触手攻めから逃げたら触手に襲われたでござる
「勇者の薄情者!」
「だから悪かったって」
「うう、何故にかの魔物達は我に寄ってくるのか!」
「魔王様を取り戻そうとしている、とか?」
「だったら何故舐める!」
さきほど狼形の魔物が五匹ほど現れたのだが、いきなり魔王向けて走りだしたかと思うと、懐くようにペロぺロ舐め始めたのだ。
特に危害を加える様子も無いので少しの間勇者は放って置いたのだ。
決して魔王が上げる悲鳴に、少しだけ嬌声が混じっていたからという訳ではない。
まして、息を荒げて顔を赤くした魔王が可愛かったからというわけでは断じてない。
恨めしそうに、魔王はこちらを見ている。
話題を変えようと、疑問に思う事を勇者は口にする。
「確かに、魔物との遭遇率が高い気がするが……」
先ほどといい、普段の5倍近くの量である。と、
「……魔王がいるからだ」
ポツリと、勇者の仲間の魔法使いが言った。
それに気付いた勇者が、
「何か知っているのか?、サライ」
「魔物は、同じ魔物同士であっても敵になることもある。低級な魔物は動物とほぼ変わらない。人を獣が襲うように、魔物も人型の魔物である魔族を襲う」
「なら、魔王だけが特別、なのか?」
それに、魔法使いは頷く。
「魔王は違う。全ての魔物を統べる王にして、敬愛すべき神のごとき存在であり、どのような魔物でも例外はない……と言われている」
「なら、サライ、魔族とのハーフのお前は魔王に従うのか?」
勇者は魔王が、魔族とのハーフと聞いて嬉しそうな顔をしているのが気に食わない。が、
「勇者様、がんばれ」
サライは親指を出してガッツポーズをする。
彼は勇者の味方だ。
それを聞いていた魔王が一転して絶望的な表情になり、
「先ほどいっていた話と全然違うではないか!」
「いえ、魔王様、私は半分は人間ですから。そもそも人間側で育ったので、魔王様側ではありません」
「我の味方は何処にもいないのか!」
「え、いるじゃないか。ここに」
勇者が自分を指差す。
少し黙って魔王は考えて、
「……勇者は、その、我を襲おうとするではないか」
「さっきだって襲われた魔物を倒しているのに?」
「その事には感謝しているが……」
「明日楽しみだな」
「!」
この前ベットの上じゃないと嫌だといった事を、勇者は着実に守っていた。
そして昨日の夜も、魔王をただ抱きしめて眠るだけだった。
だが、その分明日は確実に犯される。
本当に今のキスだけでどうにかなりそうなのに、明日なんてどうなってしまうのだろうと魔王は思った。
「逃がさないからな」
真っ赤になっている魔王の淡い色の髪を一房掴みし、勇者は口づけする。
勇者のその目は獲物を見る目だった。
ああ、逃げられない、と魔王は確信する。
だからといって、そのまま言う事を聞くかどうかは別問題で。
「うう、これなら、城に居た方が……でも触手責めは……」
ぶつぶつと独り言を呟く。
それを目ざとく勇者は聞いていた。
「魔王、触手責めとは何の話だ」
さすがに部下に襲われそうになったと話すのは、魔王の沽券に関わる。
だから、できるだけ背筋を張って、
「ふ、別にそういった魔物を城に配置しようかと考えていただけだ」
「城という事は、俺達対策か?」
「ふむ、そういうことになる……ん」
勇者は魔王に軽いキスをした。
ただし、一回ではなく何回も。
「ん、い、いい加減……ん……し……」
この間のように舌を入れるキスでないにせよ、勇者に触れられること自体が魔王にとって媚薬のような効果をもたらす。現に力が抜けて、息も荒くなり、目には涙が溜まっている。
くてっと力が抜けた魔王を抱きしめる。
「まさか魔王がそんな事を考えているとは思わなかった」
やけに優しい笑顔の勇者。
朦朧とする意識の中、魔王は嫌な予感がした。
顎に手を当てて、魔王の顔をくいっと上向きにして
「早めに、自分の立場を体に理解させておく必要がありそうだな」
と、勇者の口の端がつりあがっているのを魔王は見た。
勇者が怒っている。
だがどうしてそうなったのか、魔王にはさっぱり分からない。
なので何を反論したらいいのか分からない。
戸惑っているのが分かったのだろう、勇者がため息を付いて魔王の手を離した。
「……薪を拾ってくる」
あ、私も一緒に行きます、と一番年長らしい神官の男と、先ほどの魔法使いのサライが勇者に付いて行くのが分かった。
そうして森の中に完全に見えなくなった。
「もう、魔王様、駄目駄目ですよ」
とピンク色の髪をした少年が話し掛けてきた。
「……確か、リオだったか」
「治療士のリオです。いいですか魔王様。勇者様は魔王様の事をすっごくすっごく愛してらっしゃいます」
「いや、それは……」
「魔王様を手に入れたい、抱きしめたい、ただそれだけのために全てを投げ打って勇者をやっているのです。だから、勇者様が触手で襲われているのを見たいとか言っちゃ駄目です!」
すぐ傍で、戦士のクリフが大きく頷いている。
そこで魔王は確かにそういう意味に取れると気づいた。
「いや、そのような意味では……」
そこである事に魔王は気づいた。
そう、つまり自分が勇者を襲えば襲われずに済むのではないかと!
