1 眠りの森の美女
それはもう、遠く遥かな昔のこと。誰もが忘れ去った時代のおとぎ話。
ある王国がありました。
そこに暮らす王様と王妃様は、なかなか子供を授かりませんでした。老境に差しかかった王様も、まだ若い王妃様も、どうにかして王子か王女ができはしないかと、悩んでおりました。
「ごめんなさい、あなた。私、次こそは元気な子を孕んでみせますわ。さあ、どうぞお願いでございます。お情けをくださいまし」
「王妃よ。気持ちは嬉しい。だが、・・・その気になれんのだ。お前は若く美しいが、・・・毎晩のように出てくる精のつく食事とやらも、どうぞどうぞと皆に促される寝室も、うんざりだ。ああ、王なんてもう辞めたい」
女性なら尼寺という逃げ場所がありますし、家臣でも隠居という手段があるというのに、国で一番偉い筈の王様にそんな逃げ道はないのです。
国王となった以上、死ぬまで働け。
それが現実というものでございました。
「そんなことっ。いいえ、王様。あなたはまだまだお若うございます。大丈夫ですわっ、自信をお持ちになってくださいませ」
ですが、王様とかなり年の離れた王妃様はまだ若く、王様から「もう年だから無理」と、辛そうな顔で言われても、そこで挫けるタイプではありませんでした。
何故ならば、そんなことで「はい、そうですか。では諦めましょう」などと言っていたら、国中の期待を背負って嫁いできた自分の存在意義がなくなってしまうからです。
王妃様には、お世継ぎという国中の期待がかかっているのでした。ですから王妃様は、力強く頷いてみせたのです。
「大丈夫ですわ、王様。この私にお任せくださいませ。王様はマグロでも構いませんのっ。私があなたを抱いて差し上げますっ」
「うっぎゃぁぁぁーっ」
深夜のお城に響き渡った、乱暴狼藉をはたらく男に襲われる女の悲鳴・・・ならぬ、ぶっとい男の悲鳴に、慌てて家臣たちは駆けつけました。
そして見たものは・・・。
若く美しい王妃様が、年老いた王様を押し倒して手籠めにしようとしている姿でした。
「誰かぁーっ、ヘルプミーッ」
「誰が入って来いと言いましたの? お下がりなさい。ここは王様の寝室です」
「・・・・・・・・・」「・・・・・・」「・・・」
それなりに年老いた家臣達は、王妃様のそこまでして子供を作ろうとしてくれる犠牲的精神と積極的な行動力に感謝しつつも、さすがに王様が可哀想になって、王妃様をそこから連れ出すよう兵士達に命じました。
さすがの王妃様も、近衛兵数人がかりで連れ出されてはどうしようもありません。渋々と、馬乗りになっていた王様の上から退場するしかなかったのです。
「ああ、なんということでしょう。よりによって王妃の私を、国王の寝所から男数人がかりで連れ出すとは。お前達に王族に対する敬意と遠慮はないのですか?」
「王様と王妃様に対する忠誠は変わりませんとも。ですが、こればかりは、ちとデリケートな問題でございましてな」
「そうですとも、王妃様。いくらお美しい王妃様といえど、女性から積極的にこられたのでは、王様もたまりますまい」
同性とあって、しかも自分達も年老いて最近は奥方を満足させていないのではないかと、内心ではびくびくしている大臣達です。王様の気持ちは痛い程に分かりました。
好きでできないわけじゃないのです。自分だって、「まだまだヤれるぜ」って言えるものなら言いたいのです。だけど土壇場でしょんぼりしてしまう息子は、青息吐息なのです。
だから王様に対しても同情的な家臣達でしたが、反対に女官や侍女達は王妃様の味方です。
男と違って、女は男が良い気分にさせてくれればどこまでも「ヘイ、カモン」と言えるのです。そんな瀕死の白鳥になっている事情だなんて分からないのです。だって女にそんな白鳥さんはついていないのですから。
「んまあ。大臣様。この若くお美しい王妃様をご覧になれば、どんな男性もその気になりましてよ。お肌も御髪も艶々と輝いていらっしゃるではありませんか」
「そうですわ、大臣様。私共とて王様の寝室には甘く香る花を飾り、演出はバッチリでございます。これでその気にならない殿方はいらっしゃいません」
大臣達と女官達の攻防は、どちらも譲りませんでした。女官達にしてみれば、王妃様こそ自分達のテクニックを駆使した傑作なのです。これだけ美しく仕上げたというのに、それでも無理だと言われることこそ心外です。
「こんなにもお膳立てされたのでは王様とて男、その気が萎えるばかりではないか。これだから女は何も分かっておらぬと申すのだ。ああ、女とはかくも愚かな生き物か」
「それを言うなら女なしに生きていける男はおりませぬ。それも分かってらっしゃらないのですから、本当に男とは幾つになってもお子ちゃまでいらっしゃいますこと。ほほほ、坊やには、ママのおっぱいがまだまだお似合いですわね」
王様と王妃様が寝室で仲良くすることについての議題は、なぜかお城における家臣対女官という対決に発展する流れになっていきます。
「このっ! ケツに殻のついたヒヨコ如きが生意気にっ」
「はんっ! そのヒヨコが満足する程のケツも振れないくせにっ」
そこには、常日頃からお城内部における覇権を争っている双方の事情も絡んでおりました。どちらがなくても成り立ちませんが、同時に自分達こそがこの城を支えているのだという誇りが大きく立ちはだかっていたのです。
とはいうものの、時は深夜。
「まあ、儂もそろそろ寝る時間なのじゃ。夜とは休む為にある神の恵み。では、そろそろ」
「そうですわね。これ以上起きていては、明日のお肌がぼろぼろになってしまいますわ」
彼らも賢かったので、このままでは決着がつかないまま、寝不足になるだけだと、すぐに気づきました。
肝心の王様は、やっと一人になれたとばかりにグーグー寝入っているのですから、アホらしい限りではありませんか。
