3.奴隷少女~
アルビアの町を出たユウは、太陽の光が強く照り付ける中、歩いていた。
特にどこに行こうというあてもなく、ただ歩いた。
道中、『ジビリアンカの森』というところに立ち寄った。
その森はとてもきれいな森だ。
無意識に癒しを欲したのだろうか、キラキラと輝くように見える緑の中をユウは歩き続けた。
すると、唐突に男の大きな怒号が聞こえる。
「おらぁ!! おめぇ、何休んでやがる!? さっさと立ちやがれ!!!」
ユウは何事かと思い声のする方に歩く。
腰を低くし、草木をかき分け、しばらく進むとそこには一人の男と少女が目に入った。
多分この男も〈アビリオン〉なのだろう。全身を鎧で包みなんとも体格がいい。
対する女性は、美しい白銀の髪に整った顔立ち。なんとも可愛らしい少女だ。しかし、その見た目とは裏腹に服装はみすぼらしく、服と呼べるのかも微妙な汚れた布をまといその場に倒れこんでいた。
きっと奴隷として買われたのだろう。
ユウはその光景を見てなんとも腹が立った。
(やっぱり、人間なんてクズばかりだな…)
ユウはそう思うとその場を立ち上がり男のもとに歩み寄った。
もちろん、普通に戦うのでは勝てないだろう。
だからユウはある作戦をとった。
「あぁ!? なんだお前は!? なんか文句でもあんのかぁ!?」
男は何とも強い口調でユウを威嚇するように言葉を吐く。
「いやいや。俺はただ忠告してあげようと思って…。この森にはいろいろな怨念が集まる場所だ。そんなに大声を出していたらあいつらに気づかれちまうよってね…」
何とも嘘らしい嘘だ。こんなの信じる奴はまずいないだろいう。だが、これでおぜん立ては整った。
「あぁ?? 怨念だぁ? お前頭沸いてんじゃねーか? それにそんなのがいたとしてこんな昼間から出てくるわけねーだろ!?」
「…それはどうかな? ……おっと、もう遅かったみたいだな…」
そう言うとユウは男に気づかれないように能力を発動した。
その瞬間、草陰からガサガサっと物音が聞こえ、男はハッとした表情をしながら音のした方向に顔を向ける。
そこには、体中傷だらけで血が流れだしており、片目は半分ほど飛び出したなんとも気味の悪いオオカミが姿を現した。
ユウの能力、死霊魔術師ネクロマンサーは復活させる者の復元する度合いも自由に変えることができる。実際、復元を抑えたほうが力の消費も抑えられいいのだが、何分見た目がひどい。なので普段は無意識に全てを再生させているのだ。
そうとは知らない男は顔面蒼白。真っ青な顔をしながらおびえ始めた。
「な、なんだんだよこいつ!! く、来るな! 近寄るなぁ!!!!」
腰を抜かし戦意を失いながら男は後ずさる。
「…今のうちに行くぞ!」
ユウはおびえる男の隙を突き、少女の手を引き逃げた。
森の中の道なき道を突き進む。
しばらく走り二人は森を抜け、大きな道に出た。
「ここまで来れば大丈夫だろう。ほら。あんたももう行きな」
ユウはそう言うとその場から立ち去ろうとする。
「あ、あの、待ってください…」
少女の声に立ち止まり振り返るユウ。
「……まだ何か?」
「…あの…ありがとうございました。お名前を教えてもらってもいいですか…?」
「…ユウだけど」
「えっと、ユウさんも〈アビリオン〉何ですか?」
次々と質問をぶつけてくる少女にユウは小さく溜息を吐いた。
「…ごめん。悪いけど誰とも関わるつもりはないんだ。だからもうどこかに行ってくれ…」
冷たく突き放そうとするユウ。
だがこの少女、全くへこたれる様子もなくどんどんと話をかけてくる。
「どこから来たのですか?」「どこに向かうのですか?」「どんな能力何ですか?」
次々と投げかけられる質問に、とうとうユウは根負けして答えだした。
「…アルビアって村から来たんだ。行くところはまだ決まってない。能力は……まあ嫌な能力だよ」
質問に答えてもらえたことがうれしかったのだろう。彼女はなんとも嬉しそうにこちらを見ながら笑っていた。