盲点だった。
「って、魔王様聞いてますか!」
「う、うむ、聞いている」
「聞いてない、これは聞いてない。……まあいいや。明日には決着が着く事だし」
リオが仕方ないというように言うのをやめた。
明日魔王が貞操を奪われるという意味で、全ては解決するという事だろう。
解決してたまるかと魔王は思った。
そのために今はちょっと近場を散策するのが必要だ。なので、
「……我は少し、そこら辺でキノコや食べられる草を見てきても良いか?」
あることを思いつく。時間があるかは分からないが試す価値があるだろう。と、リオが、
「見える範囲にしてくださいよ。あと、人の食べられるものであればなおよしです」
とかなんとか。それが魔王には聞き捨てならなかった。
「む、我をなんだと思っている。一応年齢は137歳だ。お前達よりもずっと長生きして、知識も豊富にあるのだぞ!」
年長者としてのプライドも魔王にはある。
なのでそんな子供のような扱いをされるのは、我慢ならない。が、
「え、そんなに年寄りなんですか!」
「年寄りではない! 人の成長で言うと6歳が我々の1歳程度に当たる! そもそも高位の魔族は外見がある一定の年齢に達するとそれ以上年をとらないのだ! 今の我は、人では23歳程度だ!」
「すみません魔王様。当代魔王様の年齢なんて、誰も知らないですからね」
クリフがとんでもない事を口にした。
「……何故。一応魔王だぞ。我は」
魔王としての威厳とか、その他諸々のこう、魔王様っぽいようなものは?。
「んー、先代魔王様は人ともちょくちょく侵攻したりと色々あったのですが、当代魔王様である貴方は先代ほど何かをしていないじゃないですか」
「……それは否定しないが」
「要するに影が薄いんです」
面と向って言われるとその台詞は結構こたえた。
薄々そうじゃないかなと思っていたのだ。だって、父様の時ほど勇者やら軍やらが来ないし。
そもそも今の彼ら以外勇者を見たことが無い。
衝撃の事実。
「うああああああああああああ」
魔王は森の中に駆け出したのだった。
とはいえ、あまり深くまで入るわけにもいかず、魔王はそこら辺でキノコやら草やらを採ってきた。
幾つかをそのまま味見をしたが、癖が無く美味しいとクリフとリオが言った。
この二人は料理担当らしい。
そんなわけで、魔王も料理を手伝っていた。
「ふむ、ここをこうやってこうで、こうか」
「そうそう、野菜の皮むくの初めてなのに上手だね」
「ふふん、魔王たる我に不可能はない」
「草とか、キノコとかも知っているし、魔王様はいいお嫁さんになるよ!」
悪意が無いと分かっていても、自動的に明日の事がが連想されてしまう。
だが、魔王にも抜かりは無い。そのための準備も万端だ!