ですから一時休戦として、自分達も眠ることにしたのです。夜とは、戦い疲れた敵同士にすら、ひとときの安らぎを約束する時間なのですから。
そうして次の日。
「おはようございます。王様、王妃様。よくお眠りになられましたかな」
「うむ。まあ、な」
「まあ。それは嫌味なのかしら、大臣?」
「いや、ハハハ。実はですな、女官長とも話し合ったのですが、王様もお仕事疲れがたまっておいででございましょう。たまには環境を変えて、羽を伸ばしていらしてはいかがかと思いましてな」
そんな王様と王妃様に、大臣と女官達は、たまには気分を変えてバカンスに出てはどうかと勧めました。気分を変えれば、また違う結果が出ることもあるのではないかと、そう考えたのです。
「そうだな。王妃よ、たまにはそういう誰もいない場所でのんびりと過ごしてもいいかもしれぬ」
「まあ。そんな場所がありますの? 是非、行ってみとうございます」
王様と王妃様は大きな王城を離れ、森の中にある小さなお城へと出掛けました。
「ここは、厳しい夏の暑さを逃れてゆっくり過ごす為の城なのだ。王妃にも気に入ってもらえると嬉しい」
「まあ。とても可愛らしいお城ですこと。小さくて、とても優美な色合いですのね」
「ああ。ここは王族の妃や姫達が過ごす為に作りあげた隠れ家のような城なのだよ。姫君達が好むような花園や泉、そしてくつろげるスペースを多くとってある。男には可愛らしすぎるが、王妃にはぴったりだろう」
その森の中にある小さなお城の中庭には、泉が湧き出しておりました。王様と王妃様がいつも暮らしているお城では常に周囲を人で囲まれていますが、その小さなお城では二人っきりでゆっくり過ごすことができました。
「まあ、王様。なんて素敵なんでしょう。中庭に、こんな綺麗な泉が湧き出ていますわ」
「そうなのだ。ここは周囲に目隠しの木々も植えてあるからな。よく母や姉達もここで水遊びしておった筈だよ」
「そうなんですの? こんな日差しのきつい日など、そうやって涼むにはぴったりですわね」
それでも高貴なる人々は肌を隠すのが当然とされる文化で育った王妃様です。王様に促されても、そこで水に手を浸す程度で満足しておりました。
「移動でいささか疲れたようだ。少し休ませてもらおう」
「はい。私はこのお城を探検しておりますわ。お昼寝からお目覚めになる頃を見計らいましてお伺いいたします。どうぞお休みなさいませ、王様」
ですが王様がお昼寝している隙に、王妃様は泉で水浴びをしようと思いついたのでした。
「気持ちいいわ。なんて涼やかな水なんでしょう。髪も下ろして綺麗に洗いたいわ。ここに生えているハーブの香りも素敵」
露天とあってドキドキしつつも、誰もいない小さなお城の中庭です。王妃様は頭のてっぺんから足の爪先まで綺麗に洗い上げ、そうして沐浴を楽しんでおりました。
「暑い・・・。今日はなんて暑さだ。風も凪いでおる」
日頃は二時間ぐらいお昼寝する王様でしたが、その日はとても暑かったのです。それなりに休むつもりが三十分程で目覚めてしまい、そこで涼もうと、中庭の泉へ向かいます。
すると、そこで見たものは。
太陽の光に照らされ、白く輝く裸体をさらして水浴びする王妃様の姿でした。
「なんと・・・美しい」
「・・・え? きゃあっ、王様っ。あっちに行ってくださいましっ」
今まで王様に体を触られても、それは常に夜着を纏ったままだった王妃様です。ましてや、お城は石造りとあって薄暗く、互いの体をきちんと見ることなどありませんでした。
ですから王妃様は真っ赤になって顔を背け、王様に立ち去るようお願いしたのです。
「これ以上、私に恥をかかせないでくださいまし。王様、早く立ち去ってくださいませ」
しかし王様も、こんな日中に高貴な女性の裸を見ることなど、まずありませんでした。立ち去ってくれとお願いされても、そんなお願いは、足で蹴ってポイです。
「よいではないか、よいではないか」
「きゃっ、あーれーぇーっ」
そうして木々に覆われた泉の傍で王様は王妃様を押し倒し、隠すものなど何もない柔らかな草の上で、二人だけの時間を過ごすことにしたのです。
「ああっ。お許しくださいまし」
「何を許せと言うのだ。さあ、王妃よ。仲良くしようではないか」
そこで王妃様と仲良く過ごした王様は、とても有意義な午睡を楽しみました。
やがて時が満ちて王妃様は王女様を産んだのです。
人々にもたらされた王女様誕生の知らせに、王国は沸き立ちました。
王国中の人達が祝福に訪れました。そして、様々な分野の頂点に立つ魔法使いもやってきたのです。
一人の魔法使いは賢さを約束しました。
一人の魔法使いが美しさを約束しました。
もう一人の魔法使いは裕福さを約束しました。
更にもう一人の魔法使いは優しさを約束しました。
更なる魔法使いは、誰からも愛される運命を約束しました。
産まれたばかりの王女様でしたが、魔法使い達からそんな様々な贈り物がされる程に、とても可愛らしく魅力的な赤ん坊だったのです。
「どの魔法使いも、その道で名を知られた者ばかり。彼らがこんなにも祝福するとは、さぞや将来は素晴らしい王女様とおなりでしょう」
「全くですな。これで王国も安泰だ」
ですが、何ということでしょう。
その中でも一番若い、とある魔法使いが、その王女様に呪いをかけてしまったのです。
「王女様が十五才になった時、王女様は糸紡ぎの棒に刺され、天国へと旅立つだろう」
と。
その魔法使いは赤ん坊の王女様を見て、産まれたばかりでさえこんなにも可愛いのだからと、その頃になったら完全な美少女になるであろう王女様を、自分がゲットするつもりになってしまったのです。
それゆえに、そんな呪いをかけたのでした。
(聞いたか、おい。あいつ、そういう趣味あったのかよ。最近の若い奴ってのは分からんな)
