旅立ち
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「『禁忌の子』?」
「そうだ。」
その単語が出た時、少し美月は耳を疑った。『禁忌の子』それは、この世界に伝わる言い伝え。
知らない人はいないだろうという言い伝え。だが、その言い伝えの内容は、禁忌の子についての容姿には触れていないのだ。あくまで伝わっているのは、その子がたどった道筋と、禁忌と呼ばれる由縁。
「禁忌の子に特徴が?」
「そうだ。最近、少々古い荒廃した小さな町が見つかってね。そこに一つだけあった書物の中に、禁忌の子についての大まかな外見などが記されていた。その町の名前は『ガルド』」
ガタッ……
『ガルド』という町の名前を蓮華が出した途端、何かを落としたような物音が響いた。
「理人?」
美月の呼びかけにやっと目を覚ました理人は、慌てて落としてしまったコップを拾う。
「ご、ごめん。手が滑っちゃって。もう直ぐできるから、待っててね。」
「すまないな。」
「客人をもてなすのは礼儀ですよ。」
気のせいか、理人のその声は少し震えていた。
「……」
蓮華はそれを黙って見つめた。理人が台所に行くまで。
(なるほどな。)
蓮華の考えることは、本人にしかわからない。
「ご馳走様。片ずけは私がやるわ。理人は休んでいなさい。」
「うん。ありがとう。」
美月は理人に微笑み、台所へ行った。
そして、リビングには蓮華と理人の二人きり。ただ沈黙が流れて行った。
それを先に破ったのは、蓮華だった。
「……理人。君、いつからここにいるんだ?」
理人はそれに答えようとしない。
「いい加減、ここの空気に浸るのをやめろ。………………禁忌の子?」
「っ!!」
理人は、蓮華が『自分』を呼びかけた呼び名。それが出た途端、理人は息を一瞬止めた。
「やはりな。君は、ここらで噂されている子だな。…噂のことは?」
「……知らなかった。ただ、ここ最近人の行き来が激しい割りに、付近の村や町に被害がないのが不思議だったんだ。」
蓮華は、「なるほど。」と呟いて、指に顎を置く。それからまた少しの沈黙が続いた。
「二人とも、フルーツがあるけど、食べる?」
「あ、うん。」
「いただこう。」
沈黙の中、明るい声で入ってきた美月によって、その会話は一時中断されることになった。
その日の深夜二時。美月の寝室に蓮華の姿があった。
「美月殿、少し頼みがあるのだが。」
「……ふふ、ええ。いいわよ。」
美月がそう言いながら自分隣へ蓮華を誘導する。
「ありがとう。」
そう、少し悲しげに言ったのは、美月だった。
次の日、
「理人。」
「はい?」
朝から洗濯物の取り込みをしていた理人に、蓮華が話しかけていた。
「私と一緒に首都へ行くぞ。」
「は?」
理人は、その唐突すぎる言葉を理解しきれず、しばらく固まっていた。
それを待ちきれなかったのか、蓮華は理人の服の襟を掴み、ひきづり始めた。
「って、やめやめやめ!いきなりなんなんだよ?!」
「心配するな。美月殿には許可も荷物も貰っている。」
「そういう問題じゃなくて!」
蓮華は、慌てふためいている理人を気にも止めず歩き続けた。
ただ引きずられる理人の口からは、永遠と文句と悲鳴が漏れていた。
ーーー