「…もういいだろ。俺は行くぞ」
そう言うとユウは再び歩き出す。
これでようやく一人になれる…そう思ったのもつかの間だった。
背後の気配に気づき、気づかれぬ様にそーっと後ろを見ると、ちょこちょこっと物陰に隠れながら先ほどの少女がついてきていたのだ。
ハァーっと深いため息をつくユウ。
後ろを振り返り文句を言おうとした瞬間、ギュルルルルゥ~~~っという地鳴りのような音が聞こえた。
魔物か?っとユウはあたりを見渡すが特に異変はない。
しかし、ふと少女のほうを見ると、顔を真っ赤にしながらお腹を押さえこちらを見ていた。
「………腹減ってんの?」
ユウはつい問いかけてしまった。
すると少女は、恥ずかしそうにしながら顔を立てに振った。
「…これでよかったら…食べるか?」
そう言うとユウは一つ果物を出し、彼女に向かって差し出す。
「…いいんですか?」
「ああ。いいよ。それで倒れられても困るしな。」
その言葉を聞くと少女はゆっくりとこちらに近づき、果物を受け取ると近くにある岩に座り、美味しそうに食べ始めた。
(これでもういいだろう)
そう思ったユウはその場から立ち去ろうとしたが、なぜか前に進めない。
不思議に思ったユウが後ろを振り向くと、少女が片手でぎゅっと俺の服の裾をしっかりと掴んでいた。
…………………はぁ~~
ユウは仕方なく少女の隣に腰を下ろす。
しばらくの間沈黙が流れた。
不意にユウはポロっと彼女に質問を投げかけた。
「……お前、名前は?」
何気ない質問だった。
特に興味もないが一緒にいてここまで無言だと少し気まずい。そんな軽い気持ちでユウは尋ねた。
しかし、彼女は食べる手を止め、しばらくうつむいた。
ユウはそんな少女を不思議そうに見つめる。
そんな中、ようやく少女は口を開いた。
「………名前は…わからないんです」
「!?!?!?」
その言葉の意味が理解できずに、ユウは不思議そうな顔のまま少女を見つめていた。
「…えっと。私、生まれてすぐに人買いに売られたんです。だからずっと名前ってわからなくて…」
俺はその瞬間、なんともいたたまれない気持ちになった。
自分は今まで大切な人や場所はあった。しかし、それが全て奪われ、憎悪という感情に逃げた。
しかし、彼女には、最初から大切に思えるものが存在しない。
逃げ出すことも出来ず、今までたった一人で耐えてきたのか。
そんなことを考え、ユウは何ともいたたまれなく、それと同時に助けてあげたいっという気持ちがどんどんと溢れてきたのだ。
「…あのさ、よかったら…俺が名前付けてやろうか?」
なんとも唐突な言葉に少女はしばらくポカンッとした表情を浮かべていたが、すぐに頬を赤らめながら顔をこちらに近づけ、
「い、いいんですか?」
っと訪ねてきた。
「あ、ああ。まあそんなにいい名前なんか思いつかないけど…それでもいいならな…」
ユウは少し恥ずかしくなり、そっぽを向きながらそう答える。
すると彼女は何度も首を縦に振り、
「それでもいいんです!! 私、ユウさんに付けてほしいんです!!!」
っとますます顔をこちらに近づけながら言う。
「近いっての…。んじゃまあえーっと、なんか好きなものとかあるか?」
ユウがそう尋ねると少女は少し考えた雰囲気を出し、答えた。
「ん~。食べ物が好きです!!」
「それ以外」
なんともばからしい答えにユウはすぐに却下する。
「はわわ…。じゃ、じゃあ~えーっと…………あっ!!私、あれが好きです。夜になると空に出る夜の太陽!!!」
「…夜の太陽??」
なんとも分けのわからない言葉にしばらく悩んだユウだが、すぐにその言葉の意味を理解した。
「…あっ!月のことか。月か………じゃあ、安易だが月からとって『ルナ』っていうのはどうだ?月って意味なんだけど…?」
「つき………ルナ………素敵です。私、それがいいです」
どうやら気に入ってもらえたようでルナは嬉しそうに何度も自分の名前をつぶやいていた。
こうしてユウは元奴隷の不思議な少女、『ルナ』と出会ったのだ。