(マジか。あいつ、この間、「女は熟女に限りますよ」って婆様にゴマすってたくせに。大体、いつから死にかけの年寄りが熟女になったんだっつーの。しかも、あんな赤ん坊にツバつけるってどうよ)
(冗談じゃねえ、どうにかしろよ。このまま放置できるかっ)
(けど俺達、既に祝福を贈っちまったしな。どうするかね。一度与えた祝福や呪いは取り消しがきかん)
しかも呪った若い魔法使いは、皆にとっ捕まる前に、さっさと逃げ出したのです。
騒然とする広間でしたが、最後の女魔法使いが王女の傍にやってきて言いました。
「今の贈り物をなかったことにはできない。だから、あなたはその糸紡ぎの棒に一度だけちょっと軽く刺された後、百年間の眠りにつくのです。運命の男性があなたを目覚めさせる、その日まで」
魔法使い達は、その仕事柄、下世話なことにも慣れていたので、その呪いの意味が分かっていました。
即ち、「可愛い王女様。あなたが十五才のピチピチ美少女に育ったら、俺の糸紡ぎ棒で突き刺して天国を見せてやるぜ」の意味だと。
尚、大広間にいた王様を始めとした貴族や大臣達は、お育ちが良い為、その言葉の意味をそのままにしか受けとめませんでした。
「なんと。我が王女は十五才で亡くなるというのか」
「ああ、王様。あまりにもひどうございます。この子にそんな呪いがかけられたなんて」
「なんてひどい呪いをやってくれたのだっ。こんな赤ん坊の王女様に向かって・・・っ!」
ですがそれこそ、こんな赤ん坊に対して、光源氏も真っ青な紫の上計画を企てるバカが自分達の同業者だと認めたくない魔法使い達は、沈黙を守るしかありませんでした。
誰だって、そうでしょう。
「王様。それは暗喩です。本当に糸紡ぎの棒に刺されて死ぬわけではありません」
などと言ったら、
「では、どういう意味だ?」
と、問い返されるだけではありませんか。
まともな男であればある程、口には出せない内容だったのです。
(ああ。今まで積み上げてきた魔法使いのステータスが、あいつのおかげで、一気にペドフィリア野郎かよ)
(きっとバレたら俺達まで何にもしてないのに後ろ指さされるんだぜ)
(だな。「やーい、魔法使いってばロリータ・シンドローム全開の変態なんだって?」とか、「偉そうにしておいて、ただの少女愛なムッツリ野郎かよ」とか言われてさ)
(殺す。あの野郎、マジ殺す。至急、全国手配してやる。魔法使いのプライドにかけて、あの変態を抹殺してやる)
(赤ん坊相手にツバつける変態が同業者。・・・今まで全ての人々から敬意をはらわれていた魔法使いが、全ての奥さんや子供達から後ろ指さされるペド野郎に成り下がるたぁ、・・・泣けてくらぁ)
ですが魔法使い達の思惑とは別に、王様は真面目に考慮した上で、国中にある糸紡ぎの糸車を焼き捨てさせました。
「王国内全ての糸紡ぎの棒と糸車を焼き捨てるのだ。決してエウローラ王女を死なせてはならぬ」
「かしこまりました。お可愛らしき王女様をお守りする為、全ての糸紡ぎの棒と糸車を焼き捨てますっ」
命令に従った騎士達も、言われたらそれが全てだという男達ばかりだった為、その命令は愚直に実行されたのでした。普通に考えれば糸紡ぎの棒なんて子供でも怪我しないレベルのものなのですが、隠喩に気づかなかったのです。
ですがどんな理由にせよ、王国から糸紡ぎがなくなってしまっては糸ができずに布もなくなってしまうでしょうにと、心優しい人達は案じることでしょう。
ご心配はいりません。貧しき人々は知恵を絞り、糸紡ぎはただの子供のおもちゃの棒だと言い張り、そして糸車は子供のおもちゃの手回し車だと言い張って、焼却処分を切り抜けたのです。
従って、王国中から糸紡ぎの棒と糸車は姿を消しましたが、おもちゃの棒と手回し車は残っておりました。だからちゃんと糸も布も作り上げることができたのです。
さて、美しく賢く心優しく、誰からも愛されるエウローラ王女が十五才になったある日のこと。
王女様はお城の中を探検していて、普段は使われていない塔の一番上の部屋に行ってしまったのです。そこには、一人の魔法使いがおりました。そうです。赤ん坊の王女様に変な呪いをかけてしまい、王国中の魔法使いから、変態ロリという二つ名をつけられた魔法使いが。
その魔法使いは王国から出奔しておりましたが、美少女になっているであろう王女様が目当てで、女装してまで王国へと舞い戻ってきていました。男が美女に化けるのは難しいですが、美醜を考えずに老女に化けるのであれば、さほど難しくはありません。
変質者の一念、岩をも通すのです。
「何をしているの、おばあさん?」
その手に棒を持ち、何やら糸をくるくると巻きつけている様子に、エウローラ王女はとても好奇心を刺激されました。父である王様が焼き捨てさせた為、王女様は糸紡ぎをする棒というのを見たことがなかったのです。
「お前様の知らないことですよ」
賢さに必要なものは好奇心と言われます。知的好奇心が大きい人ほど、知識を求めるのだと。
魔法使いもまた知恵の亡者。王女様に対するアプローチも研究し尽くしておりました。
知らないことは何でも知りたい、そんな無邪気なエウローラ王女は、そのおばあさんに近寄って行きました。
「まあ、私の知らないこと? 教えてくれる、おばあさん?」
「勿論ですとも、王女様。あなたには何でも教えてさしあげましょう」
「何でも? もしかしておばあさんはとても物知りなの?」
「ええ。そこらの教師などでは及ばぬ程に、物を存じておりますよ」
そうして何も知らなかった王女様は、その老女に導かれるままドレスを脱いでしまったのです。
「あっ、どうして、おばあさんは私の体を撫でるの?」
「美しいからですよ、王女様。美しいもの、可愛らしいものを、人は撫でるのです。王女様も、猫や犬を撫でるでしょう? さあ、これが王女様の体を撫でるということでございますよ」
