憑依!S系教育男子出陣! その29
ルファラ教の神官達や魔法使い達が攻撃魔法を撃ち、その合間を縫って騎士達が剣に魔法を乗せて必殺剣を放つ。
ランクSの魔将軍に対する作戦と大差ない。だが物量が全く異なった。
当然だ。ここは人間軍の真っただ中。これだけの人数からの、絨毯爆撃とも見紛うほどの一斉攻撃を受けた者はこれまでにもいないだろう。
騎士達がそれぞれ最大の力での攻撃を加えて離れてからも、しばらく数々の属性魔法による集中砲火が続けられた。
経験上ランクSの敵でも無事では済まない。
魔王はランクSS。倒す事は出来ないとしてもそれなりにダメージを受けているはずだ。
「なかなか良い。出方を窺わず初めから全力で持って仕留める、最も確実で容赦のない攻撃だった」
全く傷を負っていない魔王がその姿を現した。
マントの間から黄金に輝く左腕を伸ばし、魔法壁を展開している。
あれだけの猛攻を退けるほどの強固な防壁を、力を溜める隙もなく形成して長時間保ったと言うのか!
俺をはじめとして攻撃を加えた者達は皆たじろいだ。
全く動じていなかったのはワンダーレグスだけだったが、俺達とは違う事に注意をひかれている。
「ぬ? 珍しい事もあるもんじゃ。お主が鎧を着けるとはのう」
「これか? これは鎧ではない」
その問いに答え、魔王は左手の鎧に手をかけた。そのままひねるとすっぽりと外れてしまった。鎧に覆われていた空間には何もない。
隻腕だと?!
「我が魔力で動く魔導義手だ。なかなか便利だぞ」
「貴様、その腕はどうした!」
ワンダーレグスもその事実に驚きを隠せなかったようで、それは荒げた声にはっきりと現れていた。
対して魔王は平然として、何も気にしていないとばかりに冷淡な様子のままだった。
「これは勇者アミカにつけられた傷だ」
「そう言う意味ではない。何故治さんのじゃ? お主ほどの者がその程度の傷を放置する理由がない」
「……この世界に弄ばれた、哀れな犠牲者を忘れぬためだ。その気になればいつでも治せる。だが彼の者への敬意が、我にそうさせぬのだ」
そう答えると再び義手を左腕の上腕にはめ込んだ。
「つまり端っから、全力で戦うつもりはなかったと言う事じゃな?」
「愚問だ。初めに言った通りもともと殲滅するために来たのではない。ここでお前達の進軍を止め、引き返させることが出来ればそれで良い。この魔導義手もなかなか高性能だぞ。変身しないままであれば全力の八割方でなら戦えるしな」
義手を動かしその動作確認をしていた魔王の四方を、突然土壁が覆った。
「ラーバフレア!」
魔王を覆った土壁の中で巨大な爆発が起きた。
逃げ場のない爆裂が壁内を駆け巡り、上空に向かって火柱が上がった。
間髪を入れず攻撃魔法を撃ったのはエシャリだ。息を荒げて爆炎の方を見ている。
「エシャリ。アミカを失ったお前の無念。これ程の物だったのだな」
今なお治まらぬ爆炎の中から声が響く。
マントは燃え尽きているが、その奥の魔王の体は無事だった。
「お前の怒り、確かに受け止めた。我はどんな物だとしてもお前の攻撃を必ず受けると決めていたのだ」
エシャリの瞳には、悔しさとも何ともつかない涙が浮かんでいる。
「アミカの命を奪った事、もう一度謝罪する。本当にすまなかった。だがお前の一撃では我は死ねなかった」
引き続き溶岩弾を撃ち込むエシャリだったが、魔王は背中から生やした蝙蝠のような大きな翼でそれらをすべて弾き返してしまう。
その時の魔王の表情は、最初の冷淡なイメージとは明らかに異なり哀惜の念が見て取れた。
一体何だ? 二人の間で何があったと言うんだ。
魔力が尽き、これ以上攻撃魔法を撃てなくなるまでエシャリは攻撃し続けた。
だが空しい事に彼岸の差とも言うべき力量の違いが埋まる事は無く、ふらふらになってしまった彼女に対して魔王は全くの無傷。
ここまでの化け物に対抗できるのはもはや一つしかない!
「やれやれ、大人げないのう。さっさと見せつけてやるのが一番じゃろうに」
「言われても理解したくない事がある。ならば理解するまで受け止めてやる事が我の流儀だ」
「随分と優しくなった事じゃて。魔王になってから大分変ったのう?」
「いろいろと学んだだけだ。我はいまだ知らぬ事が多い。過ちも絶えぬ」
俺が命ずる前にワンダーレグスがゆらりと暗黒の衣をたなびかせて魔王の前に現れた。
そうだ。この手に余る死の権化、不可避の運命そのものの力で打ち砕く!
「善政を施そうとは王の鑑じゃのう。なに、そんな気苦労をもうすることもあるまい。老い先短いが儂が代わってやるとするか」
ワンダーレグスの制約を変更する。人間への攻撃以外の禁止事項は全て解除した。
心おきなく、真の恐怖を見せつけろ!