現在、夕食のスープを作っていた。
魔王は、魔を統べる王であったため料理を作った事がない。
けれど、こうやって誰かと何かを作るのも楽しいと思えた。
そもそも魔王の近くにいて対等に話せる者など父親達しかいなかった。
そして、彼らもここ数年ある事を調べるために城を留守にしていたのだ。
だからこんな機会は、ずいぶん久しぶりである。と、
「そういえば魔王様、その別立てで置いてある二種類の草は何ですか」
クリフが聞いてくるのでそこで、おそらくは気が緩んでいたのだろう、魔王は自信たっぷりに、
「ふふふ、あれは紫色の方が人にとって“媚薬”の効果をもたらす草なのだ。そして、青い方の草がその効果を打ち消す解毒剤の効果があるのだ」
「……一応聞いておきますが、それを何に使うつもりなんですか?」
魔王の後ろの方をちらちらと見ながらクリフが聞いてくるのに、魔王は得意げになって、
「決まっておろう。この媚薬を使い、勇者がめろめろになった所を襲うのだ」
「それは魔王様が攻めになる、という事でよろしいでしょうか」
「うむ、いつまでも年下に良いようにされてたまるものか。もっともこの薬草は、我にはそれぞれ逆の効果があるのだが、その事は勇者に知られるとまず……」
そこまでしか魔王は言えなかった。
なぜなら突然後ろから手が伸びてきて魔王の顔を持ち上げたかと思うと、勇者の口で塞がれたからだ。
「んんっ……んんんんん!」
舌の絡まる音。空気を吸おうとすればさらに勇者の舌が深く入り込み、逃げられなくなる。
しばらく濃厚なキスを続けて、完全に魔王が動けなくなったのを見計らって勇者は唇を離した。
「ふあぁ」
潤んだ瞳で魔王が勇者を見ていた。
だが勇者はそれはそれは壮絶な笑みを浮かべて、
「……それで、誰に媚薬を使うって?」
魔王は正気に戻った。
勇者はいつもと変わらない声をしている。
が、怒っていると魔王には分かった。
嫌な予感しかしなくて魔王は逃げ出そうとするが、いつも通り逃げられるわけでもなく抱きしめられたままである。
「うう、離せ、離すのだ」
「そんなものを使って、俺を襲おうとは良い度胸だな」
「む、我の方が年上なのだから、別にかまわないではないか」
「俺より背も低いのに? 肩幅だって腕の中に入るくらい小さいじゃないか」
「背や肩幅など関係ない! 我は勇者の事が好きなのであって、だから我もしたいと思うのは当然ではないのか!」
「つまり、俺に襲われる前に襲ってしまえということか?」
魔王の思惑は完全にばれていた。
「そうか、分かった」
深々とため息を勇者がつく。
「そんな事を考えていられる“余裕”があるのがいけないんだな」
魔王は噴出した。
どうしてそうなった。というか、まずいまずいまずいまずい。
勇者が魔王の両肩を後ろから掴み逃げられないようにする。
そして勇者は魔王の耳元で囁く。
「魔王がきつそうだから手加減したが、それがいけなかったようだ」
魔王には手加減された覚えなど……あまりない。
確かにベットの上でという約束は守ってくれるようだが、襲われる予定には変わりない。
しかし魔王が黙っていると、どんどん勇者の台詞が魔王にとって悪い方向に転がっていく。
「ごめんな、気づいてあげられなくて。今日からは、もっとたっぷりと、本格的に“可愛がる”から」
「い、いや、全力でお断りする」
何をする気だと思った。
そこで、再び魔王は口をキスで塞がれる。
だが、先ほどと違うのは舌を絡めた時に何か葉っぱのような物が、勇者の口から魔王の口に……。
――この味は……うう、苦い。
嫌がって逃げようとする魔王の舌を、勇者が追いかけて、捕まえて。
もうだめ、と魔王から力が抜け、その苦いものを飲み干す。
それを十分確認してから、勇者は唇を離した。
はあはあと魔王は息を整えるも、体の力が先ほどのキスをしていた時よりもさらに抜けて。
縋りつくように勇者の服を掴んだ。
「うう……勇者よ、いったい……何を飲ませた……」
「さっき魔王が言っていた媚薬効果のある草だ。青い方の」
「……」
「……」
「……何故!」
「もったいないじゃないか、こんな機会。大丈夫だ、問題ない」
「問題ありすぎだ!」
そして沈黙。
しばらくして、ふと、勇者が魔王に聞いた。
「この草はどれくらいで効くんだ?」
「自然の草がそのままで、劇的な効果が出るわけが無い! これを煮て濃縮しないと……」
「……ちなみに作るのにどれ位時間がかかるんだ?」
「一晩だ」
当たり前ではないかと胸を張る魔王に、勇者はどうしようかと迷って、
「……そんな事、俺がさせると思うのか?」
「は!」
勇者は頭が痛くなりかけた。
だが、こういうところも可愛いと勇者は心のどこかで思ってしまった。
惚れた弱みというやつである。
だから、勇者は優しく諭すように話しかける。
「そういう妙な事を考える前に、諦めろ」