老女に扮した魔法使いは、王女様のすべすべした肌を丹念にその手でなぞりました。
「だけどこうして撫でられても嬉しくないわ」
「そうですか? 王女様も気持ちがいいでしょう?」
そこは年齢差もあって落ち着いていたつもりの魔法使いでしたが、あまりの美少女ぶりに箍が外れてしまいます。
「そうでもないわ。・・・どうしておばあさんは私の足を広げるの?」
「ここが一番あなたが知らないことだからですよ、王女様。さあ、力を抜いて」
「え? ・・・あっ、きゃああっ」
ですが、最後の女魔法使いの祝福が、そこで発動しました。
「ん? くっそう。誰だっ、この邪魔をするのはっ!?」
それでも魔法使いは魔法使い。
自分とは全く異質の大きな力がそこで発動したことに気づき、ばっと身を翻して、王女様をそのままに逃げ出しました。
(逃げねぇとっ。このままいると、俺までこの魔法に捕まっちまうっ)
十五年、魔法使い連盟から指名手配されていた彼は、何か少しでも異常を感じたら逃げることを繰り返していたが為に、今まで捕まらずにいたのです。だから今も、さっさと逃げ出しました。
(城の外からかっ!? 大きな力が動いているっ)
裸のまま放置されてしまった王女様は、百年の眠りにつこうとしています。
「王様っ、王妃様っ。お逃げくださいっ。お城の周りを異常に成長した薔薇が取り囲んでいきますっ。皆も早く避難をっ」
「何だとっ。皆、まずは逃げるのだっ。銅鑼を鳴らせっ、人々を避難させよっ」
「王女はどこですっ。エウローラっ、私のエウローラ王女はどこにっ」
「いけませんっ、王妃様っ。まずは王妃様もお逃げくださいませっ」
いきなり城の周囲に沢山の薔薇が生えて、その茨がお城を囲んでいきます。
慌ててお城の外に脱出した人々ですが、その茨はどんどん増えて、お城が見えなくなるぐらいに覆っていきました。
「ああ。呼んでいる、私の魔法が・・・」
最後に祝福を贈った女魔法使いは、自分の魔法が発動したことを知り、お城へとやってきて、塔の中で放置された裸の王女様を見つけました。
「お可哀想に。ですが、これならば何も心配ありません。あんな変態など忘れておしまいなさい、王女様。百年後には、あんな変態も消え失せ、あなたには素晴らしい方が現れます。それが、・・・あんなド変態ペドロリ魔法使いを赤ん坊のあなたに近づけてしまった、私共の贖罪でございます」
ちなみに、この最後に祝福を与えた女魔法使いは、その暗く日当たりの悪そうな稼業とは裏腹に、ロマンチックなことが大好きでした。だから美しい薔薇で王女様の眠りを守ろうと思ったのです。
ですから女魔法使いは塔から寝室へと王女様を運び、体を綺麗に清めてから寝台に寝かせました。
「おやすみなさい、王女様。百年たてば、もうあなたを知る人など誰も生きてはおりません。あなたは美形の王子様をゲットして、幸せに生きるのです。大丈夫、ちゃんと魔法使い連盟の長老達に協力させた力を、あなたを守る薔薇に与えてありますから」
そうして立ち去ろうとした女魔法使いでしたが、ちょうど塔から門に行く途中の庭に、男の体をした老婆が眠っているのを見つけました。
「なるほど。老婆に化けて入りこんだのね。・・・若くして魔法使いになったお前に目を掛けてやってた婆様達の期待を裏切った愚か者が」
女魔法使いは城を取り巻く茨に、その老婆の格好をした男を絡め取らせました。
「こいつの魔力も苗床とするがいいわ、茨達。・・・それが責任の取り方というものよ。この魔法使いの面汚しっ」
「うぐあぁぁっ」
ついでに女魔法使いはぐりぐりと足でその男を踏んづけた為、老婆の姿をした魔法使いは眠りながらも悶絶の悲鳴をあげ、茨に精気を全て吸い取られてしまったのです。
「これで害虫駆除は終わったわね。・・・けっ、手間かけさせやがって、このクソがっ。てめえのおかげでとんだタダ働きじゃねえかっ」
そう言い捨てて、女魔法使いは「変態ロリ」の二つ名をもつ魔法使いを退治したという知らせを持って立ち去ったのでありました。そんな女魔法使いは、いつでも上品で優しいことで、魔法使い連盟の中でもファン多数の実力者なのです。
この美しく誰もが感動する薔薇のお城の魔法は、更に彼女の評判を高めることでしょう。
「ふっ、しぶといゴキブリをやっと退治できたわ」
そして、命からがら脱出できた王様と王妃様、そして家臣の皆は、違う場所にお城を造りあげました。
「我が娘、我が王女、エウローラ。百年の眠りから覚めても、私達を覚えておいておくれ。父は死んでもお前を見守っているよ」
「ああ、エウローラ。なんということでしょう。せめてあなたの伝説を広め、王女としてふさわしい扱いがされるように、私は祈るわ。私の娘、私の王女、私の希望。私の心はいつもあなたと共に」
そうして誰も立ち入れない薔薇の城に包まれた王女様は、逃げ遅れた人々と共に、そのまま百年の眠りに入りました。
時が満ちて、百年後。
様々な人達が入ろうとした薔薇の城でしたが、その茨は侵入しようとした全ての人々の血を吸って栄養に変え、更に強固な檻と化しておりました。
そんな中、誰の侵入も許さないと言われた茨のお城を、一人の顔だけはいい王子様が通りかかります。
「このお城の中に美しい姫が眠っているという伝説があるという。本当なら見てみたいよ。ああ、どこに私の理想の姫君はいるのだろう。巨乳で淫乱で、それでいて性格も控え目で貞淑な美女なら、それだけでいいのに」
「ルシウス様。悪いことは言いませんから、もう少し現実ってもんを見ましょうよ。あなた様のお立場からして、どんなオカメチンコだろうが、結婚してくれる王女様がいたら、それだけで御の字だと涙を流して有り難がるべきところですよ」
