いのかな?」

「あんがい、朽ちてしまってるのかもな。あるいは反対側の方にだけあるかもな」

 僕と友人はライトの明かりを付けると中へ進んだ。トンネルの入口あたりはきれいに砂利が敷かれていたが、レンガ造りの壁は湿っていて少しカビ臭いような感じがした。

「なんか鉄道用の隧道みたいだな」

 トンネルの中を進むと、途中からレンガ造りが姿を消していた。壁はまるでコンクリートで作られているかのように滑らかな表面を見せていた。

「このトンネルについてなにも調べてないのかい?」

 暗闇の中、ライトの明かりが筋状に伸びる。

「そんなわけあるか。調べたが、情報は出てこなかった」

「ほんとに?!」

「俺が調べた限りではな…」

 その時、空気がトンネルの奥に向かって流れるのを感じた。それは不自然なことだった。入口付近では空気は湿っていてカビ臭く、とてもトンネルは貫通している気配が無かったからだ。

「なんだぁ開口しているのかね?」

 ただ友人は一言呟くように言っただけだった。すぐに空気の流れは消えて、何事も無かったように歩いた。その間に言葉を交わすことは無かった。ライトの二つの筋のような明かりが揺れていた。もう入口の光はほとんど届いていなかった。出口と思える明かりも見えなかった。


 しばらく並んで歩いていたが、友人のライトがいつの間にか消えていることに気がついた。ただ足音は聞こえていた。僕は横を向いて、彼の姿に目を見張った。

 目は煌々と青い輝きを放ち始め、彼の身体は歪んだようなどこか不自然なものになりつつあった。何が起きているのか理解できなかった。あまりのことにとっさには言葉を発することもできなかった。それでも友人は、出口の見えないトンネルの先へ、さらに歩みを早めて進もうとしていた。

「ちょっと…、大丈夫かい?」

 投げかけた言葉は彼の耳に入っていない様子だった。僕は動けなくなって立ち止まった。周りに明かりが無いにも関わらず、彼の後姿とどこまでも真っ直ぐ続くトンネル内部のかたちがはっきりと見えた。もう一度呼びかけたが、彼は振り返ることもしなかった。僕は恐ろしくなり、もと来た方向へ、出口へ向かって走り出した。とても長い距離を歩いて来ていたはずなのに出口はすぐに現れた。

 僕は大声で友人の名前を叫んだ。真っ暗で何も見えないトンネルの中に向かって。いくら待っても、友人は姿を見せることは無かった。しばらくの間、僕は放心したように入口の前で立っていたが、再びトンネルの中に向かって風が吹いた。しかも、まるでトンネル自身が生きていて空気を吸い込んでいるとでもいうような強さだった。さらにトンネルの中から見えない手が引っ張っているような気がして、思わず逃げ出してしまった。だが、途中で落ち着きを取り戻して、何があったにせよ友人を置いてきたことに罪悪感を感じて僕は引き返した。


 ただ、再びその場所に戻ってみたがトンネルはなかった。


 でも確かに場所はここだったはずだ。でもあったのは、自分の背丈より少し大きな洞窟のような穴だけだった。勇気を振り絞って入ってみたが、入り口から数メートルのところで行き止まりだった。どうも途中で崩れたように思えた。しかもつい最近崩れたのではなく、もう何年も前から塞がっているようだった。僕が見たあの長いトンネルは一体なんだったのだろう…。そして彼は何処に行ってしまったのだろう。


 結局、友人がどうなったのか、どこへ消えてしまったのか分からないままだった。それと最近、僕はトンネルが怖くなった。それだけでなく街の地下鉄や地下道にいても同じだった。いつも不安が込み上げてくるのだ。ふとした拍子に、友人が消えたあの得体の知れないトンネルの先に繋がって僕もそちら側に引き込まれてしまうのではないかと…。

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― 新着の感想 ―
[良い点] :雰囲気は出ていた。主人公の感じ方とか、久々恐い感じのするホラーでした。 [気になる点] 怪異の現れ方の描写が、もう少し濃くても良かったのでは?。たとえば、何者かに食べられたのなら、友人の…
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