優しく何処か切なそうな、愛おしそうな声で言われてしまうと、魔王自身も弱いわけで。
でも、だからといって。
「うう、だって、初めてなのだから仕方が無いだろう」
力なく俯く魔王。
その様子があまりにも可愛らしいので、勇者は強く抱きしめて囁いた。
「……優しくするから。だから、駄目か?」
魔王の体が強張るのが分かった。
そのまま魔王は特に抵抗も無く、抱きしめられたままである。
数分間、そうしていて、ようやく魔王は勇者から体を離した。
顔が赤面している。
「その、我はちょっと頭を冷やしてくる。水場は事近くに無いか?」
考える時間が少しほしいのだろう。だから、森の方を勇者は指差し、
「あっちの方に、確かあったが……」
「わかった」
顔を隠すように走っていく魔王。
それを見送って、
「あれは、落ちましたな」
「落ちたね」
「うん、落ちた落ちた」
「これで大丈夫だな」
一部始終を見ていた勇者の仲間が、口々に言う。
「……本当にそうなのか」
「いまさら勇者様、貴方が不安になってどうするんですか」
「リオ、そんな事を言ってもまだ夢の中にいるみたいで」
「その割りにエロい台詞がよく出てきた気が」
「可愛くてつい……」
「片思いの期間が長くて少し病んでいるんだね」
「そうかもしれない」
「でも、さっさとくっついてほしいね。僕達は勇者に幸せになってほしいから」
「ありがとう」
「勇者様が言う事じゃないよ。お礼を言いたいのはこっちの方なんだから。なにせ……」
そこで、魔王の悲鳴が聞こえた。
勇者は優しい。その優しさに甘えてしまっている事も、魔王には分かっている。
愛してる、と小さく口に出して、とてもではないが足りない事に魔王は衝撃を受ける。
見ている時は、会いたいと思った。
会えば触れたいと思った。
触れればずっと一緒に居たいと思った。
だけど、するのはとても怖い。何かが変わってしまう気がして。
本当は、魔王だって勇者と一つに……。
そこまで考えて、魔王はぶんぶん首を振った。
「まったく、初恋では……」
と口に出して、魔王はこれが初恋である事に気づく。
そして、自分の経験の無さに悲しくなった。
水に映った自分の顔は、魔王城に居た時に鏡で見たものと違い、どこか不安そうで、何か思いを秘めているようで、可愛らしいという表現が似合っていた。
こんな頼りない自分を見たのは、魔王は初めてだった。
それが悔しくて、水に手を入れる。
波紋が起きて魔王の顔など揺れて見えなくなる。
そして、透明度の高い水を手で掬い取り、顔ににかける。
ひんやりとして冷たい。頭を冷やすには丁度いい。
そこで、背中を叩かれる。
何かと思って振り返る。
そこにあったのは緑色の蔓だった。
だが、蔓は自分で肩を叩いたりはしない。
「て、そのような事を考えて……うわああああああああ」
植物性の、蔓の魔物だった。
まず足にからみつき、次に手と順々に拘束していく。
そして服の中にもぞもぞと入り込む。
気持ちが悪い。
「やめ、我は魔王……んぐ」
口の中に蔓が入り込んで、かき回す。
それと同時に、蔓の勢いが増す。
「ん……んん……」
魔王の瞳に涙がたまる。きわどい場所を這いずり回るその蔓は、明らかに快楽を与えていた。
そして、その勢いと強さは、魔王の口に蔓が入り込んだ時に特に増した。
――触手責めから逃げて、触手責めされそうになるとか、なんで、こんな。
どうせこんな魔物に犯されるのなら、勇者に襲われておけばよかったと思う。
彼なら、きっと、もっと優しく触れてくれるはず。
朦朧とした意識のなか、声がした。
魔物が大きな悲鳴を上げる。
自分を拘束する蔓が消えて、そのまま魔王は意識を手放した。
「まだ俺だって触っていないのに!」
「それ、魔王様に直接言ってはだめですからね、勇者様」
リオが釘をさす。そして、クリフたちがその魔物を見て、
「しかし、この魔物はやけに強かったな……」
「そういえば、魔力の強い者と交わると、魔力を得られるが、それか?」
「でも、経験値ゼロのはずじゃあ……」
「だが、俺も最近魔王とキスをすると魔力の回復や力が湧いてくる気がする」
「そういえば先ほどの剣戟はいつも以上に切れがありましたものね」
そこで、ふとサライがあることに気づいて、
「魔力があるのに、魔法は使えない、という状態では? 昔、魔王城にそのようなアイテムがあると聞いたことがある」
「でも、元の魔力といっても……」
普通はそこまで高くは無い。レベルを上げない限り。
「一応、こうみえても魔王だから?」
リオが首をかしげる。そこで、ふと思い出したかのようにサライが言った。
「そういえば、魔族の父から聞いたことがある。次代の魔王は歴代魔王の中で特に強い力を持っていると」
全員が魔王を見た。
そんなことは知らず、魔王は勇者の腕の中で穏やかな顔をしていた。