「そうですよ。第一王子様と違って、あなた様は冷や飯食いの第二王子様なんですから。そこは身の程をわきまえて生きていきましょう。食わせてもらえるだけで有り難いと、そんなささやかな幸せを噛みしめながら。それが人生ってものです」
「全くですな。せっかくルシウス様の見た目は女性にウケがよくできておいでなのです。そこに感謝して、適当な王女様を誑かし、器用に生きていけばよろしゅうございます」
夢見がちな王子様には、しっかりした現実的な視野を持つ従者達がつけられておりました。
それも王様と王妃様の、息子に対する愛だったのでしょう。
「お前達はロマンというのを分かってないな。いいか、男とは常に美女を追い求める生き物なのだ。ケイン兄上を見てみろ。強国の姫君というだけで、あんなドブスを妃に迎えさせられ、更に大事にしなくちゃいけないんだぞ? やってられっか。おかげで産まれた王女もブサイクじゃないか」
「ですからルシウス様が、その兄王子妃様よりもブスな王女様を娶らねば、お妃様同士の仲も悪くなるというものなのです。ルシウス様のお妃は何があろうともオカメチンコでなくてはならないのです。それが世渡りというものですよ、王子様」
「そうです。百のおべっかよりも一つの見た目の方が、人の心を打つことがあるのですよ、ルシウス様」
従者達とて大変なのです。ルシウス第二王子様にお仕えしている身とはいえ、ここは王様や王妃様、そして次期国王である第一王子様の意を酌んで動かねば、給料が出ません。
労働者の権利? 仕えさせてやってるだけ有り難いと思え。
それが王城の常識なのです。
ですから、王家の団結力を維持する為にも兄王子よりもブサイクなお妃を迎えるのが当然なのだと、従者達もしたり顔で促すのでした。
「どんな時でもケイン第一王子様に譲らなくては。ルシウス様、それが第二王子たるあなた様の心得と申すものでございます」
勿論、ルシウス王子のお妃候補は既に母国にて決まっております。二つほど離れた国の第三王女様で、イノシシみたいな顔だそうですが、その代わりに莫大な持参金をつけてくるつもりがあるそうです。莫大な持参金を持ってきてくれれば国庫が潤います。
第二王子様の幸せと、母国の懐事情。どちらを優先すべきか、・・・そこに、国王一家の愛と損得と金勘定という試練が存在するのでした。
「お前らっ。それ、どんなドブス王女を勧めてんだっ。あれよりもブスだなんて、女じゃねえだろうっ」
「王子様。女性は外見ではございません。中身でございますよ」
「もっともらしいことを言ってるが、義弟の妃が自分よりもブサイクな女じゃないと許せねえって時点で、兄上の妃の中身も最悪だろうがっ。私だって中身が良けりゃ、ここまでブスブス言わんっ」
ちょうど百年目にあったその日、その王子様一行がそんなことを茨のお城の外でやいのやいの言っていると、茨はするするとほどけていきます。
茨には、美形と王族かどうかの認識機能はつけられていましたが、性格に関する判別機能はついておりませんでした。
「おお。何という・・・。素晴らしい。神は我が嘆きを聞き届け、奇跡を与えもうたか」
王子は招かれるが如く、そのお城に入っていきました。
「お待ちくださいっ、王子様っ。行ってはなりませんっ。この茨は魔物ですっ、あなた様しか通しませんっ」
「いけませんっ、ルシウス様っ! お戻りくださいっ」
「お前達は待っているがいい。これはこの城が私こそを受け入れたということではないか。ここで行かねば男が廃るというもの」
「自分探しとか寝言ほざいて、ぐーたら物見遊山に出かけてる時点で、とっくに廃ってます。ルシウス様に男としての甲斐性を見出す人など存在しませんっ」
ですが、茨が通すのは王子様一人だけ。従者達は通れませんでした。茨を切って道を切り拓こうとすれば、今度はその茨が攻撃してきます。
「王子様ぁ―っ。あなたがいなくちゃ私も帰国できないんですぅーっ。誰も待ってないあなたと違って、私には年老いた両親も、結婚を約束した幼馴染もいるんですからぁーっ」
そんな従者の嘆きすら、今の冒険心にとりつかれた王子様の心には届きません。
王子様は、
「ざけんな。俺がオカメチンコだっつーのに、お前があんな美少女村娘と結婚できるだなんて、そんなの完全阻止するに決まってんだろ。バーカバーカ」
と、呟きながら、そのお城の奥へ奥へと入っていきました。
「長く閉ざされていたというが、全く時が流れていないかのようだ。埃も溜まっていないし、壁にもたれて眠っている人々も、まさにうたた寝しているかのようでしかない」
念の為、眠っている人の頬に手を当ててみましたが、生きた人間ならではの温もりもありました。
たとえどんなに放蕩王子と呼ばれていても、実はちゃっかりしている第二王子です。ぐーたら漫遊に見せかけつつ、実はこのお城の歴史も把握しておりました。
第一王子に遠慮しつつ生きていかねばならない第二王子だからこそ、自分の身を守るのは自分の知恵と世渡り能力です。主人に対してあそこまで従者に歯に衣着せぬ物言いをさせているだけあって、ルシウス王子は決して暗愚ではありませんでした。
「なるほど。たしかに慌てて避難したというだけあって、金目の物も残っているようだな。これが、かつて国王が持ち出せなかったという印璽か」
ちゃっかりしている王子様は、王様の執務室を物色し、しっかりそれを持ち出しました。ここを逃げ出した王様達は別のお城を造り、そこで印璽も新しく作っていましたが、こういうのは本来の出自的に、違う意味での価値があるのです。
そうして王子様が辿り着いたお城の一番奥のエリア、そこには美しい王女様が眠っておりました。
「なんて綺麗な姫だろう。・・・素晴らしい」
上掛けをめくれば、そのみずみずしい肢体が目に入ります。
(うむ、なんとこれは・・・。天上界レベルでけしからん程に素晴らしい)
そこには誰もいません。王女様は眠っています。
