憑依!S系教育男子出陣! その31
ワンダーレグスの体を突き抜けた魔王が翼を大きく開いて制動をかけた。
二つに分かれてしまったワンダーレグスは地面に倒れたまま全く動こうとしない。
バカな、俺の能力で魔力を底上げされたワンダーレグスが敗れた?!
「ぬう…… 及ばんかったか。高威力の多属性複合魔法と見せかけての”暗黒”系か。すさまじい威力よ」
「読み合いで我の勝ちだ。本命の重力渦の影響でしばらく魔力を体外に出せなくなるがな。……苦しいか?」
「多少な。じゃが晴れ晴れとしとる。これが儂の寿命よ」
「命令だ! 魔王を取り押さえろ!」
ワンダーレグスが作ったこの隙を逃すわけにはいかない!
魔力を出せないと言うのならば、さっきのような規格外の動きもできないはず。ならば物量で抑え込む事ができるはずだ!
従軍させていた魔物だけじゃない。幸いこの都市は魔物魔族の物。住人はすべて俺が掌握済みだ。戦力はいくらでもいる。
ひとつひとつが弱くとも数が集まれば巨大な力になる!
「い、いやだ! 魔王様に刃向うなんて!」
「俺もできない! それだけは!」
「そんな事無理よ! 私達の事を何よりも気にかけてくださる魔王様に、うぅううっっ!」
うるさい! 制約をもっと強くしてやる!
俺の命令に逆らう事は許さん!
お前達のように魔界の事だけしか見えていないような魔族が、さらなる昇華された世界を見据える俺に意見できるとでも思ったか!
「い、いやだ…… 魔王、様のおかげで……」
一人、また一人と制約による苦痛で倒れ、身動き一つ取れないほどになっていく。
武器を取り魔王に向けた者がいたが、何を思ったか自分の腹に刺して果ててしまった。
強情な奴らだ! 自刃する事を選ぶとは愚かすぎる!
お前達をさらに豊かに、自由にしてやれるのは魔王ではない。この俺だ! 俺に黙って従え!
「やめよ! 我が眷属をそれ以上使役するな!」
「コウスケ様! やめてください!」
エシャリが俺と魔王の間に割って入った。
ワンダーレグスを討つために全魔力を放出し、一時的に行動が封じられている今が最大のチャンス!
そして魔族の手で魔王を討ってこそ、この世界の関係性が変わる!
それなのに何故邪魔をするんだ!
「やめてください! いくら魔族だと言え、ここまで拒否する者にこれ以上強制するのは酷過ぎます!」
「何を! お前達は散々踏みにじられてきたんだぞ!」
「それでも、これでは魔族が人間にしていた事と変わりありません!」
「人々を救うことがルファラ教徒の使命じゃないのか? 本当にアミカの復讐のためだけだったと言うのか? 俺は自分よりも他人の事を願ってしまうお前の想いは本物だと思っていたんだぞ、エシャリ! そこを退くんだ!」
「いいえ、今間違っているのはコウスケ、あなたです! かつての勇者、アミカ様はこのようにはなさいませんでした! あなたもアミカ様と同じ世界の方ならば、わかるはずです!」
くっ、何で分かってくれないんだ。今をおいて他にチャンスは無いんだぞ!
魔王の前でこちらに立ちはだかっていたエシャリに向けて、俺の背後からいくつもの光の筋が走る。
光を受けたエシャリはもんどり打って仰向けに倒れた。
何が起きた?! 急いで俺は彼女のもとに駆け寄り、慌てて抱え起こした。
光は彼女の胸と腹を貫き、空いた穴を中心に赤い染みが急速に広がっていく。
咳き込むたびに彼女の口から鮮血が迸った。
「エシャリ!」
「コ…… コウスケさ、ま……」
俺が居たところを振り返ると、ルファラ教の僧兵や神官が集まっている。まさかこいつらが?
「貴様ら、何でエシャリを!」
「異端者だ……」
「魔族の肩を持つとは……」
「穢らわしい…… ルファラ教徒にあるまじき者だ!」
何だ、何だいったい。
貴様ら一体何を言っている?
目の前でエシャリが血を吐き、息も絶え絶えに苦しんでいると言うのに。
「おい、治癒法術士! 早く治療に来い! 何をしている!」
救護を頼む俺のところにルファラ教の神官が二人やって来た。
治癒法術が使えるなら誰でもいい、早く!
「コウスケ殿、これでもう魔に憑かれた者の邪魔はありません。今こそ魔を調伏する力で巨悪を討ち果たすのです!」
「何としても魔王を葬る事が世界のため。それがルファラの神託です。神の望みは民の望み。それを果たせないのはこの者が邪気に侵された証。神の御元にて再び浄化されるべきなのです。それがこの堕落者への救いになります!」
何を、言ってるんだ……?
教義に反したから? 魔族に慈悲を見せたから?
それだけで、これまで敬虔に仕えたエシャリの姿をすべて偽りと言う事にするのか?
「コ、ウ、スケ様…… 申し訳…… ありません……。
アミ、カ…… さま…… やっと、おそば…… に……」
俺の手を握り、言葉切れ切れに俺に侘びる。
最後に息を大きく吐くと、俺の手を握っていたエシャリの腕から力が抜けた。
ゆすっても頬を叩いても何の反応もない。
そんな…… こんな事があっていいはずが無い……
「魔に憑かれ狂わされた者は滅びました。さあコウスケ殿、今こそ魔族の長を!」
「……だまれ。狂ってんのは魔族じゃない、貴様らの方だ!」
そうだ、俺が間違っていた。
人間の中で暮らしてきたから、それが正しいと見誤っていたのだ。
「お前達! 制約を変更し、命令する! 人間軍を、ルファラ教に関わる物を滅ぼせ!」
俺が従えた魔物魔族が、突如隣に居た兵士達に襲いかかる。
完全に掌握されたものとして油断していた人間軍は、あっという間に内側から食い破られていった。
剣で刺され、爪で裂かれ、牙で食い千切られ。
次々と地獄絵図が広げられていく。
悲鳴が周囲に満ちるが全然足りない。足りるわけがない。
エシャリの亡骸を抱えたまま俺は立ち上がり、怒りに任せて近くの人間共に魔法で攻撃していった。
足りない。足りない!
もっと、もっと血を流せ! 本当の慈悲を持っていた彼女に侘び続けろ!
こんな戦争があったせいだ。その元凶はすべて消え失せろ!
怒りに脳髄を焼き尽くされていくのを感じていると、俺を呼ぶ声がする。
その方を見ると、朽ちかけたミイラがそこで手招きをしていた。
ワンダーレグスの声が頭の中に直接響き渡る。
――小僧、お主まだあの魔王とやりあうつもりか?――
「魔王だけじゃない…… こんな狂った世界すべてに、罪を償わせてやる! 魔界も、人間界も! すべてだ!」
――クカカカカカッ! 良いじゃろう! 儂も気に入らん。あの娘が死ぬ理由などどこにもなかった。お主に儂の力の一端を貸してやる――
ワンダーレグスの周りに転がっていた八個の眼球が集まり、ワンダーレグスの樹皮のような皮膚の一部がそれらをつなぎ合わせて俺の前に差し出された。
――儂の魔眼の首飾りじゃ。これに込めた魔力を媒介に儂の魔法を使わせてやる。じゃが、”死霊”系であることを忘れるな。必ずお主の命を縮めるからのう――
そんな事、いくらでも受け入れてやる。
こんな歪な世界、呪われた力で報いを受けるのが相応だ!
もう魔王も魔界も関係ない。
ただひたすらに、世界が憎い!