王子様は、じっくりと王女様の顔と体を観察しました。ちゃんと呼吸もしています。
(生きてる。顔も体も最高ランク。初めて見るレベルの美少女)
王子様は、ちゃんと考えました。
「私が最初に見つけたんだ。なら、私のもんだよな」
時が止まったままのエウローラ王女でしたが、百年間、薔薇からの栄養が供給されており、健康状態もばっちりです。
「なんて私の好みストライクな王女様だ。日頃から良い行いばかりの私にくれた、神様からのプレゼントだな」
王子様はそう嘯きながら、王女様にキスしました。
王女様のとても柔らかな唇は甘く、王子様はとても満足しました。
「起きてりゃもっと楽しめたけど、ま、いいか。この王女様、可愛いし」
ルシウス王子は、既にこの時点で眠り姫の価値と自分の置かれている状況とを冷静に考えていました。
ですからもう一度、今度はじっくりとキスしたのです。
「・・・・・・きゃああっ。あなた、誰っ!?」
目覚めたら、何の断りもなく自分にキスしている若者がいるというので、王女様はびっくりして悲鳴をあげました。
「いやぁっ、誰かぁっ!」
その反応に気を良くした王子様は、王女様を組み敷きながら言いました。
「お目覚めですか、茨に守られていた王女様?」
「あ・・・、あなたは? いやっ、どいてっ」
目が覚めたと思ったら、知らない男が自分の上にいるのです。王女様は驚きました。
「諦めなさい。あなたは私の妃になるのですよ、王女様」
「え? 私があなたの妃?」
「そうです。あなたは、私の妻。私はあなたの夫。さあ、おとなしく私に従うのです、王女様」
「いやぁっ」
ですが、このお城で眠るのは伝説の王女様。通常の王女とは別格の存在です。
王子様は、これは確実に手に入れねばならぬと思い、その王女様を押さえつけて、共寝に及んでしまったのです。
「あ、・・・もう、許して」
「いいですよ。ただし、あなたが私の妻になると、あなたの名にかけて私に約束するなら」
「するわ。します。だからもうやめて・・・」
「いいでしょう。では、このあなたのシーツが、我らが婚姻の証となります」
そして王子様は王女様に約束のキスをして、王女様の上から立ち上がりました。
(し、知らない内に婚姻・・・。どうして、こんなことになったの)
王女様も、高貴なる人々の婚姻の証として、シーツを見せる儀式のことは聞いたことがありました。結婚しましたと、一緒に眠ったシーツを見せることで、お披露目とするのです。
ですから、この見知らぬ若者を夫とせねばならないことを理解するしかありませんでした。
「私の名はルシウス。ここの、・・・そうですね、隣国にあたるのでしょうか。そこの第二王子にあたります。あなたのお名前を教えていただけますか、王女様?」
「エウローラと申します。ルシウス王子様」
涙でぐしゃぐしゃな顔になった王女様が身を起こすと、城の中の時間が動き出しました。
それまで静かだった城の中から、様々な生活音や人の声が響いてきます。
「さて、ではドレスに着替えてください。エウローラ王女。まずは目覚めた人々に説明をしなくては」
「・・・はい」
目覚めたばかりの王女様に、王子様の意図はよく分かりませんでしたが、両親である王様と王妃様がそこにいないのは分かりました。両親がいるなら、こんなひどいことが自分に起こるだなんてあり得ません。
(お父様かお母様さえ出てきてくれればどうにかなるわ。まずはお父様に会わなくては)
だからここは逆らわず、様子見をしようと判断したのです。
「王女様っ、ご無事でしたかっ。ややっ、あなたは一体・・・?」
「なるほど。数人の大臣が逃げ遅れたとは聞いていたが、それがあなた方か。まずは、広間に皆を集めよ。説明をしよう」
王子様は、広間に皆を集めさせました。
そしてお城の中で百年間眠っていた人々に、今の彼らのおかれた状況を説明したのです。
その話に、エウローラ王女以下、誰もがショックを受けて黙りこんでしまいました。
「王子様ぁーっ、ルシウス様―っ、どちらにいらっしゃいますかぁっ!?」
そして茨の城の外で待っていた従者達も、人々が眠りから覚めた途端に枯れてしまった茨を乗り越え、その広間に辿りつきます。
そんな彼らが見たのは、とても綺麗な王女様を隣に座らせたルシウス王子の姿でした。
「というわけで、だ。私は城を守っていた茨に認められ、百年間の眠りについていたエウローラ王女を目覚めさせた。既に婚姻の儀は済ませている。従って、このエウローラ王女は我が妃である。そうだな、王女?」
「そう、です・・・わね」
ここでエウローラ王女に何が言えたでしょう。既に両親が亡くなっていると聞かされた王女様に。
ルシウス王子は目覚めた侍女達に命じて、自分と王女の世話をさせました。そして自分が連れてきていた従者には、母国へ結婚した旨の連絡をさせたのです。
散々な目にあったのは、王子様についてきた従者達でした。帰国して報告すれば終わり、ではないからです。休む暇もなく、すぐにとんぼ返りさせられました。
「ルシウス様ぁっ。王様、王妃様、ケイン第一王子様が、一度帰国するようにと強いご命令ですぅっ。早くご帰国くださいーっ」
「お前らは本当にド阿呆だな。冗談ではない。生きる伝説の王女様だぞ。ここでさっさと子供を作ってしまわねば、どの王国も欲しがる女に決まっているだろうが。さすがに子供まで産んだ女を欲しいとは言わんだろうが、たかが私との婚姻程度なら、そんなの無かったことにしてエウローラを寄越せというに違いないからな。さ、エウローラ。今夜も子作りに励もうな?」
「・・・・・・・・・」
王女様は、何も答えられませんでした。ルシウス王子はとてもエウローラ王女を気に入り、毎晩のように寝所を共にしていたからです。
眠っていたと思ったら、いきなり見知らぬ王子が自分の寝室にいて、そんな男と結婚していて、更に自分の両親は数十年前に亡くなっているときたものです。
しかも自分の両親である王様は、遠縁の貴族に国を譲っており、今となっては本来の王位継承者であるエウローラ王女は、その神秘性も相まって、かなり注目される存在となっていました。
あまりにも衝撃が大きすぎて何も考えられないのに、更にこのルシウス王子は、勝手にどんどんと全てを決めていってしまうのです。
「王子様ぁ。勘弁してください。このまま結婚できないようなら他の男を選ぶって、私、幼馴染に言われてるんですよぉっ。なのにルシウス様を連れ帰ってこなくちゃ、国の土を踏むことも許さないって、ケイン第一王子様に言われてるんですぅっ」
板挟みになった弱い立場の従者は、誰の命令に対しても「はい、承知しました」の言葉しか発することができません。
ここはルシウス王子に戻ってきてもらうしかないと、涙ながらに嘆願します。
しかし、そこはマイペースに生きる王子様でした。
「そりゃ、兄上にしてみりゃ、美女と名高いこのエウローラを娶って、自分のブス妃は娘もろとも私に押しつける算段だろうからな。ま、そこで素直に帰るようじゃ、何も守れないってことさ。なあ、エウローラ。お前だって、俺から兄に乗り換えたいわけじゃないよな? あいつは、ブスとはいえ、自分の子供を産んだ妃を弟の私に押しつけて、弟の妃であるお前をモノにする気満々な男だぞ」
「・・・・・・(どっちもやだ。どっちも性格悪そう)」
外見だけならとても優雅な王子様といった雰囲気のルシウス王子ですが、さすがに初対面から身勝手な扱いをされたエウローラ王女です。
ルシウス王子が自分をとても気に入っているのは、城にいる美しい侍女達に目もくれず自分だけを愛することからも分かってはいましたが、しかしルシウス王子が清く美しく気高い心の持ち主だとは、いくら心優しいエウローラ王女とて思っていませんでした。
沈黙する王女様に、王子様はにっこりと笑いかけました。
「あ、エウローラ。そういえば、近隣王国のヒヒ爺共も、お前を狙ってるらしいぞ。まあ、どこも王子には勿体ないと、国王が伝説の美女を愛人に欲しがってるってわけで、そうなるとどんなに若くても五十代か。七十代の国王もその気らしい」
「・・・・・・」
「私の妃でいいだろう、エウローラ? それとも、ヒヒ爺の愛妾になるのが好みか?」
「・・・・・・」
こんな質問をしてくる時点で、性格がいい男な筈がありません。
(あくまで私に、あなたがいいって言わせたいのねっ)
王女様は、王子様の目論見を既に見切っていました。この王子様はかなり子供っぽいところがあり、わざとそうやって王女様をいじめようとするのです。
二人っきりの場所なら、そこで王女様があきらめて王子様にキスしてあげれば、すぐにご機嫌になるのですが、ここは皆が集っている広間です。皆の見ている中でキスだなんて冗談ではありません。
「返事がないならヒヒ爺に、大金と引き換えに君を渡そうか? かなりの領土も提示されてるからね。その領土と引き換えに、ヒヒ爺と結婚するかい?」
「ルシウス様でいいです」
「ふぅん。私『で』なんだ? 何か言いたいのかな? ん、エウローラ?」
「・・・ルシウス様がいいです」
あきらめて王女様は言い直しました。ここですねさせると、あとで大変な目に遭わされるのです。
考えてみれば自分は百年眠っていたのだから、百十五才という誰からも敬意を持たれてしかるべき長老の筈なのに、どうしてこんな二十一才の若僧に自分はいいようにされているのでしょう。
そう思うと王女様も、なんだか不条理な気がしてなりません。
「よろしい。エウローラは私のことが本当に好きなんだね」
「・・・(やっぱりそうくるのね)」
そうしてルシウス王子とエウローラ王女の間に、二人の愛の結晶である男の子が産まれました。
「へえ。エウローラにそっくりの男の子か。なかなか見目麗しい。これならどこに出しても恥ずかしくない。よく頑張ってくれたな」
「ええ。ですから、もう勘弁してください。あなたの夜はあまりにもしつこいのですわ、ルシウス様」
「諦めろ。お前が魅惑的なのが悪い。さて、エウローラ。考えてもらおうか。お前とこの子の存在を使って、うまく我が国を乗っ取る方法をな」
王子様は、やがてエウローラ王女と息子を自国に連れて帰り、妻子としてお披露目しました。
「あれが伝説のエウローラ王女様。なんてお美しい。ルシウス王子様も果報なことだ」
「全くだ。しかもお二人の間にお子もできたとか。素晴らしい」
ルシウス王子は、一躍、国中のヒーローです。
「ふふ。やはりエウローラ、お前を手に入れて良かったよ。誰もがお前の美貌に感嘆している。だが、お前の真価はそれだけではない。・・・分かってるだろう? さあ、私達の息子を守る為にも君の頭脳を使ってくれるね?」
「・・・はい」
エウローラ王女の母国では、「今更、眠っていた王女が目覚めたからといって、一度譲られた王位を返せるか」と、エウローラ王女の父王から国を譲られた国王の反発こそありましたが、エウローラ王女を隣国にとられたとなっては話が別です。既にその美しさと神秘性が相まって、本来の王女を女王にという動きが、母国で発生しておりました。
「そしてエウローラ。本来の君の権利を取り戻すんだ。我が国一つでは、伝説の王女を守るには小さすぎる。二ヶ国とも手に入れろ」
「・・・・・・」
「それとも、お前の息子も伝説の王女の産んだ王子として波乱に巻き込みたいか?」
「分かりました」
そうして産まれた時に美しさと優しさと裕福さと賢さを与えられていたエウローラ王女を妻にしたルシウス第二王子は、なぜか兄の第一王子が失踪したが為に国王となり、更にエウローラ王女の母国と合併されて大きくなったその国はとても繁栄したのです。
「私がっ、私が与えられた祝福はぁっ、こんな腹黒ルシウスに使われる為にあるんじゃないぃっ」
「あははは。やだなあ、エウローラ。実は私のこと、とっても大好きだろう? 運命の恋だなんてロマンチックなストーリーを吟遊詩人に歌わせて国外にも広めたく・せ・に」
「そ、それは民衆の支持と、正統性を訴える為にっ」
結果を重視して、自分の感情に蓋をしただけのエウローラ王妃です。まさか、そんな大嘘ラブストーリーを本気で信じてるわけでもないでしょうにと、ルシウス国王を睨みつけました。
ですが、そんな程度で怯む国王様ではありません。
「さ、今日も私の為に日中は執務室で頑張ってもらおうか。夜は寝室でね。君は私の為に昼も夜も尽くして生きていればいいのさ、エウローラ」
「こんの、どエロ変態国王っ。聞いたわよっ。普通、王と妃は寝台で裸になんかならないものだって。高貴なる身分のそれは、夜着を身に着けたまま行うものだってっ」
初めての時は、合意など何もなく体を奪われていた王女様です。それからも、いきなり百年後に目覚めて混乱するお城では誰もがバタバタしており、寝室での作法など全く分からず、ルシウス王子に言われるがままになっていました。
この国にやって来た時も、伝説の王女様とあって、誰もが何も口出しできずにいましたし、エウローラ王女もそこで自分から積極的に話しかけて相手を怯えさせてもと思い、大人しくしていたのです。
ですが、今日は新入りの侍女達が、
「まあ。王妃様は王様と同じ寝室でお眠りになりますの? 本当に愛されていらっしゃいますのね」
「ああ、あなた達は新入りだったわね。・・・そうよ、ルシウス様はエウローラ様にぞっこんだから特別なの。お二人の夜も濃密でいらっしゃるのよ。だから絶対に邪魔しないようにと、これはルシウス様のご命令。ちゃんと覚えておくのよ」
「うふふふ。普通、王様や王妃様はもっと簡単にお済ませになりますのに、エウローラ様は愛されておいでですのね」
などと話しているのを立ち聞きしてしまったのです。
「あ、知っちゃったのか。でも、もう手遅れさ。それに、それを言うなら、百才近く年下の男に手を出している君は、もっと変態王妃だ。お似合いだねっ」
「ああっ、こんな男でも息子達の父親っ。くっ、そうでなければ・・・っ」
国王となったルシウスは、王妃は国王に大人しく仕えているものとされた常識を無視し、エウローラ王妃を積極的に政策に参加させました。
女が政治に口出しするなどとはと、最初はいい顔をしなかった家臣達も、エウローラ王妃の魅力にメロメロとなり、外国にその事実は秘されたまま、王宮内では当然のこととなっていったのです。
「なんで夜着をそう握り締めてるのさ、エウローラ?」
「だからもうあなたと同じ寝室では寝ませんっ。私はちゃんと真っ当に生きるのよっ」
「へぇ? なら、王子を連れてこようか。お前のお母様はお父様と仲良くしたがらないんだよって言って。両親の仲が悪いだなんて、君の息子はさぞ傷つくだろうね、エウローラ」
やると言ったらやる男だと、エウローラ王妃はルシウス国王のことをもう知っています。人の弱みにつけこむことなど、朝飯前です。
心優しい母親である王妃様は、自分が産んだ王子に、「お父様とお母様は仲良く暮らしているのよ」と、いつも話しておりました。どうして不仲だと言えるでしょう。
「・・・やめて、ルシウス」
「なら、エウローラ。今日も仲良く同じ寝室で眠ろうね」
そんな国王様と王妃様な二人でしたが、毎日そうやって喧嘩している割には、毎夜仲良く過ごしていたそうで、その後も子供達は増え続けたとか。
めでたしめでたし。
そんな童話チックなアダルトストーリーを聞かされ、半眼になってしまった自分は悪くないだろうと、そう彼女は思わずにはいられなかった。
「あの、ちょっと待ってくれる? 眠りの森の美女って、もっとハートフルなラブストーリーだった筈なんだけど。なんで、そんなエロっぽい外道ストーリーになってるわけ?」
「ばっかだなあ。ハートフルだと思ってるのは、子供向けに改ざんされた話を信じてる人だけ。大体さぁ、肉食系・狩猟民族が草食系なヘタレな筈ないだろ。穴がありゃ、ネズミが齧った壁の穴にだってつっこむ奴らさ。ありゃどう考えても非人道的ストーリーだろ?」
HaHaHaHaと、わざとらしく笑う様子も癇に障る。ベタな外国人アクションなどやめてほしい。イライラするだけだ。
彼女はそう思い、彼を睨みつけた。
「笑えないんですけど。で、あなたは何が言いたいの?」
「それがだね・・・。こういうのは、何らかの寓意を秘めているってことさ。さしずめ君は生まれながらにして、欲しくもない祝福を勝手に与えられ、何も知らないままにその体を好きにされ、更に人生を踏みにじられる王女様ってところだね」
「・・・どういう意味?」
どうしてイラつくのか、そこで分かった。彼は先程から自分をわざとムカつかせるようなイントネーションとニュアンスで話しているからだ。
(どこかで見たことがある。この冷静な視線を)
わざと軽薄さを装っている。なのに、瞳の奥では自分を冷静に観察しているのだと、そう彼女は悟った。
「文字通りの意味さ。さあ、これは何も知らない君に対する、ささやかな温情、なんだろうね。何となく、教えておきたかったんだよ。まあ、いいや。さようなら。君の王子様が、この物語のように君好みだといいね。ブツブツ文句こそ言っていても、結局エウローラ王女はルシウス王子に惚れていたのさ。そうでなければ、そこまで自分自身をフルに使って彼を国王にはしなかっただろうよ」
「ちょっ、ちょっと待ってよっ。そういえばあなた、誰っ? 私は、・・・私は誰っ?」
「そんなこと、今更どうでもいいことさ。良い人生をね。・・・マイ・スリーピング・ビューティ」
「きゃあああぁっ」
そうして暗闇の中に突き落とされて、彼女はやがて、・・・女神の娘と呼ばれた。




